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☆第1ルクス☆『オリオン座兄弟』
しおりを挟む「みんなチョット来て~! 地球でまただよ~!」
ミンタカ兄さんが、朝イチでプンスカしながら集合をかけたので、オレは洗ったばかりの顔をふかふかのタオルで拭きながらまだ覚醒しきらない顔でホールに向かった。
広いホールには白くて丸いテーブルと椅子とソファー。
天井はアーチ状になっていて広々とした空間が展開されている。
ここはオレたち『オリオン座』の基地だ。
ここにはオリオン座を構成する七つの星が住んでいる。
一番偉いのはベテルギウス様。
一等星でご長寿のオリオン座の元座長だ。
そして、オレは末っ子のリゲル。
青白く輝く兄弟唯一の一等星。
いちおう現座長。
五星の兄さんたちはオレをものすごくかわいがり、ベテルギウス様はオレを後継者としてしっかりと導いてくれた。
「リゲル。おはよう。よく眠れましたか?」
サイフ兄さんが、若草色の高く結んだ長い髪を揺らして翡翠の瞳でオレを覗き込み、頬におはようのキスをした。
片手にはフライパン。
柔らかな笑顔が眩しい。
彼は上から二番目の兄。
エプロンの似合うほっそりとした美星さん。
白いキトンの上に緑色のヒマティオンを纏っている。
綺麗で優しくて料理上手。
大好きな緑色の兄だ。
「リゲル。おはようのキスは」
長い脚を高々と組んだベラトリクス兄さんが眼鏡をクイッと奥に入れながら自分の精悍な頬を長い指でトントンしながらソファーでオレを待つ。
「んー、おはよ」
いつものように眠気眼で頬にちゅっとすると、彼は紫紺の切れ長の瞳を満足そうに細めて微笑った。
ベラトリクス兄さんは一番上の兄で、うちでベテルギウス様の次に偉い星。
白いキトンの上に紫色のヒマティオンを纏っている。
五星の兄たちの中でも一番背が高くて、すんごい頭よくてクールでかっこいいんだ。
「おい。また乾かさずに寝たろう。髪がハネている」
「ラムはなんにも分かってねえな。そこがかわいいんじゃねえかよ。よっ! リゲル、おはよ」
アルニタク兄さんが、力強くオレをハグした。
赤いツンツン頭の兄さんはケンカが強くて力持ち。
すごくかっこいい。
筋肉羨ましい。
白いノースリーブのキトンの上に赤色のヒマティオンを纏っている赤い兄星。
よく肩車とかしてくれる。
「抜け駆けだタク。今日は俺が先だと決めていたろう」
アルニラム兄さんがオレを奪い返すなり身を屈めて紺色の瞳を合わせ優しく頭を撫でた。
「今日も素晴らしくかわいいな。水色の瞳も水色の髪もお前にしか似合わない。おはようリゲル」
紺色の長い前髪が右目を隠してて、そして剣の達星な兄さんは普段はどちらかというと無口な方なんだけど、オレには真顔で恥ずかしいことを平気で言う。
白いキトンの上に青色のヒマティオンを纏っている。
赤と青が揃うと無敵だと他の星座に恐れられているらしい。
鼻が高い自慢の兄たちだ。
「リゲルはこのピョーンと跳ねたアンテナで全宇宙のかわいいを受信してるんだよね! 今日もかわいいよ。おはよう! 僕らの一番星!」
ミンタカ兄さんが金髪のサラサラボブを揺らしてソファーをヒラリと飛び越えてやって来て両腕を広げてオレをハグした。
白いキトンの上に黄色のヒマティオンを纏っている彼はメカに強くて情報通。
明るくて頼りになる大好きな黄色い兄だ。
そして、この三つ星は三連星なので同じ身長だけど顔も性格も全然違う。
三つ星ともイケメンで、右目の下に三連ホクロがあるのは同じだけど。
「僕たちは二等星だけど、一等星のリゲルがベテルギウス様の跡を継承してくれたからオリオン座も安泰だよね」
ミンタカ兄さんは、斜めに切った前髪の下の金色の瞳でオレをうっとりと見た。
毎朝の恒例行事のようなコレが終わった頃には朝弱いオレの目も随分覚めてきている。
席に着くとテーブルの上に朝食が並んでいる。
白いワンプレートに彩りよく並ぶのは、焼きたてのごまのパンとハムと卵とチーズにトマト、それにオリーブの実。
デザートは濃厚ギリシャヨーグルトにたっぷりハチミツをかけて食べる。
