3 / 17
【R―18】プロローグ《挿絵あり》
しおりを挟む「⋯⋯お、お願いします。悪魔様。どうか、私を殺してください」
その者は、己を見るなり震える声でそう言った。
発光する魔法陣の上で踞るように身を強張らせながらも、必死で見上げてくるその瞳は煌めく晴天の青空。
淡く蒼い光を放ち発光する長い髪が床に広がっていた。
その者の纏う色は〝蒼〟。
魔界では異質なその色彩に目を奪われる。
一目で解った。
〝陽の瞳〟の持ち主だと。
闇に生き光を怖れる我ら同胞に害を為す存在。
(――ほう。面白い)
ルキフェルは、片眉を上げ口角を引き上げた。
吸血鬼が滅魔の能力とは珍しい。突然変異だろうか?
城での書類の山に辟易している所で、召喚魔法の気配。随分と必死の思念に珍しく興味を惹かれ、城を抜け出して来た。ほんの暇潰しの気紛れだった。
「貴様、名を何と言う」
音もなく側に下り立ち、顎を掴み名を尋ねた。
その者は身体を強張らせ苦し気に呼吸を忘れたように床に崩れ落ちた。
「⋯⋯何だ、これしきの魔気にあてられたか。弱いな」
ルキフェルは身体から迸る魔力の波動を制御し「これでどうか?」と顔を覗き込んだ。
「レ⋯⋯オン・サーシャと申します」
はあ、はあ⋯⋯っと苦し気に息を整えながら汗を滲ませた面を上げて、漸く名乗ったその者の声は別段高くはないが澄んでいて、耳に心地好い。
女と見紛う容姿だが、近くで見るとどうやら男のようだ。
恐怖と希望に揺れる蒼い瞳がゆらゆらとルキフェルを映していた。
獲物を見付けたような心踊る心地に、自然とその白い頬に手が伸びる。
「レオンとやら。同族が魔法陣で悪魔を呼び出すとは酔狂な。何が望みか?」
「あの、⋯⋯お願いです、私を殺してください」
「⋯⋯〝陽の瞳〟が原因か?」
やり取りはどこか上の空だった。
レオンの蒼い瞳が涙の膜を張り、やがて溢れ返り、温かなそれが頬に添えた己が指先を濡らすのをただ見ていた。
いかに己が魔界で害を為す存在か、どんなに罪深いか、己は両親を殺したのだと、今すぐ滅する必要があるのだと必死で訴えるその内容は、ルキフェルには全くもって重要ではなかった。
それよりも、この目の前の清らかな存在を今すぐ穢してしまいたい衝動に駆られた。
その瑞々しい唇で我が名を呼ばせたい。
泣きじゃくるその身体を組み強いて凶器を捩じ込んで縋りつかせたい。
快楽で喘ぎねだり欲に溺れる様を見たい。
その込み上げる感情を何と呼ぶのか。
どうしても手に入れたいと、一目で欲した。
ルキフェルは衝動のままに、契約を結ぶと持ちかけてレオンを騙し、代償にとその身体を要求した。
最初から殺すつもり等毛頭なかった。
そんな勿体ない事誰がするだろう。
こんなにも美しく危うい存在。
側に置いて愛でようと決めた。
一目で気に入ったのだ。
「名を呼べ。ルキフェルと」
「⋯⋯え。あ、はい。ルキフェル、さま⋯⋯ですか?」
「違う。ルキフェルと」
「そんな。出来ません。畏れ多い⋯⋯」
「構わぬ。命令だ、さあ」
「⋯⋯ルキ⋯⋯フェル。あの、早く私を、殺してください」
戸惑いと恐れで揺れる瞳が涙で潤む。
震える様に発せられた己の名に、言い知れぬ満足感が込み上げる。
「⋯⋯ああ。殺してやる」
ゆっくりと勿体つけてそう言うと、レオンはパッと顔を輝かせてルキフェルを見た。
「だが、それは今ではない。貴様の〝陽の瞳〟を俺が封印してやる。そして魔法学校に通わせてやる。そうやって貴様が死を願う己を忘れた頃に、俺がその身を引き裂こう」
「ど、して。そんな⋯⋯。今、すぐ、ころして」
「それでは面白くないだろう?」
「⋯⋯ひどい」
涙を浮かべて絶望したその眼差しにぞくぞくと嗜虐心が込み上げる。
「――さあ、契約だ。代償に、貴様の身体を貰おうか」
そして、無理矢理組み強いて、夢中になってその美しい身体を貪った。
戸惑い悲鳴を上げる細い手首を捉えて、シャツを引き裂くと釦が弾け飛んだ。
白い陶磁の様な肌に手を這わせると、きめ細かい肌は吸い付くように瑞々しい。
細い首筋に唇を寄せてぬるりと舌を這わせて、じゅっと強く吸い上げ所有者の証を付けると、「ひゃっ?」と小さな悲鳴を上げてびくりと細い身体が腕の中で跳ねた。
レオンは、怯えたような濡れた眼差しで、訳がわからないと首を小さく横に振りながら「なに、をするんですか?」と唇を戦慄かせた。
