クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と望み 4

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「最大の望みだ。
 国王を断罪する。この手で、首を斬り落とす。なんとしても、この望みを叶えてみせる。
 さもなければ、この世界は崩壊する」
 アーロンはグレーの瞳を燃え上がらせながら言った。

 フィオンも今や心臓が激しく震えていたが、顔には出さずに鋭い目でアーロンを見据えた。
 自らの槍を大樹に立てかけると、騎士の剣を新たな夜明けの光で輝かせながらアーロンに向かって振り下ろした。
 空を切り裂く音と共に、光の筋のような金色の髪がいく筋か舞い散り、最果ての森の大地の上にハラハラと降り注いだ。

「ゲベート王国、第1軍団騎士団隊長であるアーロンよ。国への忠誠を尽くさぬばかりか、主君を討つとは何事か!
 騎士の誇りを失い、騎士の名誉も汚すのか!」
 フィオンは剣先を突きつけながら凄みのある声で言った。

「ならば、問おう。真の騎士とは何を誇りとし、いかなる名誉を守らねばならぬのか。
 国への忠誠、名誉と礼節、弱者の保護が、真に誇りある騎士が守らねばならない騎士道だ。
 国王が愚か者であるのならば、第1軍団騎士団隊長が国の為に、国王という名にすがるだけの男を討伐せねばならない。
 それこそが、真に国に忠誠を尽くすということだ。
 第1軍団騎士団隊長が忠誠を誓うのは国であり、国とは国民そのものだ。
 なればこそ真の忠誠を尽くし、騎士としての名誉を守り抜く為に、国民の生命を踏みにじる男を討伐し、国民を愚か者の手から救ってみせる!
 あの男は、玉座に座っているだけの、ただの愚か者だ。
 欲望のままに贅沢三昧をし、国民が悲鳴を上げるほどの税をとりたてて肥え太り、血肉を喰らいながら生きている。
 罪深き国王の首を斬り落とさなければ、真に世界を救うことなど出来ない!」
 アーロンは怒りに満ちた声で言った。
 グレーの瞳は、突きつけられた剣のように鋭く光っていた。怒りと憎しみの感情を一切隠すことなく、新たな戦いへの情熱で燃える男は冷酷でありながらとても美しかった。

 しかし、フィオンは剣を下ろさなかった。
 その言葉に嘘偽りがないことを確かめるように、騎士の剣を突きつけ続けた。

 木々の隙間からは、日の光が放射状に降り注ぎ、2人の勇者を明るく照らした。
 今、この瞬間、鳥の囀りも木々の揺れる音も水の流れる音も聞こえなくなった。
 静寂が支配していたが、身も凍るような風が森の奥深くから吹くと、新たな勇者の真偽を確かめようとするかのように荒れ狂った。大樹が動くほどの風であったが、勇者は体を震わせることも後退ることもなかった。

「騎士の剣とは、国民の為に振りかざすべきものだ。
 3人の愚か者の為ではない」
 アーロンがそう言うと、フィオンはようやく剣を下ろしたが鞘には納めなかった。

 フィオンは恐ろしい光をたたえた瞳で見つめ、アーロンもまた厳しい瞳で見つめ続けた。先に逸らした方が負けであるかのように、お互いの心を激しく探り合った。
 この世界の行く末が、大きく変わろうとしていた。

「この世界に、国王はいらない。3人の愚か者だけが権力を握り続けたことで、世界はこうも腐り果ててしまった。
 このままいけば、人間は破滅の道に進むしかない。
 国王は魔法使いの生命を踏みにじり、国民の目を欺き続けながら血肉を貪り尽くしている。
 彼等の目には光がない。
 だからこそ大いなる力が変革を望み、勇者がこの森に足を踏み入れることを許されたのだろう。
 そして望みと共に、破滅も姿を現した。
 破滅は既に僕たちを覆い尽くし、どんどん色濃くなっている。音もなく忍び寄り、風のように大地を駆け抜けて、オラリオン王国とゲベート王国を包み込んだ。飲み込む時を、待っている。
 勇者が真に勇者にならねば、破滅は真に動き出す。
 勇者は、求めに応じなければならない。破滅に打ち勝ち、真の悪を討伐し、世界を変えねばならない」
 アーロンは強い眼差しを向け続けたが、フィオンは何も答えなかった。茶色の瞳だけが、アーロンの心を見るようにぎらぎらと燃えていた。



