クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と記憶 3

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 フィオンはエマを呼びに行ってから、その足でアーロンの部屋に向かいノックをすることなく部屋に入っていった。

「ノックぐらいしたらどうなんだ?」

「だったら鍵をかけとけ」

「そろそろ来る頃だと思っていた。だから、今しがた開けておいた。待っていたよ。何か言いたい事があるんだろう?」
 と、アーロンは言った。

 その言葉を聞いたフィオンは無性に腹が立ってきて、アーロンに詰め寄ると左手を壁について右手で胸ぐらを掴んだ。

「一体どうなってる?」
 と、フィオンは低い声で言った。

「マーニャはな、俺が盗賊を殺した時の記憶が全くないんだよ。あんなの普通じゃない。
 あの抵抗出来ない体に、奴等は一体何をしているんだ?国王は、あの室で一体何をやっている?
 息子のお前なら知ってるだろう?魔法使いの室に入ったことがあるのはお前だけだ。
 俺の国の魔法使いのことを、お前に聞くのはおかしいかもしれない。けれど、3人とも一緒なんだ。
 ずっと何かに怯えていて、精一杯勇者に尽くさねばならないと刷り込まされている。なぁ、答えろよ」

 しかしアーロンは何も答えずに、フィオンを黙って見据えるばかりだった。

「お前、前に俺に言ったよな!?
 魔法使いと俺たちは違うと。アレと関係があんのか?
 どうなんだよ!
 アレは、どういう意味だったんだ!」 
 フィオンが険しい表情で迫ると、アーロンはようやく口を開いた。

「君が守りたいのは、君の隊員と仲間だけなんだろう?
 どうしてそんなに魔法使いのことまで必死になる?そんな事を知って、一体何になる?何かしてあげるつもりなのか?
 そうか…以前君は、魔法使いも仲間だと僕にはっきりと言っていたな。でも、そんな仲間でも、この旅が終われば仲間ではなくなるんだから知っても何にもならない。
 君には関係ないだろう?
 興味本位なら彼等の苦しみをより深くするだけだ。
 その力があるのに、魔法使いに残酷な夢を見させるだけの男に、何故僕が教えてやらねばならない?
 見ているだけならば、君も同罪だ」

「いいから、教えろ」
 フィオンは激しく苛立ち、胸ぐらを掴む手の力をさらに強めた。

 アーロンは目を閉じると、耳を澄ました。隣の部屋から物音がしないことを確認すると、ゆっくりと目を開けて、小さな声でこう言った。

「魔法使いは光の存在だ。僕たちは、そうではない」
 と、アーロンは言った。

 その言葉を聞いたフィオンは一瞬呆気にとられてから、瞳を怒りの炎で燃え上がらせた。

「光の存在?あんな事をされているのにか?
 俺に痛めつけられている腕の痕を見せておきながら、それでも光だと訳の分からんことをほざくのか。
 お前、ふざけんな!」

「僕はふざけてなどいない。僕は暗雲で覆われた光を彼等に取り戻し、もう一度彼等を真にあるべき光の存在にかえしたい。
 だから、アレをどうしても君に見せたかった。
 君がどう思い、どう考えるのかを知りたかった。
 魔法使いを…他の種族の生命をどう思っているのかを知りたかったんだ。
 その答えは、もう聞かせてもらったけれど」
 アーロンがそう言うと、フィオンの心に「光の存在」という言葉が強く引っかかった。

 どこかで聞いた…光…という言葉。
 光という言葉…魔法使い…。
 フィオンは世界一の魔法使いの名前を思い出すと、その名を口した。

「ユリウスと…関係があるのか?」

「ユリウスは、もうこの世界にはいない。
 だから彼等に救いはなく、人間の男から受ける酷い仕打ちを耐えながら生きている。
 いつの日か、あらわれる光を…夢見て。
 僕が言っているのは「救い」という名の光だ。
 それは決してその場しのぎではない。その場しのぎという、なんの救いにもならない優しさはいらない。だから僕はマーニャの為に大切な馬を売り、僕の考えを君に示した。
 僕は、彼等を照らす光を何としても取り戻したい。
 それは、僕だけの力では不可能だ」
 アーロンのグレーの瞳は爛々と燃え始めた。