兄さんたちはギリシャコーヒー。
オレはお子様なので絞りたてのフレッシュオレンジジュースだ。
「ベテルギウス様は?」
「とっくに召し上がって出かけられましたよ」
サイフ兄さんがエプロンを外して席に着きながらそう答えてくれた。
「……で、ミンタカ。またか?」
ベラトリクス兄さんが眼鏡の奥で紫紺の眼差しをギラリとさせて低い声で問うた。
「そうなんだよ。食べながらでいいからさ、コレ見てよ」
ミンタカ兄さんが少し照明を落としてから席に着いた。
ミンタカ兄さんが空間に指を滑らせると、光の尾が四角く軌跡を描きタッチパネルが出てきた。
それを手際よくピポパと操作するなりアーチ状の天井に星空が映し出される。
「音声入るよ」
ミンタカ兄さんが言うなり、アーチ状の天井がプラネタリウム状態になり電子的な女性のアナウンスが流れ始めた。
『――さそり座は、全天八十八星座の中でももっとも均整のとれた見つけやすい星座のひとつ。夏の代表的な星座です』
「チッ、さっそくさそり座かよ」
忌々しそうにアルニタク兄さんが赤い目を眇めて舌打ちした。
『夏の宵、南の空に輝く一等星アンタレスは、星座を初めて辿ってみる人の目にもすぐに見つけられます』
「ふん、ギラギラと悪目立ち。品のないことだ」
続いてアルニラム兄さんが鼻で笑った。
『赤いアンタレスは、さそりの心臓。アンタレスを中心に、さそり座は大きなS字カーブを描きます』
「呆れた。ドSなのを全身でアピールしているんですね」
「いつも他星を見下したみてえにニヤニヤしやがって」
「いつかあの伸びた鼻をへし折ってやらねばな」
「アンタレスがさそり座の中でも一番悪いヤツってことだよ。リゲル分かった?」
「ふえ!? う、うん。モチロン分かってるよ。ミンタカ兄さん!」
オレは慌てて平静を装ってよいお返事をしたものの、さっきからその五文字にドキンドキンと心臓がうるさい。
はわわわわ。
『アンタレス』そう聞いただけで、毎日のようにオレの頭の中を占めるアイツの姿が鮮明に浮かんでしまう。
艶やかな背を覆う黒髪。
長い前髪が眉間を流れて横髪と合流している。
切れ長の鋭い眼差しは灼熱の紅色。
他星を馬鹿にしたように大抵ニヤニヤしているアイツは、俺様気質の粗野なイケメンで、そして無駄にイケボで始末が悪い。
白いキトンの上に纏った緋色のヒマティオンを翻して歩く悠然とした後ろ姿が脳裏に焼きついて離れない。
長い艶々の黒髪がサラリと靡いて、妄想の中のアンタレスはゆっくりと振り返ってオレと視線を合わせてニヤリと笑う。
そして、オレの頬に手を伸ばして『リゲル』とそのイケボでオレの名を呼ぶんだ。
本当はまともに会話すらしたこともないというのに。
想う度に彼との距離は近くなっていく。
今にもその唇がオレの……。
(って、何言ってんだァア――――!!)
(ふぁ――ッ! ダ、ダメだ。何考えてる! 赤くなるな。平常心だ。リゲル!)
(さそり座は敵! さそり座は敵! かっこいいなんて思ってねーんだからなー!)
(別に好きなんかじゃねーし! 別に好きなんかじゃねーし!)
オレはブンブンと首を横に振り、必死で何度も自分に言い聞かせた。
「どうしたのリゲル。なんだか顔が赤いけど大丈夫ですか?」
サイフ兄さんが心配そうに顔を覗き込んでそう言ったので、オレは「ぜんぜん大丈夫!」と慌ててシャキッと背筋を伸ばした。
『……さそり座には様々な伝説が知られますが、夏の代表星座さそり座と冬の代表星座オリオン座について語る有名なギリシャ神話をひとつご紹介しましょう』
「あ! ココだよ。よく聞いてて」
ミンタカ兄さんの声に、オレは落ち着こうとくわえかけたストローを離し、オレンジジュースのグラスをコトンとテーブルの上に置いて耳を澄ませた。
(んん? なになに?)
『自分のことを【世界一強い】と豪語していた狩人オリオンは、その傲慢さから女神ヘラの怒りをかい、彼女が放ったさそりに刺し殺されてしまいます』
「憎きサソリめ……!」
「許せませんね」
「何度聞いても腹立つよね――!」
「あの裏切り者め」
「やりくちが卑怯だっつーんだよ!」
(うん。それはね、オリオン様かわいそう!)
