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愚かさの果てに 7
しおりを挟む稲妻が闇を引き裂いて閃き、斧を掲げる国の王の城への道を黒馬の王に教えた。
城門は固く閉ざされていた。
空は真っ暗だったが、騎士は稲妻の光でこちらに向かってくる恐ろしい黒馬の王の姿を見た。
城壁の上の見張りは悲鳴を上げ逃げ出そうとしたが、何処にも逃げ場はないと知ると、雨あられのように矢を放った。黒馬の王は矢の集中攻撃を受けたが、全てはね返っていった。
黄金の角を持つ黒馬の王の行く手を阻むことは出来なかったのだ。
雷鳴が轟き、雨はより激しく降り出した。
黒馬の王は鋭い声で嘶き、門に向かって突進すると、自動的に門は開いた。黒馬の王が堂々と通り抜けると、門は爆発するような音を上げて土埃を上げながら粉々に崩れ落ちていった。騎士の兜はへこみ、盾は割れ、斧には刃こぼれが出来た。
騎士たちは恐れ慄きながら、轡の音を高らかに目の前を悠々と歩いていく黒馬の王を見た。音も立てずに黒馬の王の背後から忍び寄り、斧を振り下ろした騎士もいたが、次の瞬間には自らの首を斬り落として倒れていた。それを見た何人かの騎士は恐怖にうたれ戦意を失い、斧を捨て、悲鳴を上げながら城から逃げ去っていった。
残った屈強な騎士も吹き荒ぶ風によって薙ぎ払われ、死体が国王の居場所を知らせる道標となった。
黒馬の王が通った道は、粉々に崩れ落ちた外壁の残骸や殺された騎士の死体で埋め尽くされた。
第1軍団騎士団隊長が肩で息をしながら、階段を駆け上がった。黒馬の王が玉座の間に現れる前に、なんとか国王のもとに辿り着いた。
「国王よ…」
隊長は真っ青な顔をしながら口を開いたが、その先の言葉を言うことなく体が破裂してしまった。
側近たちは震え上がり、国王に背を向けて散り散りに逃げて行った。
国王も玉座から立ち上がろうとしたが、腰が抜けて立ち上がることすら出来なかった。
黒馬の王は、死体を踏みつけながら、ゆっくりと玉座の間に現れた。
国王はガタガタと震えながら、黒い馬を見た。
何処かで見覚えがあった。
その馬は間違いなく2万頭目に国王が殺そうとした、ゲベート王国の馬の中の王だった。
黒馬の王は後ろ足で立ち上がると、玉座に座り続ける国王に向かって嘶いた。すると国王は玉座から滑り落ちた。
こちらに向かって歩いてくる黒馬の王を見ると、目を瞑り震えながら椅子の脚にしがみついた。
窓には激しく雨がうちつけ、吹き荒ぶ風によって大きな音を出し、強固だった城が崩れ落ちそうなほどに揺れていた。
「キナサイ」
黒馬の王は口から煙と炎を出しながら、人語のようなものを話した。
黒馬の王は絶望を連れてきた。
国王は悲鳴を上げ、両手を床について這いつくばりながら逃げようとしたが、その姿を嘲笑うかのように物凄い力で引っ張られていった。
激しい怒りで燃える蹄は、愚か者の頭から滑り落ちた冠を粉々に砕き、床に這いつくばる男の足の骨と腕の骨を砕いて逃げられないようにした。
男は殺されるという恐怖で狂乱しながら、黒馬の王を見た。
その背には今まで誰も跨っていなかったはずなのに、偉大なる何者かが跨っていた。
その者はあまりにも眩しく、歪んだ男の目では直視することすら出来なかった。
「あっ…あっ…」
男が小さな声を絞り出すと、黒馬の王に跨りし者がヒラリと降りた。
裁きを下す為に、その男の魔法使いは腰に下げていた、おそろしいほどに美しく長い剣を鞘から抜いた。
神々しい光を放つ剣は燃え盛る炎となり、男の心臓を貫いた。
男はあまりの激痛に大声を出し、のたうち回りながら泣き叫んだ。
その男の魔法使いによって差し貫かれた心臓は、男によって理不尽に奪われた生命の無念を晴らそうと、地獄の苦痛を味わいながら動き続けることとなった。
黒馬の王は、大陸中に轟くように嘶いた。
非常な恐怖が大陸中を覆い尽くし、空は轟き、稲妻は猛烈な勢いで落ちた。全てを焦がすような一閃が、一国の終わりを告げた。
グチャリグチャリ