「先程の発言は気に入らないから、謝罪して欲しい。
 僕は王の息子である前に、剣の騎士であり国を守るゲベート王国第1軍団騎士団隊長だ。
 僕は王の息子ではなく、剣の騎士の隊長の中から実力で選ばれたからここいる。何度も何度も同じ事を言わせるな!
 僕が一度でも魔法使いを傷つけたことがあったか?
 それでも君が王の息子としての僕に、魔法使いが何をされているのかを聞きたいのであれぼ、僕はその立場からは何も答えられない。
 けれど君が僕を剣の騎士であり剣の勇者であると認め、僕自身の言葉を信じてくれるならば、僕は答えよう。
 フィオンが、僕に、そう約束してくれるのならば」
 アーロンは険しい表情をしながら言った。

 しかし、フィオンは腕の力を緩めなかった。
 アーロンが「国王の息子」だという事実が、フィオンの心に警鐘を鳴らしていた。

 しかし、突然、マーニャの顔と言葉が浮かんだ。

「その約束をさせたいのなら、これから次第で考えてやらないことはない。
 今まで俺を散々イラつかせてきたんだ。
 信頼出来る男だと俺に思わせるような振る舞いが出来れば、お前を…アーロンという名の騎士を信じる。
 そうだな…先程の言葉を証明する為に、危険を顧みずに魔法使いを守るぐらいのことをすれば…」

「それならフィオンに言われなくても、もともとそのつもりだった。そんな簡単なことでいいのならば、最果ての森で証明出来る」
 アーロンはフィオンの言葉を遮って言うと、胸ぐらを掴んでいるフィオンの腕を強い力で掴んだ。

「では、その言葉を信じて、少しだけ教えてやろう。
 もう君は僕に約束したも同然だからな。
 それは全て、マーニャの叫びだ。感情を封じる恐ろしい注射の作用が切れ始めている。マーニャは最高級の薬を飲んでいるからな。
 届いたのか?君に、マーニャの叫びは。
 マーニャは君の国の魔法使いだ。だから君に助けを求めた。僕ではなく君に。
 ソニオ王国の最も強い槍の騎士の隊長に求めたんだ。君ならその力があると、心があると思ったんだろう。
 君という勇敢な騎士の隊長に助けを求めたんだ。
 もし奴等に知られれば、彼女は生命を落とすかもしれないのに。
 それでも小さな手を伸ばして、勇敢な騎士である君に助けを求めた。光を、求めたんだ」
 と、アーロンは力強い声で言った。

「確かに、盗賊を殺した時の君は恐ろしかった。
 その恐怖で、旅に出るまでに積み重なっていた人間への恐怖が溢れた。自己防衛が働いて、恐ろしい人間の記憶を消す為に、彼女は深い眠りに落ちて暗闇を彷徨っていた。
 恐ろしい記憶を自ら消しているんだ。そうでもしなければ、あの子は生きられない。
 それを「魔力切れ」と教え込まされている。
 僕は薬を使って、その暗闇から彼女を連れ戻した。
 しかし恐ろしい記憶は消えても、君が自分を助けてくれる勇敢な騎士としての姿は心に強く残ったんだ。
 そして魔法使いに酷いことをする男たちから助けてくれるかもしれないという希望を抱いた。
 君の光が、強烈に彼女の心に焼き付いたんだ。
 憧れていた夢の騎士の姿を君に見てしまい、強く焦がれた。
 君が盗賊に向けた恐ろしさ以上に、悪者に立ち向かう勇敢な騎士としての姿が、あの子の心に強く焼き付いたんだ」
 アーロンが真っ直ぐな瞳を向けながら言うと、フィオンの腕が震えた。

