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勇者と約束 3
しおりを挟む「俺は小さな村で生まれ育った。
両親は畑仕事をしていた。ちょっとしたことで死んだんだけどな。
俺もそこで一生畑仕事をして大切な女と結婚して、親父のように妻だけを愛して愛されて、その日の仕事が終わったら一緒に夕日でも眺めながら幸せに生きていくんだと…夢を見ていた。
新たな生命になるものをつくってさ。
それが今では生命を奪いながら生きている。
いろんな奴を殺し、いろんな女を抱いてきた。そうやって、生きてきた。
真逆の人生なんだよな。
今となっては、そんな人生でもなんとも思わない。それに実際ハマってみると、俺にはコッチの方が合ってやがるんだから」
フィオンは険しい顔をしながら、最後の言葉を強く言った。
「もう何もかもが、日常と化した。
人を殺すことも、もう何もかも。
ナニかを殺しだすと、それはソイツを思わぬ方向に動かしていく。
お前が言った光というのが本当なら、光の存在にナニモノかを殺させるな。生命を奪うのは、騎士の役目だ。
あの時の約束、守れよ」
フィオンは真剣な眼差しで言った。剣を鞘に納めると、アーロンの目前に剣を差し出した。
アーロンは差し出された剣を受け取ろうとしたが、フィオンは剣を離さなかった。アーロンは強く引っ張ったが、びくともしなかった。
「約束する。この剣は、僕が使う。
僕は剣の騎士だ。
剣を使うのは、僕の役目だ。
魔法使いは僕が守ろう。必ず」
アーロンがしっかりとフィオンの瞳を見ながら誓うと、ようやくその剣をアーロンに渡したのだった。
「ソニオの騎士団には、少年兵が沢山いる。
どんな思いで戦場に立っているのかと思うと、胸が痛むよ」
アーロンが深刻な表情でそう言うと、フィオンはその言葉をせせら笑った。
「分かったような口を聞くな。
お前は初めから馬に乗ってただろう?
そんな奴には決して分からない。
少年兵がどんな思いで戦場に立っているのか、それは馬上から見下ろしている者には決して分からない。分かるはずがない。決して!
簡単に胸が痛むなどと言ってはいけない世界だ。
現実は想像を絶している。
生き残る為に、死体の間を這いずりまわりながら逃げた人間でなければ分かるはずがない。
それにお前は俺が何を盾にしてきたのか分からないだろうが!」
フィオンの声と瞳は激しい怒りを含んでいた。
「すまない。僕は」
フィオンはアーロンがそれ以上話そうとするのを、鋭い目で遮った。
「この国ではな、親を亡くした少年なんてのは、兵士になるか、悪党になるか、男娼になるしかないんだよ。帰るところなんて、どこにもないんだから。
どれを選んだところで、待っているのは死しかない。
希望もなければ夢もない。
そこにあるのは絶望だけだ。
俺は、たまたま生き残った。
ただ、それだけだ」
フィオンはアーロンを睨み続けた。フィオンは明らかにイライラとしていて、どうにも我慢出来ないようであった。
少年が歩いてきた道が、どれほど危険で険しかったのかは味わった者にしか分からない。
軽々しく分かったような口を聞いてはいけないと、アーロンは感じた。フィオンの怒りと憎しみを含んだ茶色の瞳は、彼が見てきたモノを思い出して爛々と燃え続けていた。
2人はしばらく何も喋らなかった。
フィオンは相変わらず怖い顔をしたまま立っていたが、ゆっくりと馬のもとに歩いて行くと、馬の体を優しく撫でながら気持ちを落ち着かせ始めた。馬も気持ちを察したかのように首を屈めると、主人の首や肩に鼻先をすり寄せたのだった。
フィオンは息を吐いた。エマたちの元に戻ろうと馬に飛び乗ろうとした瞬間、アーロンが呼び止めた。
「フィオン、今から手合わせ願いたい」
「一体何のつもりだ?」
「僕なりの謝罪だ。先程の言葉を謝罪したい」
と、アーロンは言った。
フィオンはしばらく黙っていたが、やがてニヤリと笑ったのだった。
「あぁ。そうだな。
俺も体がなまってきてたから丁度いい。お前となら、いい運動になるだろうしな」
フィオンは馬から離れて、アーロンの方に向き直った。フィオンが槍を握り締めて構えると、アーロンは槍の穂先を見ながら首を横に振った。
「ありがとう。君にはこの剣を使って欲しい。
槍で手合わせするなら殺し合いになる」
アーロンはそう言うと、剣をフィオンに手渡した。
「お前より先に使うことになるが、いいのか?」
「あぁ。その剣の威力をみせて欲しい」
と、アーロンは言った。
お互いの主人の間に不穏な空気が流れていることを察した二頭の馬は少し後ろにさがった。
フィオンは槍を目のつく所に置くと、美しい剣を再び鞘から抜き鋭い目つきで構えた。槍の騎士の隊長の恐ろしい瞳に変わっていた。
「お前から攻撃してこい。いつでもいいぜ。受け止めてやるよ」
と、フィオンは低い声で言った。ギラギラと睨め付けるような瞳になり、瞳の奥に潜む狂気が姿を見せると、アーロンは刺殺されるような感覚に襲われた。
確かに、その剣は持ち主によって強さが変わった。
フィオンと敵対する相手がこの姿を見たら、よほど肝が座っていない限り逃げ出すか、恐れ慄いてその場で動けなくなってしまうだろう。
アーロンも剣を鞘から抜いた。
その瞬間、アーロンも同じく剣の騎士の隊長の瞳になり、恐ろしい力が握り締める剣から溢れ出した。
冷たい風が吹き、湖の水面が激しく揺れた。
先にアーロンが踏み込むと、物凄い勢いで斜めから剣を振り下ろした。すかさずフィオンは防ぎ、2人の剣は激しい火花と金属音を発した。
その場の空気が震え、木々にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立っていた。
次にアーロンが右足を前に出して右上から左下に斬り下ろそうとしたが、フィオンの真剣な瞳はその動きを予測していて巧みにかわしたのだった。
アーロンが剣を振り下ろし、フィオンが攻撃をかわせばかわすほど、2人の熱はどんどん高まっていった。
アーロンは剣を握り直し、剣先をフィオンに向けて突きの攻撃に出ると、フィオンはその攻撃をよけてから、右に回り込んでアーロンに体当たりをした。あわやとなった瞬間、アーロンは振り下ろされた剣を体を捩らせながらよけたが、その攻撃はアーロンの服を斬り裂き、アーロンは思わず目を見開いた。
「なに心底驚いた顔してんだ?
