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第一幕
VS物理学者
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「ただいまァ!」
夕刻。勢いよく探偵事務所の扉が開いて、坂本が仕事から戻ってきた。櫻子は事務所のソファに寝っ転がったまま、仕事帰りの迷探偵を横目見た。いつもは手ぶらで帰ってくるくせに、今日は何やらたくさんの買い物袋と、ティッシュケースくらいの大きさの黒い箱を抱えている。
まさかお土産に、ケーキなんて柄でもあるまいし。
櫻子はソファから体を起こし、帰宅した部屋主をまじまじと眺めた。
「あ? なんだそりゃ?」
「よく聞いてくれた櫻子君! これはねぇ、さっき路地裏で親切な黒装束の男からもらったんだけど……」
「怪しさ満点じゃねーか」
まーた厄介な物押し付けられてきやがった。
そんな櫻子の憂鬱とは裏腹に、坂本は目を輝かせて黒い小箱を天に掲げた。
「これは、宇宙人の残したメッセージボックスに違いないよ!!」
「はぁ?」
「櫻子君は、宇宙人はいると思うかい!?」
「知らん」
坂本は机の上に黒い小箱を置くと、さらに抱えていた買い物袋から次から次へと色々なものを取り出していった。点滅する巨大なランプ。折れ曲がったテレビのアンテナ。大量の清涼飲料水、虫取り網、壊れたタイプライター……。ただでさえ散らかった探偵事務所の仕事机が、どんどんゴミで溢れかえっていくのを見て、櫻子は目を丸くした。
「おいおい。一体何を始める気だ?」
「櫻子君。宇宙人はね……僕は”いる”と思ってる。でなければ、アメリカやロシアの大富豪たちが、わざわざ可能性のない探査計画に巨万の富を投資するはずがないからね」
「今度は何のテレビ番組に影響されたんだ?」
「一九六〇年のオズマ計画。一九七一年のサイクロプス計画。それから、二〇一〇年のドロシー計画……」
「オイ、メモ紙を読むのをやめろ」
「いつだって人類は、宇宙人が”いる”と言う可能性を追い求めてきたのさ! 僕だってそう。そのための、この”機械”だ」
「お前が追い求め始めたのは今日からだろ。何だよこれ。ガラクタにしか見えねーが」
机の上に置かれた、デタラメに歩くひよこのおもちゃを指で突きながら、櫻子はひょろ長の探偵に冷たい視線を送った。
「知ってるかい? 過去、学者たちは地球外知的生命体の発見のために、宇宙に向けて、巨大なアンテナで実に様々な周波数を送り続けてきたんだ。地球からの呼びかけに、未知の何かが反応を返さないか、とね」
「知らん」
「その中でも最も有名なのが、『二一インチ波』。この電波は水素原子が出す電波なんだけど……」
「知らん」
「宇宙に最も多く存在する水素だ。その水素に”何か”が反応しないかと、科学者は電波を送り続けてきたんだ。一九七七年には……」
「知らん」
「……最後まで説明させてくれよ」
「なるほど、そのための”水”なのか」
理解はできないが納得はできた、という表情で、櫻子が机の上の大量の清涼飲料水に一瞥を投げた。坂本は少しがっかりした顔で大量の年号が書かれたメモをポケットに仕舞い、ボウルに水を貯めながら頷いた。
「そう! もし、近くに宇宙からの反応があれば! 僕の作るこの”機械”を通して、この水に何らかの反応があるはずなんだ! だって水は水素だから」
「…………」
「きっとこの黒い小箱からは、僕ら地球人にはわからない電波が送られているに違いない。それをこのアンテナが受信して、タイプライターが文字に変換する」
「…………」
「もし反応があったら、このランプが赤く光る仕組みさ。さあ、僕はもう一度買い物に行ってくるよ。もしこのメッセージを解き明かして、宇宙人に招待でもされたら大変だからね」
「…………」
坂本は弾かれたように立ち上がると、さっきかけたばっかりのコートをもう一度羽織った。今すぐにでも全否定したい気持ちをぐっと堪えて、櫻子は怪しげな黒い小箱を手に取って眺めた。
見たところ何の変哲も無い、ただの木箱だ。
箱の上部には蓋のようなものが付いている。試しに櫻子が開けようとしても、開く気配はなかった。鍵穴もない。ただ代わりに、表面に液晶が取りつけられており、そこに五桁の数字が羅列されていた。
【3、5、1、3、9】
「何だこりゃ?」
「暗号だよ、暗号! 宇宙人の残した暗号!」
「中に何か入ってんのか?」
はしゃぐ坂本を無視し、彼女が耳元で小箱を振ると、中で何かが擦れる音が微かに漏れ聞こえてきた。坂本が上機嫌で櫻子に尋ねた。
「ねえ、宇宙人は何を食べると思う? 宇宙船の中って、酸素はあるのかな?」
「……なんで宇宙人だって思うんだよ? こんなの、呪われた悪霊の木箱かもしれねーじゃねーか」
「そんなわけないだろう……」
探偵が急いで櫻子の手から木箱を取り返し、先ほど作り上げた怪しげな機械の前に置いた。櫻子は首をひねった。
「は? 何でだよ? お前、天狗や宇宙人は信じるのに、幽霊は信じてねーのか」
「だって……」
坂本は出かける準備を整え、事務所の扉の前で、ちらりと櫻子を振り返った。
「幽霊なんて、いたら怖いじゃん……」
「…………」
「…………」
「…………」
坂本は櫻子と目を合わせず、後ろ手で扉を閉めて出て行った。数字の施された謎の木箱と、明らかに使い道のなさそうな大量のガラクタ。それに櫻子だけが、少しひんやりとしてきた事務所に残された。
