クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と意味 4

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「君は、本当に救えると思っているのか?
 どこにも救いなどない。
 綺麗事を言うな。
 呪われた子は、殺されて当然だ。騎士でありながら禁忌を許すとでも言うのか?」
 アーロンはそう言うと、フィオンから目を逸らした。濁ったグレーの瞳は、空に浮かんでいる黒っぽいちぎれた雲を睨みつけた。


「お前、おかしいぞ。
 してはいけないってだけだ。
 お前がさっき言ったように、生まれた子の体が辛くなるから、ダメなだけだろう?俺には、そうとれる。
 そもそも禁忌とされた理由なんて、誰も分かっちゃいないんだぞ。禍だって、人間がつけた後付けじゃないか。
 それなのにお前は下らんことを並べ立てて、そんな事をする奴等に傷つける理由を与えてやるつもりか?
 その子が、お前に何をした?
 禁忌だとしても生まれてこれたんだ。なら、もういいだろうが。生まれてこれたんなら、もう禁忌じゃなくなったんだ。神の気持ちが変わったんだろう」  
 フィオンは険しい顔をしながら言った。

「君の方がおかしい。
 禁忌が変わることはないし、誰であっても犯してはならない。
 そうだ…世界中から忌まれる存在である忌み子だ。
 禍をもたらす者は死なねばならない。
 生きてていいことなどない」 
 と、アーロンは言った。その顔には深い憎悪の念が込められていった。

「ふざけんな。
 世界中の全てじゃない。
 どんなけ狭い世界なんだよ、ここは。
 お前は、全ての人間にそう聞いて回ったのか?
 一握りの人間が、そう思ってるだけだろうが。それを全員にすんな!
 俺は嫌いにはならない。その明白な理由がないからな。
 俺には禁忌なんてどうだっていい。人間なんて禁忌以上の事を犯しまくってる。
 だから、間違いだ。俺がいるから全てじゃない。
 お前が言う言葉は、俺には全く理解出来ない」
 と、フィオンは強い口調で言った。

 フィオンは激しい苛立ちを覚えると、思い出したくもない過去を思い出していった。
 見上げた空には見慣れない鳥の群れが飛び交い、耳障りでしわがれた鳴き声を上げた。その鳴き声を聞いていると、自分に向けられた蔑みの声を思い出した。

「うるせぇ」
 と、フィオンは腹立たしそうに言った。

「お前に俺の人生否定されてるみたいで腹立ってきたわ。
 俺は末端兵の出身だって言ったよな!俺は殴られ蹴られながら生きてきたんだ!「殺すぞ」と言われながら、剣を突き立てられた。俺の上半身を見ただろうが、あれは憂さ晴らしにやられた傷もある。
 ずっと「生きてる価値もないから死ね」と言われて過ごしてきた。
 毎日毎日「死ね」や「殺す」や「クソ」と言われながら過ごしてきたんだ。俺がいつ死ぬかを賭けてた奴等もいたしな。
 この国の末端兵は蔑まれる為に作られた存在だからな、どんなに暴力を振るわれようが耐えるしかなかった。殴り返そうなんてしたら、騎士団の規定に沿って殺される。
 だから、俺は上り詰めた。
 俺を殴り倒し「殺すぞ」と言った奴等を足元に跪かせた。
 今になって思えば、本当に奴等はクソだった。1人では何も出来ないクソの集まりだ。あんなクソ共の思い通りにはならないと心に何度も刻んだ。俺の顔を踏みつけた足を、いつかへし折ってやると思いながらな!
 そうだ…俺は「死ね」と言われるたびに「絶対に生き残ってやる!」と自分に誓った。何があっても、何をしても!
 俺が生きている限り、奴等をイラつかせられる。
 俺が生きることが、奴等への復讐だと思いながら。
 そうだ…俺は生きてて良かった。
 絶望の上を歩き、蔑まれた少年時代を過ごしたが、今は生きてて良かったと思ってる。
 その子だって、そう思うだろう。
 どんなに嫌われようが、忌み子といわれようが、生きていればいつかそう思える。
 きっと良くなるんだ。
 どんなに辛くても、良くなる日が来る。
 俺が、そうだ」
 と、フィオンは言った。