『さそりはオリオンを刺した功績を称えられて黄道の星座のひとつとして空へ上げられました。オリオンも彼を慕った女神アルテミスの願いによって星座になりましたが、星座になった後もオリオンはさそりを恐れ、さそりがいない冬の空に登場し、さそりが東の空から昇る頃には、そそくさと地平線の下へ隠れてしまいます。さそりはオリオン座を追いかけ、オリオン座はさそりから必死で逃げるのでオリオン座とさそり座を同じ空で見ることは叶わないのです』
シ――ンと水を打ったような静寂が訪れた。
(あ、コレはヤバイやつ)
予想通り、ガタンと席を立つ蒼ざめたアルニラム兄さん。
その身に纏うヒマティオンよりも青いかもしれない。
「ハア? 星座になった後もサソリを恐れ……!?」
「そそくさと隠れ、だと……!?」
「必死で逃げるので、ですって……!?」
ガタン、ガタン、と次々と椅子を鳴らして立ち上がる赤、紫、緑。
(あああ、いつものヤツだよおう!)
「……地球の認識は何度直しても真実から遠ざかっていくな。ミンタカ、今から言う通りに修正しろ」
ベラトリクス兄さんが眼鏡をクイッと奥に入れ直して低い声で指示を出す。
「ラジャりました~♪」
ミンタカ兄さんがペカーと眩しい笑顔で敬礼すると、ペロッと得意げに唇を舐めながら空中のパネルを両手でタカタカと操作していく。
「いいか? こうだ。『卑怯で卑劣な手段で近づいたサソリを嫌ったオリオン座は、二度と顔も見たくないと、さそり座のいない夜空でだけその美しい輝きで人々を魅了するのです』」
淡々と即興でそう続けた頭脳明晰な紫の長兄に、弟たちは歓声をあげて拍手を送った。
オレも一緒に立ち上がり拍手喝采!
(ベラトリクス兄さんすごい! 本当かっこいい!)
「おっけー。書き換え完了、送信~!」
「ミンタカ、ご苦労様」
「また見つけたら知らせてくれ」
「ホンッと、さそり座だけは許せないよな」
「ああ、俺たちの宿敵だ」
「リゲル、さそり座にだけは気を許すなよ」
「そ、そんなの常識じゃん! 分かってるよ!」
オレは笑ってみせたけれど、内心冷や汗タラタラだ。
分かってる。
分かってるよ。
オレたちオリオン座のルーツだもん。
さそり座は宿敵!
生まれた時からずっとそう言い聞かされてきたんだもん。
(ああ、どうしよう! なんで、あんなヤツ、好きになっちゃったんだああ――――ッ!)
オレたちオリオン座とさそり座の因縁は神話に限ったことじゃあない。
さそり座は一等星のアンタレスと、ジュバ・ウェイ・サルガス・ギルタブ・シャウラの五つの二等星で構成された星座だ。
オリオン座は一等星のベテルギウス様とリゲル、二等星の五星の兄さんたちの六つの星で構成された星座。
そう。ご高齢のベテルギウス様を除くと数が合う。
しかも、冬と夏の星座代表として周知されているため、いちいち対抗戦のシードにされてしまう。
一番近い記憶では二百年前。
四百年に一度の星座オリンピック。
初参加のオレはそれはもうはりきって参加した。
二等星の兄さんたちはとっても優秀で勝ったり負けたりと力は均衡していたのに、一等星のオレとアンタレスの優劣で……、最終的に負けて二位だった。
だってオレ、チビだしトロいし。
そもそもアンタレス、大人星じゃん!
身長なんかベラトリクス兄さんよりも高いんだよ?
あんな細マッチョにどんな競技も勝てるわけないじゃん!
何でも余裕のニヤニヤした顔で軽ぅくこなしてさあ、すごくかっこい……、いや違う、憎らしいんだよ!
(間違えた! あ――、もう、やだ――!)
オレは、自室のベッドで転がりながらジタバタと両腕を動かして否定する。
そして枕を抱きしめて動きを止める。
「あ~、ついに明日だあ!」
……ねえ。知ってる?
兄さんたちの娯楽室のダーツのマトはさそり座の形をしているんだよ。
『心臓を狙えェ~!』とか言っていつも矢を投げているんだよおおお。
もおおおお、絶対言えないよ。
何が何でもバレないようにしなきゃ。
そもそもなんで好きになんかなっちゃったんだ。
(……違う。だって、あの時はさそり座だって知らなかったんだもん!)
オレたち『オリオン座』はさそりの毒で死んだオリオン様の星座だ。
だからいつも警戒して『さそり座』の百八十度後ろを維持している。
絶対に好きになってはいけない相手。
あれから三百年。
サミットの度に避け続けてきた。
逢いたいけど、逢いたくない。
「だって敵だもん!」
オレは自分に言い聞かせるように声を大にして叫んでみた。
――――明日はいよいよ、百年に一度の星座サミット!
(オレは、アンタレスなんか好きじゃない!)
応援ありがとうございます!
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