103 / 214
絶望 1
しおりを挟むそれから一行はほとんど休むことなくダンジョンを目指した。暗くなると歩みを止めて夕食を食べ、夜空を見上げながら楽しい話をするのだった。
しかしフィオンは会話には入らず、月を眺めながら物思いに耽っていた。「国王を断罪する」と言った時のアーロンの瞳を思い出していた。
(あれは本気だった。ヤバい男だとは思っていたが、完全に狂っている。憎い相手を殺すまでは怒りが収まらない、死ぬほど殺したい相手を思い浮かべている時の瞳だった。
俺が一番よく知っている…俺と同じ瞳なのだから。
しかし、本当に、アーロンを信じていいのだろうか?)
フィオンは輝く夜空を見上げた。月は半分に近くなり、勇者と魔法使いを見下ろしているようだった。
「俺、少し散歩してくるわ」
フィオンはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「危ないわよ。もう真っ暗なんだし、何が潜んでいるのか分からないんだから」
エマは止めたが、フィオンは座ろうとはしなかった。
「大丈夫だよ。星は美しく輝いているし、危険もないだろう。すぐに戻ってくるからさ」
フィオンはいつになく真剣な顔で言った。
「しょうがない男ね…」
その顔を見たエマは伸ばしかけた手を引っ込めた。
やれやれといった顔をしながら、フィオンに向かってヒラヒラと手を振ったのだった。
フィオンは小さく笑うと槍を握り、月明かりに照らされながら歩き出した。
エマは心配そうに見送り、アーロンはただ見つめているばかりだった。
※
「フィオンさん、僕もいいですか?」
と、リアムが言った。
柔らかい草の上で寝転びながら、フィオンは満点の星と月を見ていた。よほど集中していたのだろうか。フィオンはリアムの気配に全く気付かずに、その声を聞くとビクッと体を震わせた。
「なんだ…リアムか…」
「いけないことだと思いながら、後ろを歩いて来たんです。星が綺麗ですね」
リアムは黒い瞳を輝かせながら言った。
「隣、座れよ」
フィオンはリアムの顔を見ながら言った。
月の優しい光が、彼等を照らした。フィオンは何も喋らず、ただ夜空を見つめているだけだった。
夜風がリアムの頬を優しく撫でると、リアムは寝転がっているフィオンを見つめた。
「何を考えているんですか?」
と、リアムが言った。
「ただ…夜空を眺めている。あまりに綺麗だから、見惚れていた。ソニオにいる時よりも月が大きくて、星も喜んでいるみたいだ。この森が…綺麗だからかな。
もう少ししたら…戻るか…」
フィオンの声には力がなく、月と星を見る茶色の瞳は悲しげだった。
「あの…僕…前から聞きたかったことがあるんです。
いいでしょうか?」
と、リアムがおずおずと言った。
「なんだ?」
「フィオンさんの…旅の目的って…何ですか?」
と、リアムは小さな声で言った。
「それなら白の教会で話しただろう?
国の平和を守るのが騎士の隊長である俺の使命であり、この戦いでさらに武勲をあげて、女にモテたいからだ。
何故、そんなことを聞く?」
フィオンは不思議な顔をしながらリアムを見つめた。
リアムもフィオンを真っ直ぐに見つめると、少しモゾモゾしながら口を開いた。
「あの…あの時は…お城の人たちがいたからでしょう?
ごめんなさい。分かったような口を聞いて。
ソニオで騎士であり続けることは辛くないですか?
僕には…その…フィオンさんの背中が苦しんでいるように見えるんです。いつか壊れちゃうんじゃないかと…心配になる時があるんです。
背中にのしかかる黒い影が見えるからでしょうか?僕の魔力のせいなのか…時々…見えてしまうんです。
だから怖がられて…心を勝手に読んでるんじゃないのかって責められたりしたこともありました。
僕はそんなつもりじゃないんですが…」
リアムが下を向きながら言うと、フィオンはその沈んだ顔を見つめた。
「心配してくれてるんだな。本当に優しいな。
だからなのか…お前を見てると思い出す…いつからだろう…俺の大事な大事な…」
フィオンはたまらずに声に出していたが、その言葉を飲み込むと彼を見下ろす月を見つめた。
「月はこんなに美しいのに、どうして地上はこんなにも汚れているんだろうな…。
あの言葉も、本当だ。
俺は女が好きだ。感謝している。女は綺麗で、欲しい言葉をくれる。抱き締めさせてくれて…俺を癒してくれる。嫌なことを全部忘れさせてくれる。
それで、俺は生きることが出来る。信じていたような夢の騎士になろうと思える。
女の子は守ってあげたくなるから。いや、ちがうな…守れなかったからこそ、そうしたい。「ありがとう」って言われるだけで、槍を振るう力になるからさ。
こんなに汚れきった男の手でも…そう…空に輝く光のように…美しい…夢を見ることが出来るから」
フィオンは体を起こすと、真っ赤な血で染まった手を見ながら苦々しそうに笑った。
「もしかしたら…他にも理由があるのかな?
あるとしたら、俺はクリスタルを見たい。
この目で、美しい輝きを見たい。クリスタルが何を見、何を語ってくれるのか。
リアムは魔物が怖いか?」
「僕は分からないです。見たことも…ありませんから」
と、リアムは下を向いたまま答えた。
「そうか…そうだったな」
フィオンはそう言うと、リアムを見つめた。リアムの黒い髪が、風に吹かれて揺れていた。
「リアム…少しの間だけ抱き寄せてもいいかな?」
と、フィオンは言った。
「いい…ですよ。フィオンさんなら」
リアムが驚きながら答えると、フィオンはリアムの肩をそっと抱き寄せた。力強い腕なのに優しく、愛しい者を抱き寄せるかのようなだった。
「おかしいよな…。
髪の毛も瞳も年も…何もかもがリアムとはちがうのに。リアムといると、失った時間を取り戻せたような気がするんだ。
一緒に過ごせたかもしれない時間を。
もうたまらないんだ。あの頃に戻れたような気がして…たまらない気持ちになる。
俺が、お前を殺したのに。
この旅の間は、本当に楽しかった。昔に戻れたような気がした。こんなに穏やかな気持ちで過ごせたのは、何年ぶりだろう。
俺に夢を見させてくれて、本当にありがとう。
この手で守りたかった。守るって約束したのに。
だからこそ、お前に酷いことをする奴等を、俺は絶対に許せない。殺したくなる…」
フィオンはリアムの肩を抱き寄せたまま夜空に輝く星を眺めた。まだこの世界を、あの星々のように輝かしいものだと信じていた頃を思い出した。
そして無残に打ち砕かれ、絶望の中に突き落とされた、その時を思い出していった。
過去に思いを馳せる度に、フィオンの瞳が狂気と絶望に染まる。優しさや綺麗さなど、何の意味もないと思い知らされる。
正義の言葉も行動も、圧倒的な力を持つ男のたった一言で、たった一つの署名で、簡単に滅ぼされてしまうのだ。
それが、この国の現実だった。
フィオンが生まれた村は、辺境にある小さな小さな村だった。あれは秋の収穫を迎える頃、木々が赤く色づく、とても美しい日のことだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる