クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と望み 7

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 フィオンはアーロンの顔をしばらく見つめてから、空を見上げた。空は真っ赤に染まっておらず、美しい青い色をしていた。

「もし俺が女で、お前と俺のどちらかを選べと言われたら…」

「どちらにするんだ?」
 と、アーロンは言った。

「確実に…」

「確実に?」

「俺だわ」

「なんだ…僕じゃないのか?」
 アーロンが笑ったので、フィオンも笑った。

「そんな顔すんな。
 お前は…いつだって自信に満ちた相当ヤバい男の顔でいろ。調子を狂わせんな」
 フィオンは呟くように言った。

「そうだな。君がそう望むのなら、僕はそうしよう。
 ところで、君はどうなんだ?」
 と、アーロンは言った。

「何がだ?」

「君の恋人も、君を待っているぞ」
 アーロンがそう言うと、フィオンは首を横に振った。

「君の方が、頑なだな。
 何が、そこまでさせている?
 君だって、何かを為そうとしているからだろう?彼女を守りたいからだろう」

「そんなことはない。俺の場合は、ただ愛していないだけだ。
 それに…」

「それに?」
 アーロンはそう言うと、フィオンに向かって微笑んで見せた。

「なんだよ?その顔は」
 フィオンはそう言うと、大きく溜め息をついてみせた。

「もし俺が何らかの事情があって国に損害を与えたとしても、彼女は巻き込まれない。
 俺と彼女は、お前たちとは違って、本当の恋人同士ではないんだから。愛し合ってなかった。
 だから彼女は俺のことなど何も知らない、体だけの関係だ。
 しかも特定の日にだけ通って来るだけのな。俺と彼女が話をしているところは誰も見たことがない。どんな表情で、彼女が俺を見るのかも知らない。
 だから俺に犯されて脅され、泣く泣く恋人同士のようなフリをさせられて、今まで俺にイイように動かされていたんだ。
 本当は俺に抱かれて、イイように使われるなんて嫌でたまらなかったけれど、野蛮な騎士に脅されたら拒否出来ない。
 俺との約束を誰かが知っていたとしても、俺がそういう風に吹聴したと彼女が言えば誰も疑わない。
 それになにより…俺がいなくなれば、他の男が喜んで彼女を求める。彼女の美しさは男を惑わせる。初めて会った時から俺のような男に抱かれても、なんの陰りもなく美しいままだ。
 彼女は殺されやしない。生命は、奪われない」

「生命は…か…。
 その場合、君の名誉に傷がつくぞ」

「どうせ死んでるんだ。かまわない。
 それに死んでも俺は俺の女を守ったってことになる。お前だって、そうするだろ?
 この国では、そうでもしないと守り抜けない。女の場合は、殺されるだけではすまないんだから。
 恋人でなくても俺の女である以上、俺はそうする。そうしなければならない」
 フィオンは真っ直ぐな瞳で、左手に握る槍を見つめた。その瞳はとても美しく、ただ一人の男であるかのようだった。

「君は本当に彼女のことを愛していないのか?
 そこまで考えているのに…僕には君も彼女を深く愛しているとしか思えないよ。
 彼女から手紙がきたとき、君は手紙を口元に寄せたんだ。無意識だっただろう?
 体が勝手に動いて、彼女の香りに深く浸り、離れていても彼女が君を変わらずに愛していることを感じようとしたのだと思ったよ。
 目の前に僕がいたとしても、愛しい女性の想いを感じたくてたまらなかった。愛しい女性に口づけをしているかのようだった。
 好きでもない相手の手紙を、そんな風に扱う男だとは思えないが」
 と、アーロンは言った。

「愛していない」
 フィオンは顔を背け、足元に咲く美しい白い花を見つめた。白い花を見つめるその瞳には、優しい色が広がっていた。
 アーロンはフィオンが彼女のことを思い出すたびに、その表情に様々な変化があらわれるのを感じた。

「そうか…そういうことか…」

「何をブツブツ言ってやがる?」
 と、フィオンは言った。

「任務と女性なら任務を優先するといった君の言葉を思い出した。君が自らに課した任務が…」

「おいおい、またか。勝手に、俺の話をねじ曲げんな。
 俺には愛するという気持ちが分からない。いつまで経っても分かることはない。分かりたいとも思わない。
 女とはセックスが出来るだけでいい。
 それ以上は求めないし、求める気持ちもない。
 それに前にも言っただろうが。彼女は夢の中で作り出した俺を見ているだけだ。
 あの部屋の中で、夢を見てるだけだ。花束も贈り物もしていない。俺たちはあの部屋の中だけで、恋人同士ではない。あの女のことだけは、愛していない」
 フィオンは白い花から目を逸らし、顔を上げた。

「愛してないか。
 何故ゼロのつく日なんだ?」

「毎週会うはしんどいだろ?俺から口説きにいったんじゃないんだし。俺は攻めるのが好きなだけなんだよ。必要以上に求められるのも、追いかけられるのも好きじゃない。
 そもそも同じ女と月に何度も会うタイプじゃなかった。適度な距離感が、最高だ。
 適当に会いに行くはずだったんだけど、いろいろあって行く日を決めることになった。
 彼女の屋敷にはじめて行ったのが10日だった。
 だから俺が忘れないように、ゼロのつく日になった」