まるで無垢なその瞳に、ぷつりと理性が焼き切れた。
じっくり料理して堕としてやろうと思っていた筈なのに。
気が付いたら後頭部を引き寄せ噛み付くように口付けている。舌を絡ませ吸い上げ呼吸さえ奪いながら、レオンの衣類を引き裂いて両の膝裏を抱えるなり大きく肩に担いで、己が凶器を捩じ込んでいた。
むせ返るような血の匂い。泣きじゃくるレオンの悲鳴。
慣らしもせずに捩じ込んだルキフェルの並のサイズとは到底程遠いそれは、最早凶器と化しレオンの男を知らないであろう可憐な蕾を引き裂いた。
挿入部分は鮮血で滑りを得ていい具合にグチュグチュと水音を立てていた。
ルキフェルは、レオンの胎内の熱さと狭さに夢中になって腰を振った。
こんなに悦い具合は初めてだった。
次期魔王と言う立場とこの抜群の容姿だ。女にも男にも不自由したことなどない。
だが、こんなにも我を忘れる程に夢中になる交わりは生まれて初めてだった。
身体の相性と言うのは本当にあるのだろう。
己の下で泣きじゃくりながら悲鳴を上げる美しい存在が、さらにその衝動に拍車を駆けた。
レオンの声に煽られて、夢中で犯して、何度も名を呼び飽きるまで熱い欲望を注いで、漸く意識がクリアになった頃に、サァーと血の気が引いた。
「おい。⋯⋯レオン」
レオンは意識を失っていた。
顔面蒼白で、焦燥しきった表情。辺りは血の匂いが充満していた。
王族が付けた傷は本人にしか癒せない。レオンの吸血鬼としての再生能力はルキフェルの前では完全に無効化されていた。
ルキフェルはゆっくりと身を起こした。
こんな筈ではなかった。
本当は快楽に貶めて、喘ぎ、強請り、欲に溺れるレオンが見たかった。
本来はルキフェルに抱かれた者は、快楽の虜となり堕ちるところまで堕ちる。
だが同じ者を抱く事は二度とない非情な王。棄てられた者はもう他の者との交わりでは満足できなくなり自我が壊れるのが常だ。
だが、どうだ。
快楽の虜となったのは他ならぬ己であり、当の本人は酷く憔悴し切っている。恐らく恐怖と痛みだけで、快楽処ではなかったろう。
ルキフェルは生まれて初めて自己嫌悪に陥った。
傲慢で残酷だと評判の次期魔王が、意識を失う蒼く美しい吸血鬼の前で明らかに狼狽える。なんと滑稽な光景か。
ルキフェルは、散々嬲ったレオンの傷付いた身体を魔法で丁寧に癒した。
欲望で汚した身体を隅々まで清めた。
千々に引き裂いた衣装を元通りに修復してきちんと着せてやった。
そして、壊れ物を扱うようにそっと抱き上げベッドに寝かせシーツを掛けてやる。
それは、生まれて初めての他者への労りだった。
挿絵イラスト/@hanahanahaney(NEO ZONE)様
魔法学校の制服を出現させてそっと壁に掛けた。
眠るレオンをそろりと覗き込み、そっと瞼に口付けて〝陽の瞳〟への封印を施す。
そして、自らの舌を噛み切り深く口付けた。
そうやって自らの高貴な魔血を口移しに飲ませると、びくりと身体が跳ねてレオンは僅かに眉を寄せ抵抗するように弱々しく首を振った。
長い睫毛が震えて、僅かに蒼い瞳が開き、「い、や、」と唇が動いた。
拒絶の言葉を聞きたくなくて咄嗟に眠りの魔法をかける。
すうと寝息を立て始めた蒼白だったレオンの頬は血色の良い薔薇色になる。
穏やかな寝顔を確認し、ルキフェルは安堵に深い溜め息を付いて口端に付いた自らの血を親指の背で拭った。
「⋯⋯まいったな」
色々と、順番を間違えた気がする。
前髪をくしゃりと握り込み俯く。
この胸に燃える制御しがたい紅蓮の炎は何だ。
この感情の名を何と呼ぶのか。
もっと。ちゃんと。
本当は、もっと。
そうだ。明日から魔法学校へ通わそう。
そして、己も共に通うとしよう。
側に、置くのだ。
いつも傍らにこの者を置くのだ。
そして、今度はちゃんと。
快楽に堕として吐息の様に甘く我が名を呼ばせてみせる。
願わくば、再会した蒼い瞳に宿るのが恐怖ではないことを祈りながら。
次期魔王ルキフェル・アウデンリートはサーシャ家の窓からそのしなやかな体躯を夜に踊らせた。
バサァ⋯⋯ッ! と漆黒の両翼を広げ空へと舞い上がる。
魔界の夜空には二つの月が真円を描く。
ガラガラ⋯⋯と、側遣いの帰還する馬車の音が静かな夜に響いていた。
10
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる