tentenpoo

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山田は、ブラック企業で働く毎日を送っていた。朝早くから夜遅くまで、限界を超えた労働に耐え、疲労とストレスで心身共にボロボロだった。家に帰る頃には、ただベッドに倒れ込むことしかできない。それが彼の唯一の逃避だった。

ある日の帰り道、彼はふと道端で声をかけられた。見ると、奇妙な雰囲気の女性が立っていた。「あなた、疲れているみたいね」と、まるで彼の内面を見透かすかのように言う。その不思議な眼差しに引き込まれ、山田は立ち止まった。

「私は催眠術師です。あなたの疲れを癒す手助けができるかもしれません」と、女性は静かに続けた。山田は半信半疑だったが、疲労が極限に達しているためか、試してみることにした。「どうせ何も変わらないだろう」と思いながらも、「少なくとも夢くらい楽しいものにしてほしい」と頼んだ。

女性は彼の目を見つめ、数分間の沈黙の後、「これでいい」と言った。山田は何も感じなかったが、深い疑念と共に家へ帰り、そのままベッドに倒れ込んだ。

その夜、山田は驚くほど鮮明で楽しい夢を見た。まるで別の世界にいるかのようで、現実の苦痛を忘れさせてくれるほどだった。次の日も、またその次の日も、夢の中で彼は自由に動き回り、話し、楽しむことができた。

現実の仕事は相変わらず辛いものだったが、夢の世界が彼にとっての唯一の救いとなった。しかし、次第に山田は夢と現実の区別がつかなくなっていった。夢の中での出来事が現実の記憶のように鮮明に残り、どちらの世界も同じくらいリアルに感じられるようになった。

疲れが溜まりすぎて、夢を見ないでただ眠りたいと強く願うようになった。しかし、楽しい夢の誘惑は抗いがたく、結局また夢の世界に引き込まれてしまう。山田は夢の中で眠ることを試みたが、ただ別の夢へと移行するだけだった。その夢が必ずしも楽しいものではなく、日常的なものや辛い夢も交じるようになった。

山田は夢の中の夢でも眠ろうとした。しかし、どれが現実でどれが夢なのか、全く分からなくなってしまった。彼は無限の夢の迷宮に囚われ、終わりのない眠りの中をさまよい続けることになった。

そして、彼が最後に現実を感じた瞬間は、果たして本当に現実だったのか、夢だったのか。それさえも、山田にはもはや知る術はなかった。どれが本当の自分の世界か、彼は永遠に分からなくなってしまったのだった。
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