「そうか。ただ…どうなんだろうな…」
 と、アーロンはブツブツ言った。

「どうなんだって…何がだ?」

「君と彼女がそういう出会い方をしていなかったら、君が一人の女性とちゃんと向き合うということはなかったかもしれない。彼女の方が優位な立場でなければ、君は承諾しなかった。
 これもまた一つの運命なのか。
 別の出会い方をしていたら、まだ沢山の女性と関係を続けていたかもしれない。
 むしろよかったのかもしれないな。
 彼女が君より優位の立場で約束をさせたことで、君は彼女だけになり真摯に向き合った」
 アーロンがそう言うと、フィオンは首を傾げてみせた。

「俺に愛してると言わせたいのなら諦めろ。全部お前の思い込みだ。本当に、思い込みの激しい男だな。
 思ってもいないようなことは、口にしないから。
 約束があるから続けているだけだ」

「そうか。残念だ。
 君に彼女を愛していると言わせてみたかった。大切な気持ちを口にさせてみたかった。君が鬼神にならぬように。
 まぁ、僕がそうはさせないが。
 彼女とはどんな約束をしたんだ?」

「彼女の方から離れるまで、俺が彼女を全力で守る。そうでなければ俺が死ぬまで、彼女を全力で守り続ける。
 それを彼女に跪いて約束しただけだ。
 それだけだ。
 俺は、それを守るだけだから」 
 と、フィオンは言った。

「守るだけ…か。
 君はエマを褒めた時に、面倒臭くなるようなら言わないと言っていた。あの時はどうかと思ったが、他の女性をその気にさせる気ももうないんだろう。他の女性と隠れて関係を持つような男ではないしな。
 まぁ…たしかに、昔は相当な人数と関係していたんだろう。白の教会で側近が僕たちの様子を見ていた時には、全身から軽薄そうなオーラを出していた。
 しかし時が経つにつれて、薄らいでいった。こっちが本来の君である気がしてならないよ。
 僕がそもそもそんな男ではないからよく分からないが、不思議でならないよ。例え約束があったとしても、愛していない女性の為に、何人もの女性と関係をしていた男がそうも変われるものなのかな?
 心から傷つけたくないと思っているとしか思えないけどな。
 それに君がわざわざ僕に彼女の話をしたのは、僕を国王の側の人間だと疑っていたからだと思っていたよ。僕が彼女の話を出したとしても。
 君は噂で聞いていたのとはちがった。恋人が側にいないことをいいことに、夜に町に出かけては他の女性と関係を結ぶこともなかった。本当に任務のことだけを考えていた。
 彼女を真実に愛しているからなんだろう。
 だからああまで体だけの関係だと主張して、王の息子の僕から彼女を守ろうとしたのかと思っていた」
 アーロンは真っ直ぐな目でフィオンを見つめながら言った。

「愛していない。
 ただ約束しただけだ。他の女のことでは、彼女を悲しませないと」
 フィオンが真面目な顔で言うと、アーロンは大きな声で笑い出した。

「何が面白い?」

「君はダンジョンから無事に戻るし、その先も僕が君を死なせない。彼女を悲しませないように、僕が君を守り抜く。
 そうなれば約束かもしれないが、君は彼女と永遠に一緒にいることになるな。君が僕に語った夢だって諦める必要なんてない。彼女となら叶えられる。
 君が思っている以上に、彼女も君から離れられないのだから。たとえこの先何があっても、彼女は君を選び続けるだろう。意志の強い女性だろうから、何があろうと別の男の手は握らない。
 君という男を感じてしまったのだから。
 一度決めた心に嘘はつかない。気高い女性だ。あの香りの意味するところは、そういうことだよ。
 生半可な気持ちで、あの想いはのせられない。
 君という男に愛され、最期まで君の隣にいることを望んでいる。
 それに君も、その約束が何を意味するか、約束を守り続ける理由が本当は何なのか、分かる日がくるだろう。
 いや、分かっているのだから」
 と、アーロンは明るい声で言った。

「お前、うるせぇよ」
 フィオンは槍を地面においてアーロンの手をとると、その手に再び騎士の剣を握らせた。

「望みが潰えないように、お前は証明することだな。
 剣はお前が持っておけ。槍と剣の両方は流石の俺でも重すぎる」
 と、フィオンは言った。

 アーロンは微笑みながら、その剣を握り締め、2人は並んでエマたちのもとへと戻って行った。



 2人が戻ってくる姿を見たエマは笑顔で手を振ると、嬉しそうに彼等のもとへと駆け寄った。

「どうしたんだい?エマ」
 と、アーロンは言った。

「馬を見て」
 と、エマは明るい声で言った。

 3頭の馬を見ると、馬の目にようやく光が戻っていた。
 陸橋を渡る前の勇敢さを取り戻し、もう一度その背に勇者を乗せて、この森を駆け抜けることを望んでいた。
 一行は、再び馬上の人となった。
 馬に跨る勇者の姿は堂々としていて、兜の下から見える瞳には以前とは違う、遠い先を見つめる光があった。
 アーロンは背筋を伸ばして馬に出発の合図をおくると、馬は大きく嘶いて、日の光が降り注ぐ道を颯爽と走り出したのだった。

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