夕刻。勢いよく探偵事務所の扉が開いて、坂本が仕事から戻ってきた。櫻子は事務所のソファに寝っ転がったまま、仕事帰りの迷探偵を横目見た。いつもは手ぶらで帰ってくるくせに、今日は何やらたくさんの買い物袋と、ティッシュケースくらいの大きさの黒い箱を抱えている。
まさかお土産に、ケーキなんて柄でもあるまいし。
櫻子はソファから体を起こし、帰宅した部屋主をまじまじと眺めた。
「あ? なんだそりゃ?」
「よく聞いてくれた櫻子君! これはねぇ、さっき路地裏で親切な黒装束の男からもらったんだけど……」
「怪しさ満点じゃねーか」
まーた厄介な物押し付けられてきやがった。
そんな櫻子の憂鬱とは裏腹に、坂本は目を輝かせて黒い小箱を天に掲げた。
「これは、宇宙人の残したメッセージボックスに違いないよ!!」
「はぁ?」
「櫻子君は、宇宙人はいると思うかい!?」
「知らん」
坂本は机の上に黒い小箱を置くと、さらに抱えていた買い物袋から次から次へと色々なものを取り出していった。点滅する巨大なランプ。折れ曲がったテレビのアンテナ。大量の清涼飲料水、虫取り網、壊れたタイプライター……。ただでさえ散らかった探偵事務所の仕事机が、どんどんゴミで溢れかえっていくのを見て、櫻子は目を丸くした。
「おいおい。一体何を始める気だ?」
「櫻子君。宇宙人はね……僕は”いる”と思ってる。でなければ、アメリカやロシアの大富豪たちが、わざわざ可能性のない探査計画に巨万の富を投資するはずがないからね」
「今度は何のテレビ番組に影響されたんだ?」
「一九六〇年のオズマ計画。一九七一年のサイクロプス計画。それから、二〇一〇年のドロシー計画……」
「オイ、メモ紙を読むのをやめろ」
「いつだって人類は、宇宙人が”いる”と言う可能性を追い求めてきたのさ! 僕だってそう。そのための、この”機械”だ」
「お前が追い求め始めたのは今日からだろ。何だよこれ。ガラクタにしか見えねーが」
机の上に置かれた、デタラメに歩くひよこのおもちゃを指で突きながら、櫻子はひょろ長の探偵に冷たい視線を送った。
「知ってるかい? 過去、学者たちは地球外知的生命体の発見のために、宇宙に向けて、巨大なアンテナで実に様々な周波数を送り続けてきたんだ。地球からの呼びかけに、未知の何かが反応を返さないか、とね」
「知らん」
「その中でも最も有名なのが、『二一インチ波』。この電波は水素原子が出す電波なんだけど……」
「知らん」
「宇宙に最も多く存在する水素だ。その水素に”何か”が反応しないかと、科学者は電波を送り続けてきたんだ。一九七七年には……」
「知らん」
「……最後まで説明させてくれよ」
「なるほど、そのための”水”なのか」
理解はできないが納得はできた、という表情で、櫻子が机の上の大量の清涼飲料水に一瞥を投げた。坂本は少しがっかりした顔で大量の年号が書かれたメモをポケットに仕舞い、ボウルに水を貯めながら頷いた。
「そう! もし、近くに宇宙からの反応があれば! 僕の作るこの”機械”を通して、この水に何らかの反応があるはずなんだ! だって水は水素だから」
「…………」
「きっとこの黒い小箱からは、僕ら地球人にはわからない電波が送られているに違いない。それをこのアンテナが受信して、タイプライターが文字に変換する」
「…………」
「もし反応があったら、このランプが赤く光る仕組みさ。さあ、僕はもう一度買い物に行ってくるよ。もしこのメッセージを解き明かして、宇宙人に招待でもされたら大変だからね」
「…………」
坂本は弾かれたように立ち上がると、さっきかけたばっかりのコートをもう一度羽織った。今すぐにでも全否定したい気持ちをぐっと堪えて、櫻子は怪しげな黒い小箱を手に取って眺めた。
見たところ何の変哲も無い、ただの木箱だ。
箱の上部には蓋のようなものが付いている。試しに櫻子が開けようとしても、開く気配はなかった。鍵穴もない。ただ代わりに、表面に液晶が取りつけられており、そこに五桁の数字が羅列されていた。
【3、5、1、3、9】
「何だこりゃ?」
「暗号だよ、暗号! 宇宙人の残した暗号!」
「中に何か入ってんのか?」
はしゃぐ坂本を無視し、彼女が耳元で小箱を振ると、中で何かが擦れる音が微かに漏れ聞こえてきた。坂本が上機嫌で櫻子に尋ねた。
「ねえ、宇宙人は何を食べると思う? 宇宙船の中って、酸素はあるのかな?」
「……なんで宇宙人だって思うんだよ? こんなの、呪われた悪霊の木箱かもしれねーじゃねーか」
「そんなわけないだろう……」
探偵が急いで櫻子の手から木箱を取り返し、先ほど作り上げた怪しげな機械の前に置いた。櫻子は首をひねった。
「は? 何でだよ? お前、天狗や宇宙人は信じるのに、幽霊は信じてねーのか」
「だって……」
坂本は出かける準備を整え、事務所の扉の前で、ちらりと櫻子を振り返った。
「幽霊なんて、いたら怖いじゃん……」
「…………」
「…………」
「…………」
坂本は櫻子と目を合わせず、後ろ手で扉を閉めて出て行った。数字の施された謎の木箱と、明らかに使い道のなさそうな大量のガラクタ。それに櫻子だけが、少しひんやりとしてきた事務所に残された。
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