クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と最果ての森 1

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 一行は森に入ることはせずに、朝日が昇るのを海岸で待ち続けた。
 しばらくの間、魔法使いは真っ青な顔で震えていたが、波の音が子守唄のように響いてくると、心身ともに疲れ果てていたこともあり寝息を立て始めた。
 一方、勇者は一睡もせずに、辺りを警戒しながら何度も先程の巨体の姿を思い出していた。巨体の力は凄まじかった。人間では全く敵わないと思うと、クリスタルに封印されている魔王に対して畏怖の念を抱くようになっていった。

 空が明るくなっていくと、鳥たちが海岸に集まってきた。辺りの木々にとまって歌うように囀り出すと、魔法使いは心地よい気分で目を覚ました。
 冷え冷えとした朝の風は、勇者の体に吹きつけた。鬱蒼と生茂る木々が揺れ動くと、森の木々は生きていて、小さな勇者を見下ろしているかのように感じるのだった。勇者が息を呑むと、彼等の勇気を試そうとするかのように、木々はガサガサと音を立てて立ちはだかるのだった。

「日が昇った。
 ずっとこうしてはいられない。ダンジョンは遠い。森の中に足を踏み入れよう」
 アーロンは明るい声を出しながら立ち上がった。

「そうだな、行こう。俺たちは陸橋に受け入れられたんだ。何も恐れることはない」
 と、フィオンは言った。

「えぇ、そうね。行きましょう」
 と、エマも言った。

 勇者はお互いの顔を見ながら、大きく頷いたのだった。
 
 アーロンが白の教会で渡されたダンジョンの方角を指すという黄金の羅針盤を荷物袋から取り出すと、木々にとまり一行を見ていた鳥たちが騒がしく鳴いて一斉に飛び立っていった。
 羅針盤の蓋にはダイヤにサファイヤ、オパールにルビーといった宝石が贅沢に散りばめられていた。
 アーロンが蓋を開けると、エマが興味深そうに中を覗き込んだ。蓋の内側は、毒々しいほどに真っ赤だった。
 羅針盤には針も方位盤もなく、二層のガラスだけで出来ていた。

「これが羅針盤?こんなので、どうするの?騎士団で使ってるのとは、随分違うわね」
 と、エマが言った。

「そうだね。
 僕も、これを使うのは初めてなんだけど。聞いた通りにやってみよう。上手くいくだろうか…」
 アーロンは不安げに言いながら、手の平に羅針盤をのせた。

 蓋の内側の赤を右手の人差し指で触れ、円を描くようになぞってからガラスに触れると、ガラスとガラスの間に赤い点があらわれた。
 もう一度、同じようになぞってからガラスに触れると、先程の赤い点から随分と離れた場所に濁った赤い点があらわれた。
 赤い点同士が光を発すると、2つの点を結ぶ青い線があらわれた。

「上手くいきそうだ」
 アーロンはそう言うと、右側のネジを巻いていった。ガラスからは眩しい光が放たれた。光がやんでいくと濁った赤い点は見えなくなり、赤い点と青い線だけが残ったのだった。
 羅針盤は上空から見た彼等のいる場所を、ガラスとガラスの間に映しているようだった。

「最初にあらわれた赤い点が、僕たちだ。
 2つ目にあらわれた濁った赤い点が、目的地であるダンジョンだ。僕たちは、この青い線の上を歩き続けたらいいらしい」
 と、アーロンは言った。 

「なんだか魔法がかかっているみたい。随分、便利なのね。
 これはユリウスが作ったの?」
 と、エマが言った。 

「違う。
 ユリウス以外の魔法使いによってつくられたと僕は聞いているよ」
 と、アーロンが答えた。

「そうなの?なんだか…魔法って、凄いのね。今もこういった物って作れるの?」
 エマは不思議そうな顔をしながら、魔法使いたちを見た。
 マーニャとルークはお互いの顔を見合わせながら首を傾げ、リアムはただ穏やかに微笑んでいるだけだった。

「不思議な羅針盤ね。
 それに…この赤は…ダンジョンの何に反応しているのかしら?」
 エマは蓋の赤を見ながら言ったが、その色を見ているだけでぞくぞくと身震いし息苦しくなっていった。

「よく分からないんだ。かつての勇者の持ち物に反応しているらしい。それが今でもダンジョンの中に残っているとのことなんだが、何なのかは分からない。
 本当に…よく分からないことだらけだ。勇者の持ち物も、羅針盤も、ダンジョンも…。
 この羅針盤は妙に重たくてね。とても恐ろしい気持ちになるから、ずっと首にかけれなかったんだ」
 アーロンはそう言うと、黄金の羅針盤を見つめたのだった。

「さぁ、行こう」
 アーロンは羅針盤を首にかけながら言った。
 今までのように馬に乗ろうとしたが、馬は首を振りひどく興奮していった。しばらく待ったが、馬は彼等を乗せるのを拒否し続けたので、手綱を引いて歩くことにした。
 先頭をアーロンが歩き、その後ろをエマと魔法使いたちが歩き、最後を歩くのはフィオンだった。



 一行は馬を引きながら緊張した面持ちで、森の入り口へと静かに歩いて行った。木々を揺らす風の音はますます激しくなり、最果ての森の激しい怒りの声を聞いているようだった。その声は、巨体から発せられた音と重なっていった。勇者でさえ、巨体の姿は恐ろしく、怖気付く気持ちもあった。
 しかし引き返すことなど出来はしない。背中を見せれば、木の枝や根が勇者という皮を被った臆病者を絡め取ってしまうかもしれない。
 勇者は自らの武器を握り締めると、戦い抜いてきた日々を思い出し、勇猛心を奮い立たせていったのだった。



 最果ての森の入り口の木は、イチイの木に似ていた。
 赤褐色の幹はほとんど剥離し、生皮を剥がれて巨体の口の中でもがき苦しんだ人間のように折れ曲がっていた。根元には沢山の赤い実が落ちていて、その実を鳥たちが啄んだことで地面は赤く染まっていた。その赤い色は、血で染まった海面を思い起こさせた。
 一部のダランと垂れ下がった木の枝は地面に影を落とし、その影は闇の入り口のようだった。森の中に入る者を選別して、相応しくない者を影の中に誘い込み、地中深くに閉じ込めてしまうような不気味さも漂わせていた。
 影を見た勇者はゾクリとしたが、すぐに顔を上げて前を見つめた。何か恐ろしい物音がしないかと常に注意を払いながら、森の中に足を踏み入れた。

 一行が足を踏み入れると、分厚い灰色のモヤが漂ってきて何も見えなくなった。モヤはどんどん濃くなっていき、彼等の体を調べるかのようにまとわりついた。歩くことも困難になり、先に進めなくなるのではないかという不安に襲われたが、穏やかな風が吹くとモヤは消えていった。

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