クリスタルの封印

大林 朔也

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演説

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 次の日、アンセルはリリィが作った黒い服に身を包んだ。
 今まで着たこともなかった上質な生地が肌に触れると、背筋が伸びる思いだった。鏡に向かうとボサボサの髪の毛を綺麗に整え、赤いマントを羽織り胸を張った。 
 そうすると鏡に映る自分が全く違って見え、仲間をしっかりと導き守ることが出来る立派な男に見えたのだった。
 
(俺の言動の一つ一つを、皆んなが見ている。
 今、俺に出来る『強い魔王』を演じてみせよう)
 と、アンセルは強く思った。

 アンセルは普段は履かないきちんとした靴を履くと、大きく深呼吸をしてから広場へと向かって行った。
 扉を開けると、広場は既に大勢の仲間で埋め尽くされ、熱気に溢れていた。扉が開く音で、仲間の目は一斉に魔王に注がれた。このような呼び出しを受けたのは初めてのことだったので、仲間の目は驚きと不安の色を浮かべていた。
 ザワザワとしていた広場がより一層騒がしくなり、アンセルは緊張で躓きそうになったが、真紅のマントで見えないようにしながら震える右手を握り締めていた。

 この為だけに作られた演説台へと向かうと、腹に力を込めて背筋を正し、真剣な表情で仲間の顔を見渡した。
 両隣にはミノスとマーティスが控えたが、今日のアンセルは彼等を両隣に従えていても見劣りなどしなかった。
 身なりを綺麗に整えて美しい服を纏っているアンセルは、仲間の目にいつもより大きく映っていた。
 アンセルが金色の瞳に光を宿しながら、黙ったまま仲間を見渡し続けた。次第にザワザワとしていた声が止んでいき、誰も何も喋らず、物音一つしなくなった。

 広場は静寂に包まれ、全ての視線がアンセルに注がれた。
 アンセルはなかなか話し出そうとはしなかったが、ようやく心を決めると、落ち着いた声で皆んなが聞こえるようにゆっくりと話し始めた。

「忙しい中、よく集まってくれた。ありがとう。
 本日より、非常事態宣言を発令する」
 と、アンセルは言った。

 非常事態宣言とは、ダンジョンが危険に晒された時に発令するものだ。全ての業務を停止して、魔王の言葉に従わなければならない。もちろん一度も発令されたことはない、初めての事であった。

 突然の言葉に、広場の空気は当然のことながら一転した。「どういうこと!?」「何があったの!?」と、仲間は大きな声で騒ぎ始めた。
 ダンジョンは永遠に安全であると思っていたので、非常事態宣言が発令されるなど誰も思いもしなかった。仲間が大きな声で思い思いのことを言い始めると、アンセルは広場中に行き渡るような大きな声を上げた。

「静まれ!
 今から、何があったのかを説明する。
 大丈夫だ!落ち着くんだ!」
 アンセルはとても落ち着いていて、さらにいつもとは違って堂々としていた。それを見た仲間は声を上げるのを止め、アンセルの話を聞こうと静かになった。

「外の世界に、大きな異変が起きている。
 かつて俺達の祖先が人間を襲った時と、同じような現象が起きているんだ。
 あの時のように聖なる泉が紅く染まり、今回は疫病が流行して多くの人間が死んでいるようだ。さらに俺達魔物がダンジョンの封印を破り、人間の世界を滅ぼす為に動き出したという流言も飛び交っている。
 原因が俺達にあるとされ、魔物を全滅させようとする勇者と魔法使いがダンジョンに向かっている。
 約2ヶ月後に、ダンジョンに辿り着くだろう」
 と、アンセルは言った。

「2ヶ月後!?」「そんな馬鹿な!」「殺される!嫌だ!」「僕達は何もしていない!無実だ!」
 仲間は次々にそう叫び、重苦しい空気が流れ始めた。
 勇者という言葉に恐れ慄いて、その恐怖から逃れようと互いに抱き締め合ったり、啜り泣くような声も広がっていった。
 けれど仲間の口からは「迎え撃とう」や「殺してやろう」といった残忍な言葉は出てこなかった。

「そうだ!俺達は無実だ!正義は、俺達にあるのだ!
 だから、恐れることはない!俺達は何の罪も犯していない!俺達は善良な魔物だ!
 そのような者達を、何故滅ぼすことなど出来ようか!何の罪もない者達を、滅ぼすことなど出来ない!」
 アンセルは大声を上げると、強く握った拳を振り上げた。

