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勇者と盗賊 2
しおりを挟む一方後方では、8人の盗賊が雄叫びを上げながら迫っていた。
勇者と魔法使いを怯えさせようとするものであったが、エマはいたって冷静だった。矢筒から次々と矢を取って弦に番えると、颯爽と弓を引いたのだった。
4本の矢は全て命中して盗賊の喉元を射抜いた。矢筒から矢がなくなると、エマは素早く短剣を抜いた。
残った4人は仲間が目の前で殺されようが恐れることもなく、獲物を取り囲むようにジリジリと近づいて来た。
盗賊の1人は怯えきったマーニャを見ると、舌舐めずりをしてから顎で仲間に合図を送った。
すると盗賊は二手に分かれ、2人はマーニャに、もう2人は武器を手にしているエマに飛びかかった。
「やめろ!」
リアムとルークが同時に叫び声を上げた。マーニャを守ろうと応戦したが、細い腕では盗賊の力には敵わなかった。
ルークは放り投げられて気絶してしまい、リアムは腹を殴られて顔を踏みつけにされた。
もう1人の盗賊はマーニャが逃げないように後ろから抱きついて、嫌がるマーニャの口を手で塞いだ。
一方、エマは盗賊の攻撃をかわし、体を屈めて脇腹に短剣を突き刺した。柄から血が滴り落ちてくると、グルっと短剣を回してから引き抜き、急いで魔法使いを助けに行こうとしたが、顔に刺青をした盗賊によって阻まれた。
刺青をした盗賊は、エマは見下ろした。
エマは恐れることなく短剣を向けたが、刺青をした盗賊は太くて力強い腕でその短剣を簡単に押し戻した。
刺青をした盗賊は大きな声で笑いながら、騎士の顔をじっくり見てやろうと顔を寄せていった。
すると刺青が、揺れ動いた。盗賊の顔は吐き気が出るほどの嬉々とした表情に変わっていったのだった。
「なんだ、女か…。
こいつは、イイやぁ…。お前も、女だったのかよ」
刺青をした盗賊は目をギラつかせた。これからヤレるであろうことに、たまらなく興奮しているような目だった。
淫欲に満ちた荒い息を上げると、睨みつけるエマの表情に笑みを浮かべながら生唾を飲み込んだ。
「いいねぇ…その顔。その生意気な面。お前も殺さずに連れて行ってやる。抵抗するようなら足の骨を折ってやるからな。
ちょうど溜まってたから、じっくり可愛がってやるよ。輪姦してやるから覚悟しとけ。
たまんねぇ…。想像するだけで、たまんねぇよ。その生意気な顔が、だんだんしおらしくなっていくのはさ。
男を見て怯えながら鳴く顔ほど、そそるもんはねぇからな。体中を舐め回して、イイ声で鳴かしてやるからな。その顔もケツも汁まみれにしてやるからよ。
女のくせに弓なんか握りやがって、生意気なんだよ!
死んでた方がマシだったと思わせてやるからな!
さぁ、ずらかるぞ!」
刺青をした盗賊は力任せにエマの手首を掴むと、彼女の手から短剣を落とさせた。
「このガキ、俺に噛み付きやがって!