お前が自分の顔を気に入らないっていうから、傷でもつけてやろうかと思ったのに。斬ったのは服だったか…いや残念だな」
フィオンはアーロンをそう挑発した。
「俺が人を殺した数は、お前をはるかに上回る。手を抜く必要なんてないだろう?
お互いにもっと楽しもうぜ。片方だけが楽しむなんて、つまんないだろ?だから、もっとこいよ」
「危険な戦場を幾度も駆け抜けてきただけではない。
君は一体どうなっている?何か不思議な力でも持っているのか。でなければ君が為さねばならない事の為に、運命が君に味方をしているのか」
と、アーロンは言った。
「あ?何言ってやがる。訳の分からない事を言う奴だな。
いいから、こいよ。楽しくなってきた。
前も言ったが、俺の立場があるからお前は殺さない。腕も首も足も全部そのまま…ギリギリのところを、もっともっと攻めてやるから」
フィオンはアーロンに向かって腕を伸ばすと、笑いながら指を曲げて手招きをした。
時が経つのも忘れて、2人は剣を交え続けた。
フィオンとアーロンの額に汗が滲んだ。
フィオンはこの状況を楽しみ、アーロンもまた幼い頃の剣の稽古のように楽しんでいた。
鍔迫り合いになると、アーロンがフィオンの腕を掴んで剣の動きを封じ込めた。剣を回して柄をフィオンの喉元に突き立てようとした瞬間、フィオンが足でアーロンを蹴り倒した。今度はアーロンがよろめいて、湖の中に大きな水飛沫をあげながら落ちていった。
フィオンは大声で笑ったが、突然湖の中から手が出てきて足首を掴まれ、湖の中に引き摺り込まれていった。
先に湖から出てきたのは、アーロンだった。
アーロンはまだ湖に浸かって遊んでいるフィオンに向かって手を差し出した。フィオンは一瞬躊躇ったが、その手をガシッと掴むと、湖からようやく出てきた。
2人は顔を見合わせると、体を揺り動かしながら大声で笑い始めた。草の上に寝転んでゴロゴロしていると、ようやく太陽が雲の間から出てきたのだった。日の光に照らされた2人は気持ち良くなり目を閉じた。
やがて空気がひんやりとし、空の色も少しずつ変わり始めた。主人を起こそうとする馬の鳴き声で目覚めると、2人は慌てて馬に飛び乗り大急ぎで走り出した。
エマと魔法使いが待つ場所に戻ってくる頃には空は赤くなり、弓を持ったエマが夕焼けの空の下で2人の帰りを待っているのが見えた。
エマはこちらに向かって走ってくる馬の姿を見ると、矢を番えて閃光のように放った。驚いた馬は棹立ちになって大きく嘶いた。
「一体何をやってたの!?どれだけ心配したか分かってるの?
2人とも時間が分からないの?」
エマは憤慨しながら、2人のもとに走っていった。
エマはアーロンの服が鋭利な刃で斬り裂かれているのを見ると、フィオンをじろりと睨みつけた。フィオンはその瞳にたじろいだ。
2人は申し訳なさそうな顔をしながら馬から降りた。
「2人ともバカなの?
真剣であんたたちが稽古なんてしたら、悪くすると2人とも死ぬわよ!その場合は、亡骸だって捨てていくからね。
それに…仲良く水遊びでもしてたの?」
と、エマは言った。
2人の男はまだ少しぽとぽとと服から水を垂らしながら、情けない気持ちで立っていた。
「そんなに濡れているなら、魚でも取って来てくれたら良かったのに。今からじゃあ、次の町は目指せないわ」
エマはそう言うと、ホッと息を吐いた。
「本当に心配してたんだから…。
無事に戻って来てくれて良かった。言いたい事は全部言ったから、もういいわ。いつまでもそうしてたら、風邪引くわよ」
と、エマは言った。
エマは本当に心配していたが、騎士の隊長が自分の前でまるで子供のようにしょんぼりしている姿を見るとクスリと笑ったのだった。
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