クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と剣 2

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「約束か…あぁ、分かった。
 しっかし、お前のそういうところ…本当に面倒臭ぇな」

「エマのように僕にも心を開いてくれたら、少しは変わるかもしれない。僕もフィオンと仲良くなりたいんだけどな。
 お互いに、そろそろ歩み寄ろうか?」
 アーロンはフィオンを見つめながら言った。

「お前が俺をすき過ぎて、ずっと見ているのは痛感しているが、ずっと片想いだ。
 諦めろ」
 フィオンは少し苛立った声で答えた。

「そうか、僕は…ダメか。
 何故かな?」
 アーロンが悲しそうな声で言うと、フィオンは鼻で笑った。

「あぁ、ダメだ。
 その目が、気に入らない。狂った男の目だ。
 そういう目をした男を、俺はよく知っている。背負う影が、あまりにデカすぎる。
 そういう男はな、一番信用ならないんだ」
 フィオンの口調はだんだん荒々しくなっていった。

「君がよく知っている男と同じなら、一番信用出来るんじゃないのか?
 いつも君が鏡で見ている男のことだろう?なら、僕も信用出来る男だと思うがね」

「お前のそういうところが、本当に気に入らないんだよ。
 信用出来るかどうかを判断するのは、俺自身だ。
 どうして、人を試すような言動ばかりする男を信用しないといけない?
 今だって、そうだろう?お前はそうやって、何かと俺のことを探ろうとしている。
 お前は俺の何を知りたいんだ?
 優しくしてやれば、すぐにつけ上がりやがって。戦場だったら、心臓を突き刺してやってるところだ」
 フィオンはアーロンの顔を睨みつけながら体を起こした。

「その事なら、前も言っただろう?
 君がどういう人間なのかを知りたいだけだ。
 それに、僕の心はもう君に突き刺されている。
 せっかく2人っきりで話ができる機会ができたのに、やけに攻撃的だから、僕もそうなっているだけだ。
 僕は君と「普通に」話がしたい。
 でも君はなかなか僕と話そうとはしてくれない。だから、こうなる」

「お前、ぬけぬけとよく言いやがったな」
 と、フィオンは言った。

 アーロンが目を細めて笑い出すと、フィオンはその様子に呆れ返った顔をした。

「お前なぁ…、まぁいいか。
 今の笑い方は、本当だと思ってやるよ。
 お前のたまにする胡散臭い笑い方よりかは、まだマシだ」
 
「どの笑い方のことかな?」

「自分で、よく分かっているだろう?
 美しい顔をした男の優しい微笑みは怖かったりするからな」
 フィオンがそう言うと、アーロンの顔からみるみる笑みが消えていった。

「フィオンも僕の事をよく見ているね。流石は騎士の隊長だ。
 僕も気をつけないと」

「あぁ、気を付けろ。
 で、剣を買う金はいくら用意できそうだ?」
 フィオンが剣の話に戻すと、アーロンが金貨の枚数を答えた。

「剣にしては多すぎるだろう?」
 フィオンはその額を不審に思いながら言った。

「多くはないさ。
 他にもお願いしたいことを、今、思い出したよ。
 僕が欲しいのは、魔力を込められる両手剣だ。
 ダンジョンは恐ろしい魔物が潜んでいるんだろう?なら、魔力を込められる両手剣が必要となってくるだろう。
 普通の剣なら持っているから、当然いらない。
 ソニオには、数百年前のそういった業物が特定の武器屋で売られていると聞いていたからね」

「お前、まさか…3人のうちの誰かに剣を握らせる気か?」
 と、フィオンは険しい表情で言った。

「さぁ、どうかな」
 と、アーロンは冷たい声で答えた。真っ直ぐ前だけを見るその顔には、恐ろしい影を見ることができた。

「魔法使いはダンジョンの入り口に施されている封印の解除と、後方からの支援程度に考えていた。攻撃魔法は使えないとも言ってたぞ。
 お前、一体何をさせる気だ?
 あん時の、マーニャを見ただろう?
 他の2人だって、きっと似たようなもんだぞ。封印を解除したら、まともに動けなくなるかもしれない。
 それでも剣を握らせて、震える手で剣を振らせるつもりか?
 あの弱りきった体を見て、なんとも思わないのか!」
 フィオンの瞳は激しい怒りで燃え上がっていった。

「なんだ、フィオン?妙に熱くなるんだな。
 いや、これが真実の君なのか。
 そんなに魔法使いが大事か?
 人間と魔法使いは、違うだろう」
 アーロンは立ち上がると、フィオンを冷たい瞳で見下ろした。