このガキを殺してからな!」
リアムを踏みつけにしていた盗賊は怒鳴り声を上げると、さらに力を込めてリアムの顔を踏みつけにした。
リアムは呻き声を上げながら、両手と両足をバタバタさせた。盗賊が甲高い笑い声を上げながらナイフを抜くと、エマは怒りを爆発させた。
「舐めんじゃないわよ!」
エマは掴まれていないもう片方の手を使って、刺青をした盗賊の手を捻り、男の急所を蹴り上げた。男は苦悶の声を上げながら、無様にのたうち回った。
エマはすぐさま地面に落ちた短剣を拾うと刺青をした盗賊の腕を斬りつけてから、今にも殺されそうなリアムを助けようと走り出した。
その時だった。
リアムにナイフを突き刺そうとした盗賊の背後から、別の男の凄まじい怒声が響いた。
「俺の大事な仲間に手を出すな!殺すぞ!」
フィオンはそう言いながら、リアムを殺そうとした盗賊の体に槍を貫通させた。
「あぁ、もう死んじまったか」
フィオンはすぐさま槍を引き抜くと、マーニャを連れ去ろうとしていた盗賊に走り寄った。
盗賊が驚きのあまりにマーニャから手を離すと、顔を掴んで地面に叩きつけてから心臓を槍で突き刺した。
そして盗賊の腹を足で踏み心臓から槍を引き抜くと、貫通した部分からは大量の鮮血が吹き出した。
盗賊は槍を勢いよく引き抜かれたことで、上半身が反り返り地面にグシャリと音を立てながら転がった。
「あぁ?動いたな…まだ生きてんのか?
どうなんだ?!おいっ!」
と、フィオンは怒鳴り声を上げた。
あまりの怒声に血の臭いを嗅ぎ付けて集まっていた死肉を食らう猛禽類が、驚いて飛び去っていった。
既に死んでいると見ただけで分かるのに、フィオンは執拗なまでにマーニャを辱めようとした両腕を突き刺し続けた。それはまるで凌辱をされて殺された少女たちの恨みを晴らそうとしているかのようだった。
血飛沫を浴びたフィオンの体は、おどろおどろしいほどの赤い血で染まり、燃えるような赤髪と同様に全身がさらに真っ赤に染まっていった。赤い鎧を纏っているかのように、槍の騎士の体に赤い血がこびりついているのだった。
リアムは目を大きく見開きながら、フィオンの異様な姿を見つめていた。マーニャは既に気を失っていて、青白い顔でその場に横たわっていた。
「フィオン」
アーロンが彼の名を呼ぶと、フィオンは慣れた手つきで頬についた血を拭った。
フィオンは恐ろしい形相をしながら、まだ1人だけ生きている刺青をした盗賊のもとに歩いて行った。
「助けてくれ!お願いだ!」
刺青をした盗賊は腕から血を流しながら後退りをした。悲鳴を上げながら逃げようとしたが、槍で太腿を突き刺されると、その場に倒れ込んだ。
「逃げんなよ」
と、フィオンはゾッとするような低い声で言った。
「いてぇ!いてぇよ!待ってくれ!許してくれ!悪かった!
俺は、コイツらとは違う…頼まれただけなんだ。
金を持っている連中がここを通るからって…こいつらに脅されたんだ。
本当はこんな事、やりたくなかったんだ!」
刺青をした盗賊が目から涙を流しながら叫んだ。
「汚ない目で俺を見るな。
コイツらとは違うだと!?
違う奴はな、こんな事そもそもやらねぇんだよ!このクソが!」
フィオンはそう大声を上げると、刺青をした盗賊の左目を槍で突き刺した。
「お前さぁ、仲間なんだろ!?なぁ!?
さっきから、うるせぇんだよ!ガタガタぬかすな!
