クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と魔法使い 1

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 ー時は遡るー


 その日は太陽が燦々と輝き、青い空には雲一つなく風も穏やかだった。降り注ぐ日の光は海面を宝石のように輝かせて波の音が美しく響いていたが、目を見張るような3隻の船が飛沫を上げながら現れると、海の静けさは破られて人間の声で騒がしくなった。 
 優雅に翼を広げていた白い鳥は何事かと驚きながら船の上を旋回し、海を泳ぐ魚は顔を出して不思議そうな目で孤島の方角に進んでいく船を見つめていた。
 そう…船は訪れる者など誰もいなかったゲベート王国から東に位置する「孤島」に向けて、それぞれの国の旗を翻しながら進んでいたのだった。

 孤島は緑豊かな木々と色とりどりの花々が咲き誇り、空気は綺麗で透き通る川が流れ、沢山の動物と美しい鳥が暮らしていた。
 中央には神の力が降り注いでいるとされる白の教会が立ち、深い音色を奏でる真実の鐘が輝いていた。真実の鐘は祝福であり、人々に正しさを教えるものであった。
 管理する者など誰もいなかったが、白の教会の荘厳な佇まいは変わることなく見る者を圧倒し、揺らぐことのない権威を持ち続けていた。
 この神聖なる地ではいかなる理由があろうとも、流血や相応しくない行動をとることが禁じられていた。禁を犯せば、犯した者に神の怒りが落ちるとされていた。

 その孤島へと向かう船には、選ばれたる勇者と小さな魔法使いが乗っていた。勇者は風を感じながら孤島を見つめ、魔法使いは締め切った部屋の中で遠く見える孤島を眺めていた。
 他には3つの国の国王と側近、護衛として数名の騎士の姿があった。教会で儀式を行う聖職者の姿はなかったが、国王自らが聖職者にかわって、この神聖なる地で旅の成功を祈願しようと思い、白の教会に向かっているのだった。
 かつては神から「特別な力」を授けられた《聖職者》が、白の教会で様々な儀式を執り行っていたが、数百年前に忽然と姿を消した。それ以降は、神から特別な力を授けられた聖職者は現れることはなかった。
 その者を知る者など今となっては誰もいなかったが、神から特別な力を授けられていた為に《最後の聖職者》と呼ばれ、今もなお本土の教会にいる聖職者と国民は心から信仰しているのだった。


 船が岸に着いて、彼等が輝かしい地に足を踏み入れると、白の教会が日の光に照らされた。その光は、暗い世界に、新たな力をもたらそうとするかのようだった。
 彼等は驚きの念をもって、白く輝く教会を見つめた。
 そのあまりの神々しさに、ある者は跪き、ある者は深く首を垂れ、ある者は眩し過ぎる光に目を逸らした。

 白の教会へと続く道を歩き出すと、彼等を祝福するかのように柔らかな風が吹き、美しい花々がそよそよと揺れ動き、可愛らしい鳥が鳴き声を上げた。
 夢のような道だった。成功は約束され、歩む道は何の困難もないようだと国王と側近は思った。
 だが夢は夢であり、いずれは覚めてしまう。
 柔らかな風が止むと、美しい花々は素知らぬ顔をし、可愛らしい鳥は遥か彼方へと飛び去っていった。

 あれほど輝いていた太陽も突然現れた分厚い雲に隠れて、今にも酷い雨が降り出しそうな濁った空となった。
 ゴロゴロと恐ろしい音が鳴り響くと、体を凍らせるような冷たい風が吹き出した。海が荒れるような音がし、この地が怒りで震えているようだった。
 驚いた勇者が後ろを振り返ると、乗ってきた大きな船がグラグラと揺れていた。空を仰ぎ見ると、太陽が隠れた空には稲妻のような恐ろしい光が走っていた。大地を焦がすような雷が今にも落ちようとしていると、小さな魔法使い達が不安げな表情で空を見上げた。
 多くの者達は恐れ慄いて足を止めたが、勇者の一人がその使命を胸に力強く足を踏み出した。
 すると遅れを取らぬとばかりに、もう一人の勇者も足を踏み出したのだった。