 フィオンは自分の耳を疑った。
 あんなに魔法使いに優しくしておきながら、内心はそう思っていたのかと思うと両腕が怒りで震え出した。
 目の前の勇者を殴り殺してやりたくなったが、自分の使命を思い出すと、彼もまたゆっくりと立ち上がった。

「どういう意味だ?
 魔法使いの生命は大事ではないということか?
 種族が違えば、生命の価値は違うとでも言いたいのか?」
 フィオンが凄まじい迫力でアーロンに迫ると、危険を感じた馬が嘶いた。

「僕の考えを、今、君に話したとしても、君は信じないだろう。
 それが、僕の答えだ。
 それに僕の考えを聞きたいのなら、まず君の考えを話してはどうなんだ?」
 アーロンはその迫力にも動じることなく静かにそう言った。

 フィオンが怒りを隠すことなくグレーの瞳を見据えると、アーロンは小さく笑った。アーロンもまた人間とも思えないような冷酷な眼差しをフィオンに向けた。

「大事だ。
 俺の隊員と仲間になった者たちは、全て大事にしている。
 お前もそういう騎士だと聞いていた。
 人間にだけだったとはな…残念だ」
 と、フィオンは無表情で答えた。

「そうか。
 なら、生命の価値は一緒ということか?
 君のような男が、そんな事を言うとは思わなかったよ。いくつもの死体の山を築いてきたソニオ王国の騎士の隊長がな。
 一体、どれほどの生命を散らせば、残虐と言われるようになるのか。
 敵兵は、君を見るだけで恐れるぐらいだ。
 そんな男が「大事」だと言うとはね、信じられないよ。
 君こそ、本当にそう思っているのか?」
 アーロンはせせら笑いながら言った。

「人間であっても、魔法使いであっても、生命の価値は一緒だ。
 兵士は、死ぬ覚悟があって戦場に立っている。
 敵兵と仲間の魔法使いは違う。
 敵や悪党ではない仲間の生命を無惨に散らすのなら、全てが終わった後で、俺がお前を殺してやる。
 俺がどんな男なのか、その身をもって知るがいい。その時は生きてはいないがな。
 それに神でもない俺たちが、生命の重みが違うなどと言うことは出来ない。
 さっきの発言はどういう意図なのかは分からないが、気に食わない。謝罪しろ」
 フィオンの瞳には恐ろしい光が走った。
 誰もが逃げ出すような恐ろしさだったが、アーロンはその瞳から目を逸らさなかった。

「神とは…これはまた…。
 そんなものを信じているのか?神などいない。祈っても祈っても願いは届かないだろう?
 それに僕の意図も分からない男に謝罪するつもりはない。
 一体何に謝罪をすればいいんだ?
 「すまない」と言えば、満足か?」
 アーロンが穏やかな微笑みを浮かべると、2人の間に流れる空気はますます不穏なものになっていった。

「それでもだ。どういう意図があったのかは知らんが、お前の発言は許されない。
 一緒に旅をしている魔法使いに対して失礼だ」
 フィオンは真っ直ぐな瞳で、アーロンを見据えた。

「槍の騎士から、そんな言葉を聞くとはな。
 武勲をあげる為なら、そんな事は考えもしない男だと思っていたよ。いや、実際は違うのかな?これが真実の君なのか。今の目には、光があった。
 そうだ…いい機会だ。
 他にも聞きたい事があるから、教えてくれないか?
 君が戦争孤児になった少年をひきとっていることについてだ。何故そんな事をしているんだ?
 これも、君の口から出た生命の重みと関係しているのか?
 いろんな噂を聞いたよ。だが、噂とはいつも流した者の都合の良いように捻じ曲げられている。
 本当にくだらない噂ばかりだ」
 アーロンはそう言うと、遠くを見つめた。吹く風は金色の髪を揺らし、男のマントを翻した。

「お前、何が言いたい?」

「どうして、そんな事をしているのか知りたいだけだ。
 噂なんて信用出来ないし、他人の悪意ある考えだから捻じ曲がっている。
 僕は今のように、君の口から君の考えを聞きたいだけだ。
 隊長になってからの君は連戦連勝だ。戦地に出る時は、入念に下調べをして、緻密な戦略を立てていると聞く。その土地の者からも評判が良いから、いろんな道を教えてもらっていて、現地での補給も簡単だ。
 君の部隊が強いのはもちろんだが、勝ち戦にする潮時も見誤らず深追いすることもない。
 だから負けたことがなく、誰もが君を恐れる。騎士が恐れを抱いた戦は、その時点から負けている。
 そんな君の隊員になれば、さぞかし安全だろうな。少年たちの生命は守られる。
 僕は君と過ごして、そう思った。
 僕は、僕の考えで動く。
 誰かの考えや噂を鵜呑みにしたりはしない。
 だから僕自身の目で、これから長い旅を共にする君を知りたいんだ」
 アーロンがそう言うと、翻ったマントから見え隠れする剣の柄が輝いた。

「俺を知ってどうする?知っても、何にもならんさ。
 弱者の保護が、騎士の務めだからだ。
 それに一から自分好みの兵士に育てた方が動かしやすく、国の為にもいいからだ。
 もうこれでいいだろう?
 お前とじっくり話をするのは今回だけだ。何も得るものは無かっただろう」

「そうか。
 ならば、どうして読み書きまで教える必要がある?
 自分好みの兵士に育てたいのならば読み書きまで教える必要はない。何も考えず命令にだけ従うしかない、従順な兵士にした方がいいだろう?
 読み書きとは、生きていく為の力だ」
 アーロンがそう言うと、フィオンは笑い出した。

「そうか…そうか…兵士を駒としか考えない、お偉方が考えるようなことだな。
 俺には、俺の考えがある。
 戦地に出た時はするべき事と条件は伝えるが、細かな指示までは出す気はない。自ら判断し動いてもらわねばならない。だから、考える力を養っているだけだ。
 俺のそんな事まで調べてたのか」
 フィオンは大きく溜息をつくと、苛立った目でアーロンをジロリと睨んだ。

「君だって、僕の事は事前にいろいろ調べていただろう?そんな事は、当たり前さ。
 得るものは、僕には大いにあった。
 その瞳から出てきた言葉の数々は、真実だった。
 ようやく君がどういう人間か分かったよ。
 魔物と戦う前に、僕自身の目で君がどういう人間なのか知っておかなければ、安心して背中を預けられないからね。
 不愉快な思いをさせて、すまなかった」
 アーロンはそう言うと、満足したかのように微笑んだ。

「なんだよ、それは。計算尽くかよ。
 本当に、イラつく男だな」
 と、フィオンは言った。

「なら約束はしてくれたけれど、剣を用意してくれる気は失せたかな?」
 と、アーロンは聞いた。

「俺は約束は守る男だ。
 さっき約束をしたから、今回は剣は手に入れてやる。
 ただし次に宿屋に泊まった日の夜は、俺の後を絶対につけるな。それが出来ないのなら、この話はなしだ。
 だが、剣を魔法使いに使わせるな。
 俺は、お前の剣を用意するんだ。その為に、お前はいるんだからさ。
 ゲベート王国の最強の剣の騎士様」
 フィオンはアーロンを冷たい目で見ると、これ以上はもう話をしたくないという顔をしながら自らの馬の元へと歩いて行った。

 しばらくしてエマと魔法使いが戻ってきたが、アーロンとフィオンが話をすることなく背中を向けているのを見ると、少しは仲良くなることを期待していたエマは困ったような顔で空を見上げたのだった。


 *

 次の町に着くと、アーロンは約束通り宿屋に泊まった。
 皆んなが寝静まった頃にフィオンは足音も立てることなく部屋から出ると、闇の中へと姿を消した。
 朝日が昇り、アーロンが部屋を出て空を眺めていると、フィオンが不意に姿を現して、すばやくアーロンの隣に立った。

「陸橋を渡る前に、剣は用意出来る。
 もう一度言うが、あの剣はお前の剣だ。
 武器を持ち、何者かを殺すのは、騎士の役目だ。
 俺との約束を破って魔法使いに使わせたのなら、俺がお前をダンジョンの中で殺す」
 フィオンはゾッとするような恐ろしい声で言った。
 アーロンが何も言うことなく頷くと、フィオンはスタスタと部屋へと戻って行った。

 朝の食事を済ませ、宿屋を出発する時になってフィオンは宿屋の亭主と店のカウンターで何やら話し込んでいた。
 難しい顔をしながらカウンターを離れると、出発を待つ五人の元にやって来た。

「嵐が迫っている。
 この先にある橋を渡らねばならないが、前回の嵐の修復がまだ終わってないらしく落橋するかもしれない。
 橋を渡れなくなったら、ラスカの町を通らねばならない」
 フィオンは険しい顔をしながら言った。

(なんとしても、あの橋を渡らねばならない。
 ラスカの町が危険だから、橋を作ったんだ。
 マーニャとエマを…危険な目に合わせたくない…)
 フィオンはそう思いながら、窓から見える淀んだ空を見つめた。灰色の空は今にも泣き出しそうで、ゴロゴロと鳴り響く音が聞こえてくるようだった。
 
「どういう町なんですか?」
 と、リアムが不安そうに聞いた。

「わるい連中ばかりが住む町だ」
 フィオンが忌々しい目をしながらそう言うと、冷たい風が窓を大きく揺らす音が響いたのだった。


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