「誰もが、君のように強いわけではない」

「強くなる必要なんてない。
 俺は生きることで、奴等に復讐しただけだ」

「復讐か…。
 君はそうして騎士団で生き残ったのか。
 しかし、その子は人間でもなければ魔法使いでもないのだから、生きていく居場所はない。
 どこに行っても忌み嫌われるだろう。生きていくことは許されない。罪を背負っているのだから」
 と、アーロンは低い声で言った。

「居場所がないのなら、俺の側においてやる。
 俺は何人も少年を引き取ってるから、1人増えたところで変わらない。隊長であるうちは、どんな出自の子を俺の隊員にしようが、誰にも文句は言わせない。
 それに俺だけじゃない、他にも俺のように思う男がいるはずだ。
 生きていく場所は一つじゃない。どこかに合う場所がある。
 それに俺は魔法使いたちと過ごしていて分かった。
 魔法使いたちも、その子を受け入れる。いや、受け入れないと思っているのは、一部のクソ共だ。蔑む相手を作って満足しているようなクソ共。
 そんな奴等と一緒にいてもロクな人間になんてならない。
 これでお前の考えは間違いだと分かったか?つまんない事をこれ以上言うな」
 と、フィオンは激しい口調でいった。

「間違いか…。
 しかし、神はお許しにはならないだろう。そう…間違いなんだよ。だからこそ、この世界は見放されたんだ。
 呪いがかかっているのだから、心にも体にも」

「呪いなんてかかってない。
 生まれてきたのには、何らかの意味があったんだ。
 それなのにその子供が罪だというのなら、嫌われている生きていることが許されないというのなら、俺がそうほざく人間の口を全て塞いでやるよ。
 そんな事を言える奴の方が罪だ。
 自分の生きる意味や価値は誰かによって判断されることじゃない。俺の生きる価値を判断した奴等は、全員間違っていたんだから。
 それを決められるのはソイツだけだ。
 誰かに生きる価値もないから死ねと言われて、何故死なねばならない?言う奴等が、死ねばいい。
 そうだ…だったら俺が生きろと言おう。俺が自分にそう言い聞かせてきたように。
 俺は、その子に生きて欲しい。
 お前もこれ以上バカなことを言ったら、一発ぶん殴ってやるからな」

「そうか。
 では君の言うように、生まれてきたことが許されているのなら…神が許しているのなら、僕に証明してみせてくれ。
 口だけなら、何とでも言える」
 アーロンは怖い顔でそう言うと、フィオンを睨みつけた。

「俺が証明するまでもない。
 生を受けたことで、それは証明されている。神が許していないのならば、生まれてこれない。
 呪いなんかじゃない。
 その子も、神の祝福を受けている」
 と、フィオンは怯むことなく言った。



 アーロンはフィオンの顔をしばらく見つめていたが、やがて大きな声で笑い出した。

「祝福か!神の祝福とはこれはまた!」
 アーロンはそう言うと、手を叩きながら笑い続けた。

「君の口から祝福という言葉が聞けるとは!」
 アーロンがもう一度大きな声でそう言うと、フィオンはあからさまに不快な顔をした。

「君がそんな真面目な顔をしてそこまで言ったのだから、僕ももう一度信じてみよう。
 君に殴られるのならば、無事ではすまないだろうしな。気絶してしまう。
 僕も考え方を変えよう。
 しかし、そういうところだ。そういうところだよ!」
 アーロンは今まで聞いたこともないような大声を上げながら、愉快そうに顔をクシャッとさせて笑い続けた。

 フィオンはアーロンのその様子を呆気にとられながら見ていた。

「お前…なんなんだよ!
 俺は、思った事を言っただけだ!そういうところって何だよ!本当に失礼な奴だな!」
 フィオンはアーロンをジロリと睨みつけた。
 これ以上付き合ってはいられないとばかりに立ち上がると、笑い続けるアーロンをおいて歩き出し、エマと魔法使いの元に向かってすたすたと歩いて行ったのだった。

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