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勇者と記憶 1
しおりを挟むアーロンとフィオンは宿屋まで競争するかのように馬を走らせた。宿屋に着くと、マーニャの様子を見に行くことにした。
ドアをノックすると青い顔をしたエマが出てきて、悲しそうに首を横に振ったのだった。
「エマ、ずっとそうしていたのかい?
大丈夫だよ。マーニャは良くなるから。君はもう休んだ方がいい」
と、アーロンは言った。
「ありがとう。
でもマーニャが目を覚ました時に、側にいたいの。体力はあるから、私」
と、エマは言った。
「いや、休んだ方がいい。僕とフィオンが代わるよ。
僕の部屋よりフィオンの部屋の方が片付いているから、そこで休むといい。マーニャが起きたら呼びに行くから安心して」
アーロンはなんとかしてエマを休ませようとしたが、彼女はマーニャの側から離れようとはしなかった。
アーロンが困った顔をしながらエマを見ていると、2人のやりとりを黙って後ろで見ていたフィオンが口を開いた。
「そうそう!
そんな疲れた顔をしてたら、せっかくの美人が台無しだ」
「私が美人なわけないでしょう!?髪もボサボサで、こんな灰色の服を着てるのよ!」
エマが顔を赤くしながら否定すると、フィオンはアーロンを押しのけた。
「服なんて関係ない。エマは美しいよ」
フィオンはいつもとは違う落ち着いた声で言った。
「弓を引く凛とした姿は、本当に綺麗だ。真剣な横顔は魅力的だし、それに…」
フィオンがさらに褒め出すと、エマは耳をふさぎながら部屋をそそくさと出て行った。フィオンの部屋に入ると、ドアをバタンと閉めた。
「君って男は…どうしようもないな。そういうのはやめたらどうだ?その気になったりする女性もいるんだから」
アーロンはドアを閉めながら呆れた声で言った。
「俺は仲間を褒めただけだよ。お前のことだって、気が向いたら褒めてやるよ。
それに、この程度でそんな感情を持つわけないだろうが。そんな女には面倒臭くなるから言わねぇよ」
と、フィオンは答えた。
アーロンとフィオンはベッドまで歩いて行くと、目を閉じているマーニャの顔を見下ろした。彼女は朝と全く変わっていなかった。
アーロンは心配そうな顔をしているフィオンと目を合わせてから、おもむろにベッドに両手をついて体を倒した。自らの額とマーニャの額を合わせると、ゆっくりと目を閉じた。
「おい!何をする気だ?」
口付けをするつもりなのかと思ったフィオンは、慌ててアーロンの肩を掴んだ。
「マーニャの苦しみを感じてるんだ」
と、アーロンは目を閉じたまま答えた。
「お前…大丈夫か?」
フィオンはひきつった顔でそう言ったが、アーロンは真剣そのものだった。
しばらくしてから、アーロンはゆっくりと体を起こした。
「僕は部屋に戻って荷物を取ってくる。君はここにいてくれ。君にいてもらわないと困るから」
アーロンがそう言って自分の部屋に戻ると、小さな袋と水差しを持って戻ってきた。
「なんだ、それ?」
と、フィオンは小さな袋を指差した。
「これか?この袋には特別な薬が入っている。
役に立つかもしれないと思って、城から持ってきたんだよ。もちろん何も言わずにね」
「おい、見つかったらマズイやつだろ?」
「1瓶だけなら問題ない。どうせ、数え間違いぐらいにしか思わない。そういう連中だ」
アーロンがそう言うと、フィオンは小さな袋を疑わしげな瞳で見た。
「大丈夫だ。僕はマーニャを守りたいだけだ。
このままだといつ目覚めるか分からない。室のやり方は気に入らないが、これしかない。
これ以上時間が経てば、マーニャの心はさらに苦しむだろう。光のない暗闇を、彼女は彷徨い続けている。
だから、君がいてくれてよかった」
と、アーロンは言った。
アーロンは側のテーブルに水差しを置くと、袋の中から錠剤が入った瓶と透明な箱を取り出した。透明な箱の中から種を1粒取り出すと、素早く蓋を閉めた。
腰に下げていた剣を抜くと、ベッドに立てかけるようにして置き、逞しい腕でマーニャを抱き起こした。
アーロンはベッドに座ると、マーニャを膝の上で横抱きにして座らせた。
「君は黙って見ていて欲しい」
アーロンは低い声でそう言うと、種を彼女の鼻に近づけていき指で押し潰した。
すると、神経を刺激するような妙な香りが漂い始めた。
「マーニャ、目を覚ますんだ。
大丈夫、何も怖くはないよ」
アーロンがそう言うと、不思議なことにマーニャは目を開けた。だが心が空っぽのような虚な目をしていた。
「僕たちはマーニャに酷いことはしない。
君を守りたいだけなんだ。
だから、この薬を飲んで欲しい。自分で飲めるかな?」
アーロンは優しい声で囁いたが、マーニャは虚な瞳をしたまま口を固く閉じていた。
「大丈夫だよ、マーニャ」
アーロンは何度もそう囁いたが、マーニャはぴくりとも動かなかった。
「本当に辛かったんだね。
では、僕が飲ませようか?
それでいいのなら、もう一度目を閉じてもらえる?」
アーロンがそう言うと、マーニャはゆっくりと目を閉じた。
「マーニャ…すまない」
アーロンはマーニャのぷっくりとした下唇を長い指でなぞってから、中指と人差し指を合わせて下唇にあてがった。
すると男の指を受け入れようとするかのように、閉じられていた唇が小さく開いた。
アーロンは小さく開いた口を見ると、指の第2関節までをゆっくりと中に入れていった。傷つけないように優しく弧を描きながら中をかき回し続けた。固く閉じられていた口腔内を少しずつ広げていき、ある程度広げると濡れた指を引き抜いた。
そして錠剤の入った瓶の蓋を開けて薬を取り出すと、薬を指の先で挟んだ。
広げられてぽっかりと開いたままの口の中に、また長い指を今度は最奥まで届くように深く深く入れていった。
中をゆっくりと掻き分けながら、その最奥まで辿り着くと指を左右に広げて錠剤を舌根にのせた。
引き抜いた指は、マーニャの体液で少し糸を引いていた。
アーロンは水差しを手にすると、尖った飲み口を彼女に咥えさせた。
「マーニャ、いいよ。飲んで」
アーロンがそう言うと、マーニャの喉が動いて錠剤を飲み込んだようだった。
アーロンは全てが終わると、マーニャをベッドに寝かせた。水で湿った唇を丁寧に紙で拭きとってから、耳を澄ませて呼吸が乱れていないことを確認した。
「マーニャ、しばらくお休み。
薬を飲んでくれて、ありがとう。
本当に、すまなかった」
アーロンは悲しい顔をしながらそう呟いていた。
フィオンは驚いた顔をしながら見ていたが、マーニャの頬に少し赤みがさしたのを見ると胸を撫で下ろした。
「フィオンが側にいてくれて良かったよ。
こんなやり方しかなかったが、口移しよりかはいいだろう」
と、アーロンは言った。
「すまん。俺のせいだよな…」
と、フィオンは暗い顔をしながら言った。
「君のせいじゃない。ただ、溢れたんだ。
次に目覚めたら、いつものマーニャに戻っているよ。
君がマーニャの様子を見ていてくれ。僕は他にする事があるから先に部屋に戻るよ」
アーロンはそう言うと、袋を持って部屋から出て行った。
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