 雨が、ポツポツと降り出した。
 勇気を試すかのように、雨は冷たく勇者の体に打ちつけたのだった。
 



 冷たい雨に打たれながら、やっとの思いで彼等は白の教会へと辿り着いた。儀式の準備が整うまで、勇者と魔法使いはゲベート王国の側近の一人に連れられて、白の教会の一室で待つことになった。

 真っ赤な絨毯が敷かれた大きな窓がある部屋で、勇者と魔法使いは初めて顔を合わせることになった。それぞれの国の隊長服に身を包んだ騎士達は、黙ったまま互いの顔をじっと見合っていた。
 部屋は静まり返り、窓に打ちつける雨の音と、大地を揺るがすような雷の音が異様に大きく聞こえるのだった。
 荒々しい音に怯えた魔法使いの少女が悲鳴のような声をあげると、最も豪華な隊長服に身を包んだゲベート王国の勇者が一歩前に進み出た。

 すると部屋の中で彼等の様子を見ていた側近が、安心したかのように息を吐いたのだった。

「僕は、アーロンと申します。
 ゲベート王国から、剣の勇者として選ばれました。
 騎士として国を守ることが僕の使命です。
 世界が平和になるように全力で立ち向かい、この世界を覆い尽くそうとする悪を必ず討伐してみせます。
 僕は勇者としての責任を果たします。
 共に、戦いましょう」
 と、剣の勇者であるアーロンは言った。
 輝くような金髪に、グレーの美しい瞳、鼻筋が通った端正な顔立ちで、気品すら漂っていた。優しい微笑みを浮かべると、誰もが心を奪われるような美青年だった。
 騎士の隊長とは到底思えないような柔らかい物腰だったが、高身長に鍛え抜かれた体、逞しい二の腕、瞳には強い意志が宿っていた。

「私は、エマよ。
 オラリオン王国から、弓の勇者として選ばれたの。
 よろしく」
 と、弓の勇者であるエマは言った。
 ショートカットの茶色の髪に、透き通るような碧眼、立ち姿が美しく凛とした雰囲気を漂わせていた。しなやかな筋肉がついた体は御伽話にでてくるエルフを彷彿とさせた。
 ずいぶんと淡白だったが彼女がそれ以上は口を開こうとはしなかったので、3人目である槍の勇者が一歩前に進み出た。

「俺の名は、フィオン。
 ソニオ王国から、槍の勇者として選ばれた。
 俺は勇者に選ばれたことを誇りに思っている。国の平和を守るのが騎士の隊長である俺の使命だからな。
 この命にかえても、悪を根絶やしにしてやる。
 あとはそうだな…この戦いでさらに武勲をあげて、女にモテたい」
 と、槍の勇者であるフィオンは言った。
 赤髪で切れ長の茶色の瞳、アーロンよりも高身長で肩幅も広く、逞しい二の腕に厚い胸板、がっしりとした下半身という鍛え抜かれた体をしていた。
 危険な香りの漂う甘めのマスクと数々の女と浮き名を流してきた軽薄そうな雰囲気が、アーロンとは対照的だった。

 エマは厳粛な教会にいながらも「女にモテたい」という言葉を口走った男に呆れ果て、そっぽを向きながら顔を顰めた。
 一方アーロンは共に戦うことになる、今まで敵として戦ってきた騎士である勇者に鋭い目を注いでいた。

 3つの国の国王は自らが覇権を握ろうという野心を抱いて、長い間戦争を続けていたのだが、異変が起こったことにより停戦をすることにしたのだった。
 かつてとは違い、今回選ばれた勇者は、3人ともそれぞれの国の騎士団の隊長である。
 中でもソニオ王国は最も危険な国で、騎士団自体も獰猛であり、赤髪の槍の勇者はこう噂されていた。

「第5軍団騎士団隊長である赤髪の男は、誰も敵わないほどに強くて恐ろしい。
 あまりに残虐な男であり、人を人とも思わない。
 目を合わせれば、次の瞬間には殺されているぞ」
 と、多くの者達が赤髪を恐れていたのだった。

 フィオンもまた恐れを知らず自らに挑戦してきたグレーの瞳をじっと見据えていたが、窓を打ちつける雨の音が激しくなると、剣の勇者の立派な身なりを馬鹿にするような笑みを浮かべたのだった。