「皆んなで力を合わせて、この窮地を脱しよう!
 思い出して欲しい。
 かつての決戦で、魔物はこのダンジョンに追いやられ、地上には出れなくなった。光を失くし、何もない地中深くに閉じ込められた。
 しかし終焉の地となるはずであったダンジョンですら、俺達の力で新たな魔物の住む新しい地へと変えたのだ。
 俺達はどんな困難も乗り越えられる!
 俺達はこれからも生き続ける!
 俺達は指をくわえて何もせずに絶望に心を蝕まれ、迫りくる終焉を待つだけの無力な魔物ではない。光を失くした手探りの状態でも、試行錯誤を繰り返して、ここまで生き続けた。
 そう…何度も生きる為に戦ってきた。
 そうだ!数多の困難を乗り越え、新しい大きな力を手にして生き続けてきたんだ!
 これからも、そうだ!これで、終わるはずがない!
 なぜなら俺達はかつて以上に力と知恵があり、固い絆で結ばれた仲間がいる!
 それに、正義は俺達にある!正義と仲間の力で、今回も乗り越えよう!」
 アンセルは右手の拳を上げながら大きな声で言った。彼は無我夢中だった。仲間の心に広がろうとしている絶望を叩き潰し、なんとしても希望の光を見せねばならなかった。
 大きな声を出すことで、魔王の言葉に意志を集中させようとした。他の全ての思考を遮断し、困難を乗り越えた過去を何度も何度も強調することで、今回も乗り越えられると仲間の心に刻み込もうとしたのだった。


「俺達は、ダンジョンを深く愛している。
 永遠に、仲間と共に、このダンジョンで生き続ける。
 俺達の楽園であるダンジョンで生き続ける!滅ぼすことなど出来やしない!
 仲間の生命と大切なダンジョンを、俺達の手で守り抜こう!どんな困難も乗り越えて、より賢くなった俺達の力を、勇者に見せつけてやるんだ!
 その為に、皆んなの力を貸して欲しい。
 小さな力では出来ることは限られているが幾重にも重なれば大きなものとなり、どんな困難も乗り越えられるだろう。
 今までがそうであったように!
 今回も、皆んなで力を合わせて戦おう!」
 アンセルは大きな声でそう言うと、手を取り合う姿を思い描いてもらえるように両手を大きく広げてみせた。
 皆んなで協力することの大切さ、ダンジョンへの深い愛を感じてもらおうと思いを込めた。
 
 それからアンセルは階層主達と話し合った計画を、落ち着いた声で一つ一つ話し始めた。
 誰も何も喋らずに、その計画にじっくりと耳を傾けた。それぞれに大事な役割があり、協力して頑張ることで生命とダンジョンが守られると知ると、お互いの顔を見合わせた。

「今から始まる戦いは、誰かを傷つけて殺すんじゃない。
 俺達の戦いは、生きる為の戦いだ。
 生きる為に、皆んなで戦おう。今まで何度もそうしてきた。それは、俺達の得意とするところだ。
 俺は、ここに誓う。
 俺が、守ってみせる!
 誰も、死なせはしない!
 俺は、この戦いに勝利を約束する!」
 アンセルはそう言うと、真紅のマントを翻した。
 その燃えるような真紅は、アンセルから湧き上がったドラゴンの力強い炎のように仲間の目には映ったのだった。

 その姿を見た仲間からは、大きな歓声が沸き起こった。

「そうだ!このダンジョンを皆んなで守るんだ!」「生きよう!」「皆んなで協力するんだ!」「アンセル様!アンセル様!」

 仲間は明るい言葉を次々と声に出し、絶望ではなく望みを見出した。仲間の心は「生きる為の戦い」に向けて奮い立っていった。
 この恐ろしい戦いですらも、今までのように乗り越えられると…希望を胸に抱いたのだった。

 …とある男を除いては。
 黒い服に身を包み深紅のマントを翻す男は、戦いに勝利することがどれほど困難であるかを理解していた。

 なぜならアンセルは自らの非力さを知っている。手加減をしたミノスにすら勝てない魔王が、3人もの勇者に勝てるというのだろうか?
 馬で駆ける勇者の姿は恐れを知らず、数多の戦いに勝利してきた強者である。勇者が掲げる武器は光り輝いていて、弱々しくて細い魔王の首など一瞬で斬り落とせるだろう。
 力の差が分からないほど、愚かではなかった。
 アンセルが打ち勝つにはあまりにも恐ろしい相手だった。

 演説台で隠れているアンセルの両足は、ずっとガタガタと震えていた。
 そして仲間の希望に満ちた顔を眺めているうちに、彼の中に巣食う「何か」がゆっくりと動き出したのだった。



 
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