「どうした?ひどく苦しい顔をしているぞ。
 そんな顔をしていながらも、自分には関係ないとまだ言い続けるつもりか?」

「お前…」
 フィオンが掠れた声で言うと、アーロンは勝ち誇ったように微笑んだ。

「この先どんな話を君から聞かされようとも、君への信頼は変わらない。
 君も僕を信じて欲しい。
 僕には、どうしても君が必要だ。
 だから君の信頼を勝ち取れるように、これからは僕もそれに相応しい行動をする。決して嘘はつかないし裏切らないと約束する。僕は、騎士の剣に誓う」
 アーロンは力強い声でそう言うと、胸ぐらを掴んでいたフィオンの手を振り払い、自らの剣を握り締めた。

「マーニャは素直な良い子だ。
 君に自分を守ってくれる夢の騎士の姿を見たんだ。
 それを思うと…先日の君の恋人の気持ちが分かってきたよ。
 まだ若くて美しく、知性もあり財力もある。
 そんな女性を男は放っておかない。それこそ…いろんな男がな。
 だから、彼女は君を求めたのかもしれない。
 騎士団の隊長が彼女に言い寄れば、普通の男は諦めるしかない。そうなれば、いつの日か…頷かない彼女に痺れを切らして、力ずくで彼女を手に入れようとやって来るだろう。
 その事を思い悩んでいた時に、凱旋した君の凛々しい姿を見たのだろう。君は国民に評判がいい。君なら彼女の名誉も傷つかない。さらに女性を乱暴には扱わない。
 君と関係を持つのならば、他の隊長も彼女には言い寄れなくなるからね。彼女も君に、恐ろしい男たちから自分を守ってくれる騎士の姿を見たのかな。
 そして、いつのまにか本当に恋に落ちてしまい、君を愛してしまった。なかなか可愛い女性じゃないか」
 アーロンがそう言うと、フィオンは舌打ちをした。

「そんな事も分かってる!お前に言われなくても!」
 フィオンはアーロンに背中を向けると、苛々しながら自分の部屋に戻っていき椅子にドサリと腰掛けた。

 アーロンの言葉が頭の中を激しく駆け巡ると、フィオンは苦しみの声を発した。

 騎士が、己の武器に誓う。
 その誓いを破れば、自らに死を与えなければならない。
 これ以上はない騎士の誓いを、アーロンはしたのだった。

 フィオンはマーニャが自分を見つめる瞳を思い出しながら、騎士の槍を握り締めた。

(アーロンは…ゲベート王国の王の息子。国王は自分以外の人間を、ゴミ屑のようにしか思っていない。
 そうだ…あの夜を思い出せ。「1人だけ戻ればいい」と、ゲベートの国王は言っていたのだから。
 3つの国の国王は、クリスタルを恐れている。クリスタルだけでなく陸橋を恐れ、それ以上に三日月も恐れている。決して知られたくない「何か」がある。ダンジョンには秘密が眠っている。なんとしても破壊してしまいたい。それこそ王政を揺るがすほどのものを…。
 だからこそ王の息子であるアーロンが選ばれたのだと思っていた。さらにソニオの国王が俺の真意に気付いていて、ゲベートと手を組んで、俺を探ろうとしているのかもしれないと思っていた。
 だけど…分からなくなってきた。アーロンの瞳の奥底で燃える炎は、俺と同じ怒りと憎しみによるものだ。
 しかし、王の息子が「そんな事」をしようとするはずがない。
 簡単に、信用してはならない。「その為」に、俺は生きてきたのだから。どれだけこの手を汚し、復讐をやり遂げる為にここまで上り詰め、この地位を守り続けてきたのか。
 絶対に、失敗は出来ない。俺が殺してきた人たちへの償いとして、必ず果たさねばならない。「その為」に準備を進め、勇者となったんだ)
 フィオンは自らが歩いてきた道を思うと、鋭い騎士の槍をもう一度強く握り締めたのだった。


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