「僕は馬で駆けながら自らに問い続け、答えを導き出した。
 国が危機的状況にあるというのに、何故見たこともない魔物を討伐する為に、他国の騎士と走らねばならないのかを。
 僕たちが勇者としての儀式を受け、港に戻った時の国民の熱狂ぶりには正直驚いたよ。
 聖なる泉が紅く染まり疫病が流行っているというのに、その原因については考えようとはしない。騒ぎ立て、お互いに猜疑心を抱いて憎しみ合っているだけだ。
 誰かが、何とかしてくれると思っている。その誰かが、勇者なのだろう。
 その感情を、国王は利用した。国王は英雄譚を利用して、新たな勇者を作り上げ、事態を収束させる為の時間稼ぎの旅に出させた。誰が流行らせたのかも分からない歌をいいことに、いるかどうかも分からない魔物に原因をなすりつけた。
 ここぞとばかりにダンジョンに潜らせ、立ちはだかる壁であったクリスタルを破壊してこいとの王命を下した。
 これが、今の国の姿だ。
 国王の命令一つで、どんな愚かな所業も許される。
 国民は疲れ果て、考える力を奪われ或いは放棄し、誰も異論を唱えない。
 世界に起こっていることを、真剣に考えようとはしない。
 今頃、国王は疫病を治す薬と聖なる泉を浄化するのに、躍起になっていることだろう。
 勇者を討伐の旅に出したことを大々的にアピールして国民を安心させ、この2つの問題を解決する為に必要な時間を稼ぐことに成功したのだから。
 勇者は、国王の手の平で踊っているだけだ。
 このままでは勇者ではない、ただの愚か者だ」
 と、アーロンは忌々しそうに言った。

「君は僕が国王から何らかの密旨を受けていると思っているらしいが、あの男が僕に言ったのは「クリスタルを破壊して、今度こそ破片を持ち帰るように」とのことだ。
 あの男は、なんとしてもクリスタルを破壊したがっている。それほどまでにクリスタルを恐れている。
 恐れるのは、奴等の身が危なくなるからだろう。あの男は保身のことしか考えないからな。
 魔王の存在というだけではない。決して知られてはいけない恐ろしい秘密を握っているのだろう。
 だから国王は口を閉ざしている。三日月の夜には警護を増やし、国王は陸橋の方角を見ながら震えるだけで何も語ろうとはしない。多くを語れば、いつか辻褄が合わなくなり、嘘が暴かれてしまう。そこに不都合な真実があるからだ。
 陸橋を渡ったことで、最果ての森の方が清らかで美しいと分かった。薄汚い者たちが、恐れるほどの光に溢れている。
 陸橋は僕たちを受け入れたのだから、不都合な真実を知れということなのたろう。
 このダンジョンに導きし者、或いは多いなる力によって、クリスタルの真実を知った勇者が何を為そうとするのかを試されているのではないかと思っている。
 だからこそ、こうして僕たちは出会った。国を変えるほどの力がある騎士の隊長が集った。いずれ英雄になる3人が。
 これこそ、まさに運命だ。
 僕は君と剣を交えたことで、君が特別な男だと確信した。
 僕は、その導きに従う。
 クリスタルの真実を知ることで大義名分を得て、国王を断罪する。国王を1人でも残しておいたら、世界は変わらない。
 王政を終わらせ、国民の手に国をかえす」
 アーロンがそう言うと、ビューヒューと恐ろしい音を立てながら吹く冷たい風が足元の落葉を舞い上げた。



「お前も、王族だ。
 何を馬鹿なことを…気でも触れたか」
 と、フィオンは言った。

「この望みの為に、僕は生きてきた。
 僕は何も恐れない。
 愚かな国王をこの手で断罪し、騎士としての責任を果たさねばならない。それは他の誰にも出来ない。
 僕はゲベート王国第1軍団騎士団隊長であり、騎士としての誇りを背負い続け、名誉を守り続けたい。
 愚かな国王には死をもって罪を償わせるが、僕は生きることで王族としての罪を償う。王政を終わらせ、その後の道をつくり、全てから手を引く。
 僕が傷つけ苦しめた魔法使いたちをもう二度と悲しませることのないように最期まで守り抜き、己が罪を償う。
 これが、僕の責任の取り方だ」
 と、アーロンは強い光を湛えた瞳で言った。

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