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愚かさの果てに 1
しおりを挟むこの世界がこうも歪んでしまったのは、5つの国の人間の国王が闇の魔法書を手に取り、闇の鎖によって多くの者を死に至らしめたことが原因だった。ユリウスは闇の鎖によって、神の領域に踏み込んだ魔法使いだった。
この世界は、かつて5つの国であった。
最果ての森の大陸に、2つの国があったのだ。3つの国がそれぞれ弓と剣と槍を掲げるように、2つの国もまた斧と盾を掲げていた。
5つの国は戦争をしていた。暗く悲惨で、多くの血が流れるだけの無意味な戦争を…。国王は世界の頂点に君臨する自らの姿を思い描き、その妄執に取り憑かれていた。
戦地に赴くこともなく城の玉座でぬくぬくと座っている国王は、騎士や兵士はいくらでもおり、国が滅亡の危機に瀕しているなど思いもしなかった。多くの騎士と兵士が戦いと衛生状態の悪化で感染症となって死んでいき、戦場となった近くの村や町も甚大な被害を受けた。
男は次々と戦に駆り出され、女は子供を養う為に日夜働き、子供は痩せ細っていく。田畑は焼き尽くされ、緑の大地が焦土と化していると報告を受けても…戦争を止めなかった。
5つの国の国王はいずれも他国が先に白旗をあげるものと楽観視していた。どれほど騎士が悲鳴を上げて戦場で倒れようが、優秀な隊長が死んで何度も同じ戦闘方法を繰り返して敗北を繰り返そうが、次こそは勝利の報告を聞けると国王は信じて疑わなかった。騎士を含め国民の生命など、何の価値もなかったのだ。
ここまで続いたからこそ「勝利で終わる」ことしか考えなかった。勝利で終わらせ、他国の領土を併合し多額の賠償金を得て、失った全てを他国から奪い尽くす。
だからこそ、国王は自らの願望を揺るがすような意見は徹底的に排除した。まさに、暴君であった。
反戦思想を持ち出した側近を強く糾弾し、敵国のスパイとして首を刎ねた。忠臣の首は胴体から次々と離れていった。
狂い出した国王を恐れ、残された者たちは自分以外の誰かが何とかするだろうと思い、イエスという者だけが残っていった。
やがて、少年ですら兵士として動員されるようになった。人を殺す武器を初めて持つ少年が、ガタガタと震えながら戦地に向かっていった。
国は荒れ、食べ物はなくなり、少ない食料を求めて争い奪い合うようになり、餓死する者もあらわれた。不衛生な状態となり病気は蔓延し、いつ終わるかも分からない戦争に国民は疲れ果てていき、互いに憎み合い傷つけ合うようになった。
5つの国はどの国も崩壊寸前であったが、国王は依然として戦争を止めることはなかった。
そこで休戦協定を締結して戦争を停止し、早期に平和条約を結ぶべきだと進言したのが魔法使いだった。
5つの国の魔法使いは当初より戦争に反対して力を貸さなかったが、あまりの悲惨さに心を痛め、やがて騎士たちと戦場に赴くようになった。攻撃魔法は唱えず癒しの魔法だけを唱え、無意味な戦争によって傷ついていく騎士たちと被害を受けた国民を助け続け、戦争を続ける国王の愚かさを嘆き悲しんだ。
「国王よ。5つの国はお互いに尊重し合い、手を取り合い、助け合いながら歩まなければなりません。
国と民族をこえて互いに愛し合い慈しみ合うのが、神が望まれた美しき姿でございます。
我らは戦地に赴き、目を覆いたくなるほどの悲惨な現状を目の当たりにしてきました。大切な国民が死んでいます。美しい国土が荒地と化しています。
これ以上戦争を続けて、一体何になりましょう。
戦争は、ただちに止めるべきです。騎士たちも疲弊しきっております。この戦には、勝利という栄光はありません。
今こそ、戦争を終結するという英断を下される時です。
長年続いた戦争に終止符を打てば、国民の心は穏やかになり国土も緑に戻り、国王の名声も高まりましょう。
このままでは国を焼き尽くし、世界を滅ぼします。
ただちに戦争を終結しましょう。
その為ならば、我らは喜んで協力します。
さもなければ、我らは国を去りましょう」
5つの国の魔法使いの王は、時を合わせて、人間の国王にただしき光の道をそれぞれ説いたのだった。
しかし、人間の国王は激怒した。もはや苦言をいっさい受け付けないほどに傲慢であったために、国王は一様にこう思った。
(魔法使い共め!