死ねよ、お前も」
フィオンは今度は喉元に槍を突き刺し左に引き裂くと、頭と胴を別々にしたのだった。
フィオンの真っ赤な体からは、人間の血の臭いが漂った。
あまりの惨たらしさに、エマは口を押さえた。エマもソニオ王国の騎士団の惨たらしさは知ってはいたが、オラリオンの騎士団とは全く違っていた。
アーロンは黙ったまま、敵が目の前から全ていなくなったことで、ようやく止まったフィオンを見つめていた。
フィオンは血にまみれた自らの体と辺りに散らばる人間の部位を見渡してから、木々の隙間から見える空を見上げた。
赤と青は対照的で、臭いも対照的だった。
フィオンは小さく笑うと、また死体に目を向けてドロドロと地面に流れていく赤黒い血を見つめたのだった。
※
「さて、死体を…どうするかな。
このまま放置していたら、腐臭がして虫がわくだろう」
と、アーロンは言った。
「俺の隊員に処理してもらう。今から連絡するから、俺たちは先を急ごう。
ここはたまに行商人が通るから、綺麗にしておかないといけないからな」
フィオンはそう言うと、大きな木の下の影になっている所に死体を集め始めた。
「どうやって連絡をとるつもりだ?」
と、アーロンが言った。
「伝書鳩だ。馬を売った日の夜に、お前が見たやつだよ。俺の合図で、俺のもとに来るようになっている。ここまで訓練するのは大変だったんだぜ。
今日は盗賊がでる場所を通るから、あらかじめ連絡をしておいた。いつでも来れるように待機している。こういう事に…なるだろうと思ってたからな。
お前が見たがってたアレが、真実の俺だ。俺は優しい男なんかじゃない。俺は狂ってるんだ。1人殺せば、血の臭いに興奮して、自分を止められなくなる。殺して殺して殺し尽くしたくなる。
魔法使いには見られたくなかった。けっこう懐いてくれてたのにな。俺のことを「優しい」とも言ってくれたのに。
これで全て…終わりだよ」
フィオンはそう言うと、赤い髪をかき上げた。暗い影の場所には血の臭いが充満していった。
「魔法使いも、その事は分かっている。
君は彼等を守ったんだ」
アーロンはそう言いながら、魔法使いの方を見た。
エマは少し離れた明るい場所で、魔法使いの傷の手当てをしていた。
「それでも…ダンジョンに着くまでは理想のままでいたかった。今まで頑張ったんだけどな。ラスカの町では、抑えられたのに。あーぁ、やっちまったな……。
俺はな、盗賊を捕らえる気持ちはない。奴等は改心などしない。殺した方が早いと思っている。平気で嘘をつき、捕らえれば情けを乞おうと偽りの涙を流す。薄汚い盗賊共め。
まぁ…俺も、そういう奴等の血肉を喰らいながら、ここまで上り詰めたんだけどな」
と、フィオンは言った。
真っ赤に染まった血の臭いしかしないマントを脱ぎ死体にかけてから、フィオンは光の当たる場所へと出た。
死体がなくなった坂道には、その場の空気を洗うかのような風が吹き出した。
「奴等は何の罪もない者たちを襲ってきたのだから、当然の報いだ。殺人、強盗、強姦に…その罪は数えきれない。罪を犯した者は、罰を受けねばならない。例え誰であっても、どんな男でも。
君のおかげで、多くの盗賊が尻尾をまいて逃げて行った。君が首領を惨殺してくれたおかげでね。
だから僕はとても楽だったし、君は早くに魔法使いとエマを助けに行けたんだ。
残虐に殺したいだけではない。そこには、理由があるんだ。そう複雑に絡み合った…さまざまな理由が。
ありがとう、フィオン」
と、アーロンは言った。
アーロンも血で汚れたマントを脱ぐと、フィオンがしたように死体にかけた。
「ラスカの町のあとに…僕が君に「優しい」と言ったのは、君が僕を心配してくれたことにたいしてだ。
僕のことが気に食わないはずなのに、僕を心配して部屋まで来てくれたんだから。
仲間だと…思ってくれたのだろうかと思い、僕は嬉しくなったんだ」
アーロンはそう言うと、光の当たる場所へと出た。
「君のことは、警戒していた。ソニオ王国の槍の騎士だからね…。
しかし、君は騎士だった。
僕は謝らなければならない。無礼な物言いを何度もして、すまなかった」
アーロンは深々と頭を下げた。ゆっくりと顔を上げると、瞳に強い光を湛えながら、目の前の槍の騎士を見つめた。
「僕も君と同じだ。君と同じ目をしている。
僕も守りたい者の為なら、どんな事でもする。
どんな者でも断罪してみせる。
そうでなければ騎士の隊長は務まらない。騎士の剣を握る資格はない」
と、アーロンは言ったのだった。
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