 不穏な空気が色濃く流れると、壁に飾られている一枚の絵が風の音につられるようにカタカタと揺れ動いた。
 すると勇者は、人間に救いの手を差し伸べている天使の絵に目を向けた。
 ようやく神聖な教会にいることを思い出したかのように彼等が緊張をとくと、窓に打ちつけていた雨の音が止んで風も静かになっていったのだった。

 勇者達が話し終えると、魔法使い達がおずおずと進み出た。
 
 魔法使い達は見た目がとても若く、人間でいうと10代前半のような見た目をしていた。
 彼等は人間とは違って老いることはなく、その者の魔力が最大となる容姿のまま生き続け、その生命はその者の持つ魔力によって決まっていた。
 人間と同じ年齢で死ぬ者もいれば、何百年も生き続ける魔法使いもいた。「かつての決戦」で戦ったユリウスは、人間でいうと20代中頃の見た目をしていて、この世のものとは思えないような美しさと凄まじい魔法を使うことが出来たと伝えられていた。

「私は、マーニャと言います。
 ソニオ王国の魔法使いです。
 私は封印解除の魔法が得意なので、ダンジョンに施された封印の魔法を破る時に勇者様のお役に立てます。
 そう…私の憧れはユリウス様なんです。ユリウス様のような素晴らしい魔法使いになりたいと…ずっと思っていました。
 だから…選ばれたことを光栄に思っています。
 あの…精一杯頑張ります。たまに魔力がきれて倒れてしまうこともありますが、足を引っ張らないように精一杯頑張ります。
 どうか、よろしくお願いします」
 と、マーニャは緊張した面持ちで言った。
 栗色の巻き髪に大きな黒い瞳、華奢で可愛いらしい色白の女の子だった。大人しそうな雰囲気で、話し方もおっとりしていた。
 マーニャが持つ魔法使いの杖の先には、赤い宝石のようなものがキラキラと輝いていた。

「大丈夫だよ、マーニャ。
 もし倒れたりしたら、俺が介抱してやるから」
 フィオンが笑みを浮かべながら言うと、エマは大きく溜息をついてみせた。

「何言ってるの。それは、私がするわ。 
 もしフィオンに変なことをされそうになったら、真っ先に私に言いなさい。
 2度とそんな事が出来ないように、汚い手を射抜いてやるから」
 と、エマは冷たい声で言い放った。

 マーニャは驚いた顔になり何と言っていいのか分からずに、エマとフィオンをかわるがわる見た。

「なんだよ!そんな事したら、槍が使えなくなるだろう」
 フィオンは目を細めて笑うと、降参だといわんばかりに両手を上げた。

「片手があれば、その無駄にでかい体なら使えるでしょう」
 エマはそう言うと、冷たい眼差しを向けた。

 フィオンが痛そうな顔をしながら腕を押さえると、エマが小さく笑ったので、マーニャもクスリと笑ったのだった。

「自分の名前は、ルークと言います。
 ゲベート王国の魔法使いです。
 自分は…アーロン様を何度かお見かけしたことがあります。素晴らしい方々と、ご一緒できて本当に光栄です。
 自分は…えっと…他の方の力を倍増させる魔法が使えますので、マーニャさんの封印解除の魔法を精一杯サポート出来ると思います。
 魔法使いとしての役割を、精一杯果たしたいと思っています。そう…精一杯頑張ります。
 どうか、よろしくお願いします」
 と、ルークは言った。
 流れるような銀髪に黒い瞳、陶器のように白い頬をしていて、少し儚げな雰囲気を持つ美少年だった。
 ルークが持つ魔法使いの杖の先にも、青い宝石のようなものがキラキラと輝いていた。

「僕の名前は、リアムです。
 オラリオン王国の魔法使いです。
 僕は魔法全般を使えます。
 勇者様の力になれるように、僕も精一杯頑張ります。
 早くダンジョンについて、皆んなの暮らしを取り戻せるように、精一杯頑張りたいです。
 どうかよろしくお願いします」
 最後にそう言ったのは、黒髪に黒い瞳の可愛いらしい男の子だった。彼が穏やかに微笑むと、絵画の中に描かれた天使のようだった。
 リアムが持つ魔法使いの杖の先にも、紫色の宝石のようなものがキラキラと輝いていた。



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