力を貸さないばかりか、我に意見するとは許さぬぞ。
今までどれほど光の存在だというだけで優遇し、金貨をつぎ込んできたのか分かっているのか!
なんと忌々しい者たちだ、いや忌々しい土塊だ。
そもそも…お前たちが力を貸さないから、こうなったのではないか。お前たちが力を貸してさえいれば、お前たちが大切というところの国民が生命を落とすことはなかったのだ。
お前たちは我等を導くのが役割にもかかわらず、攻撃魔法を使おうとせずに我を守るという役割を怠り、精一杯尽くそうとはしなかった。
それが原因で、こうも戦争は長引いたのではないか。
精一杯、お前たちが尽くさぬからこうなったのだ。
精一杯、魔法使いとしての役割を果たさぬからこうなった。
精一杯…精一杯…精一杯…せぬからだ。
我を勝利へと導く為の土塊にも関わらず…それを今になって我の元から去るとは…!去って、どうする気だ?
そうか…!元々これが望みだったのか。
こうも戦争が長引いたのは、魔法使いが原因だったのだ!
そうでなければ我の騎士団が、こうも弱いはずがない!我の国を弱体化させ、我が作り出した国を手に入れようとする為に、奴等はここまで何もしなかったのだ。
本性を現したな…美しい顔の裏に、こうも醜い素顔を隠していたとはな…。
人間を光の道に導くとは…騙されるところだったわい。許さん、許さぬぞ!)
国王は醜悪な形相で、玉座の間から去っていく魔法使いの王を睨みつけた。
魔法使いの王は、ある期日を言い残していた。
国王には、その期日が、この世の終わりのように聞こえていた。甚大な被害だけを残した戦争…戦争をしている間は国王でいられる。戦争が終われば、やがて国民の目は覚めて国王を糾弾し、身の破滅に繋がるかもしれない。
思い通りにならない現実に苛立って気が狂い、激しく渦巻いた憤怒の感情は、現実を歪曲させ、正しい言葉を述べた魔法使いに向けられた。
狂った歯車が、回り出した。
国王は凄まじいほどの力を持つ魔法使いを内心では恐れていた。魔法使いの清らかな瞳が、濁りきった自らの魂を見透かしているような気がしてならなかった。
(いつまで力を貸してくれるのか?
もし他国と秘密裏に手を結んでいたらどうなる?)
大きな影は、眩しい光を恐れ出した。
決して手にすることの出来ない魔力を羨む気持ちもあり、醜悪な考えも密かに抱いていた。
5つの国の国王は、怒りと憎しみの感情に心も体も支配されていった。国王の目は狂気で落ち窪み、ギラギラとした光を発し、肉体は恐ろしい考えに侵されて骨と皮だけになっていった。
終戦を宣言しなければ、魔法使いは光の力を使って戦争を強制的に終わらせるだろう。
そうなれば国王の権威は地に落ち、王政は終わってしまう。
どの道、この玉座にはいられない。
新しい統治体制が魔法使いによって敷かれ、国王は裁判にかけられ、どこかの島に流されるか、斬首刑もありうるかもしれない。
戦争に反対していた聖職者を、この大陸に近づけぬようにしたばかりなのに…と国王の苛立ちは募っていった。
約束の日は、刻一刻と近づいてきた。
危機的状況に陥った国王は不可思議な行動に出た。長い間同じテーブルにつくこともなかった国王だったが、戦争を停止する休戦協定を締結する為に、醜悪な顔を合わせたのだった。
それはよかったが、平和条約の内容を決めるのではなく、国王に刃向かった魔法使いという共通の敵を罰する方法を話し始めた。
しかし人間の力ではどう足掻いても、魔法使いに敵わないことは分かっていた。
オラリオンの国王は深い溜息をついた。
高潔で美しく凄まじいほどの魔法を使い、はじめに神によってつくられたオラリオン王国の魔法使いの王の顔を思い出した。
すると、あるモノが頭に浮かんだ。
「闇の魔法書…」
と、オラリオンの国王はふと呟いた。他の国王もその言葉にピクリと反応して、お互いの顔を見合わせた。
それから闇の魔法書の存在が、国王の頭によぎるようになった。妖艶で美しい危険な女のように、四六時中、国王を誘惑し、心を激しくかき乱されるような思いだった。
背後から白くて艶かしい女の手を首筋に絡めながら、甘美な声で男を誘う言葉を舐め上げるように耳元で囁き「早く私に触れて」と求められているような幻想を作り出した。
激しく昂った欲望は、その肢体に触れるまで満たされることはなく、5つの国の国王は「一目、見るだけだ」と言い合いながら「その日」が来るのを待つことにした。
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