黒馬の王は悍しい音を立てながら男の両手両足をゆっくりと喰らったが、男は激痛に襲われるだけで死ぬことはなかった。
死は男を見放していたので、身を喰らわれる激痛で「死にたい」と何度叫んでも、死ぬことが出来なかった。
死の救いは訪れなかった。
血の海の中から剥き出しになった心臓と2つの目玉と動き続ける脳を咥えると、黒馬の王は城の塔へと駆けて行った。国の旗を薙ぎ倒し、それらを突き刺した。
それから盾を掲げる国の国王も同様に喰い尽くし、同じように城の塔に突き刺した。
2人の男に、自らの犯した重罪の果てを、最後まで見届けさせたのだった。
全ては動物と魔法使いを追い回した光景と闇の鎖の光景そのものであった。自らの犯した所業が、何倍にもなって、その身にかえってきたのだった。
罪人も傍観者も一人として生き残った者はおらず、己が罪から逃れることは出来なかった。
2つの国の大陸の人間全てを殺して喰い尽くすと、黒馬の王は再び大陸中に轟くように嘶いた。
すると、他の黒馬たちの動きがピタリと止まった。
黒馬の王の黄金の角が割れて大地に落ちると、ドロドロと溶けていきマグマと化した。役目を終えた黒馬たちもドロドロと溶けていった。
こうして全てを燃やし尽くして灰とかえ、2つの国は消え去ったのだった。絶望と恐怖をまとった灰が、海上をウヨウヨと漂った。
*
「我等は一体…何をしたのだろうか…」
3つの国の国王は呆然とした顔で呟いた。全身から大量の汗を流して恐怖でガタガタと震え上がったが、もう遅かった。
3つの国の国王が、2つの大陸を繋いでいた陸地のあった場所まで来ると、遠くて見えないはずなのに、海の上に浮かぶように立っている黒馬の王の姿をはっきりと見た。
黒馬の王は残酷な目で、愚かな3つの国の国王を見つめた。
「まさか…馬が…使者になるとは…そんな…」
ソニオの国王が呟くと、黒馬の王はその言葉が聞こえたかのように口から煙と炎を吐いた。
3つの国の国王は我先にその場から逃げ出した。
黒馬の王が海を渡り、こちらの大陸に駆けてくるかのような幻を見たのだった。
ソニオ王国の城の中に逃げ込むと、国王は真っ青な顔をしながら今になって神に祈りを捧げた。
だが祈りは聞き届けられることはなく、雷鳴がゴロゴロと鳴り響くだけだった。今にも天上の怒りがこの大陸にも降り注ぐことを感じ取ると、救いを求めて小舟に乗り、聖職者のいる孤島に向かった。
孤島には着いたが、足が震えて立つことも出来ずに、白の教会まで這っていった。
そして自らが助かることだけを願う涙を流しながら、聖職者の足元に跪いた。
「大切な国民の生命を救いたいのです。
どうか…御力を…御力を…お貸しください」
国王は示し合わせたように、偽りの言葉を吐き続けた。偽りの涙を垂れ流し、厄介払いをした聖職者に助けを乞うたのだ。
聖職者は流れいく涙を見つめた。ステンドグラスは光を失い、淀んだ灰色の涙はきらめくことはなかった。
「あの轟くような雷鳴は、天上の怒り。
天上の怒りが、2つの国に降り注いだのだ。一体、何をしたのだ?」
と、聖職者は言った。
全てをハジマリノセカイにかえした恐怖の空を指差した。
今も灰色の煙が立ち上り、2つの国があった上空には雷鳴が轟き稲妻が閃き続けていた。
「知りません…。
大陸も離れていますので、彼等の行いを常に見ているわけではありません。彼等が…何か…恐ろしいことをしたのでしょう」
国王は涙を流しながら言った。自らの所業を悔いることなく、死に絶えた2つの国に罪をなすりつけた。額から汗を垂らし、小刻みに震えながら床を見つめた。
白の教会で嘘をつくことは許されず、パイプオルガンが怒りの音を発した。彼等のいる床が割れるような音を出すと、国王は情けない悲鳴を上げた。
「私の目を見て話しなさい。
何をしたのだ!
神は全てをご覧になられている。何故、今になってここに来た!何故、お前たちは震えているのだ!
白の教会で、神の御前で、嘘は許されぬぞ!」
と、聖職者は怒りの声を上げた。
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