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勇者と意味 1
しおりを挟むその日の朝は灰色に曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。風が少し吹いてテントを揺らし、地面に落ちている葉が風で舞っていた。
彼等は朝食を食べ終えると、陸橋近くの町に向けて出発する前に、ダンジョンに潜る為に用意しなければならない物について話し始めた。
「ダンジョンは真っ暗と考えた方がいいよな。何の情報もないんだから暗い洞窟と考えるしかない。さて、どうやってダンジョンの中を進んで行ったらいいのか…。
魔法で灯りは作り出せるのか?ダンジョンで使う魔法ならば、使う時を選んでるってことになると思うんだが」
と、フィオンは魔法使いの顔を見ながら聞いた。
「火の魔法が使えませんので松明のようには無理ですけど、微かな光を杖に灯す魔法なら出来ます。
ダンジョンの中でお役に立てるかなと思って、ずっと練習していました」
と、リアムが言った。
「そうか、ありがとう。
松明の材料を用意しないといけないのなら陸橋を渡る時に荷物が増えるし、最果ての森の枝を使うわけにもいかないしな。
数百年前から存在する、よく分からないダンジョンで火を使うなんて危険だから良かったよ」
と、フィオンは言った。
「僕もそう思う。灯りは、リアムにお願いしよう。
最果ての森は不思議な力で守られていると聞く。あの森の木の枝を勝手に燃やすのは危険だろう。
右も左も分からないダンジョンに足を踏み入れるのだから長めの杖とロープも用意しよう。生きている物がいるとしたら、床や天井や壁に何か仕掛けがあるかもしれない」
と、アーロンは言った。
「あと大事なのは食料ね。持てるだけの食料は持っていかなければならないわね。
最果ての森に行くための陸橋は月に一度だけど、森から出る時も…きっと次の三日月まで待たないといけないのかしら」
と、エマがため息混じりに言った。
「さぁ、どうだろう。来る者は拒むが、出る者まで拒まないで欲しいところだな。来た人間を早く追い出したいと思えば、陸橋をかけてくれるかもしれん。食料が切れる前に、早く戻れることを願おう。
干し果物や塩漬け肉、日持ちしそうなパンってところか。持っていけるだけ、持っていかないとな」
と、フィオンは言った。
「水は、どうかしらね?湧き水が飲めたらいいけれど。喉が乾いてどうにかなりそうになるまでは飲みたくはないけどね」
と、エマは心配そうに言った。
「あの…なら…自分が先に一口飲んでみましょうか?」
ルークは勇者の顔を見ながら小さな声で言った。
「それは、僕がしよう。用意した水がなくなったら、僕が先に飲もう。さまざまな毒にも慣れているから」
と、アーロンが言った。
「でも…」
「ルーク、君はダンジョンに施された封印の魔法を解くことに全力を注いでくれたらいい。
これは騎士としての命令だ」
アーロンが厳しい声でそう言うと、ルークは黙り込んだ。エマは少し驚いた目をしながら、騎士の顔を見つめていたのだった。
それからも意見を出し合って、必要な物と誰がどの荷物を持つかについて話し合っていた。
話が終わり、食事の後片付けと出発の準備を始めようと立ち上がると、アーロンがエマに話しかけた。
「エマ、昨日は本当にすまなかった。
申し訳ないんだが、宿屋に着く前に、どうしてもフィオンと話がしたい。少しの間、ここから離れてもいいかな?」
と、アーロンが言った。
エマは、しばらくの間、灰色の空を見上げながら考え込んでいた。それから辺りをぐるっと見渡すと、優しい表情でアーロンを見つめた。
「いいわ。後片付けはしておくから、行ってきていいわよ。
でも、私から見える場所にしてくれないかしら?
今にも雨が降りそうな嫌な天気だわ。本当に嫌な天気。降り出す前に出発したいから、近くにいて欲しいの。
そうね、あの辺りがいいかしら」
エマはそう言うと、少し離れた小高い丘に立つ一本の木を指差した。
「あの木の下なら、私も安心だわ」
「ありがとう」
アーロンがそう言うと、フィオンは迷惑そうな顔で2人の顔を見たのだった。
馬には乗らずに緑の大地をまっすぐに歩き、アーロンが先に丘をのぼって行った。木を目指して進み、後ろを歩くフィオンの方を振り向きもせず、木の根本に座り込むまで一言も喋らなかった。
「昨日は楽しかったな、フィオン」
アーロンはそう言ったが、フィオンは何も答えなかった。
アーロンが立ったままのフィオンを見つめると、フィオンは刺すような目で見下ろした。
「宿屋で出来ないってのは、どういう話だ?
そういう話なら、お前とこれ以上する気はないぞ。あの日に、全部終わっただろうが」
「僕が君と話しておきたいのは、ダンジョンには一体何が潜んでいるのかという話だ。それは、今でなければ出来ない。
立ってないで、隣に座ったらどうだ?
君が前にいると、エマたちの姿が見えない」
アーロンがそう言うと、フィオンはしぶしぶ座り込んだ。
「魔物だろう?俺は、そう聞かされている」
と、フィオンは素っ気なく答えた。
「君は、その目で魔物を見たことがあるのか?」
「お前は、どうなんだ?」
フィオンは険しい表情をしながら言った。
「僕の国では1匹たりとも見なかった。その痕跡すらもなかった。このソニオ王国でも、そうだった」
「野宿をしている間に、調べてたのか?」
フィオンはジロリとアーロンを睨みながら言った。
「そうだ。野宿はいろんな面で本当に良かったよ。
僕は勇者のテントに音もなく忍び寄ってくる魔物がいないかを、野宿が最後となる今日までずっと警戒していた。
もし僕が魔王ならば、勇者が陸橋を渡る前に殺させ、城門に首を並べて人間の希望を根こそぎ摘み取るよう命令する。
かつて人間を恐怖におとしいれた魔王ならなおさらだ。
あれから数百年が経った。今も本当にダンジョンの中で魔物が生き続けていられるのならば、恐るべき知能と力を持っていなければ不可能だ。
勇者を付け狙い隙を見て、いつかは攻撃してくるだろうと思っていた。簡易なテントで眠っている勇者を襲うのが、手っ取り早いからね。
空も地上も警戒していたから、訓練された君の鳩を発見出来たんだ。他とは動きも違う、利口な鳩だったから。
それなのに、魔物は今日まで何も仕掛けてこなかった。もう陸橋が目の前だというのに…。
火まで焚いて場所を教えてやったのに、魔物の気配すら感じない。闇夜に隠れて襲ってこないのなら、危険な魔物なんて、そもそもこちらの大陸には来ていないんだろう。
水を汲みに行ったり、町に1人で薬を買いに行くついでに、あちこちを歩き回ったが、その痕跡すら見つけられなかった。
町の宿屋に泊まって頻繁に1人で出かけると、君の国の王の見張りが君にうるさく言うだろうから申し訳なくてね。
最果ての森にもっとも近いソニオ王国でもそうだ。
空も森も、どこにも恐ろしい魔物はいない。
魔物はこの大陸にはいなかった。
そもそも恐ろしい魔物なんて、今も存在しているのだろうか?」
「勇者を見て恐れをなしたから襲ってこなかったのかもしれない」
フィオンが冷たい声で言うと、アーロンは笑い出した。
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