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第26話 『しかばね先生の小説教室』
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「こ、殺し屋さん……」
「卸屋だ」
「似たようなもんでしょ!」
「かもな」
編集は口をゆがませてニヤリと笑い、内ポケットに手を入れる。
「白滝先生、締切だ。さっきは逃げられたが、今度はそうはいかねー」
「あれはホントすみませんでした……」
「殺したいほどムカついたが、そんなことはどうでもいい。いまは小説だ。もしできてねーなら」
「な、なんですか?」
「わかるだろ」
出てきたのは、もちろんナイフ。それも、すさまじく鋭利なやつで、
「書かない作家に用はねー。生きてるだけで害悪だ。俺が地獄に送ってやる」
ナイフを低く構え、動いたと思ったら、
「うわあ!」
一瞬だった。もう目の前。ぐっとノドをつかまれ、体を持ちあげられる。足が浮いて、息が……できない……。
「うぐぐ……」
「おまえは書く側の人間じゃなく、読む側だったんだ。地獄に墜ちてうちの本を読め」
編集が、僕の腹にナイフを突き刺――
「あのー、お取りこみ中、すいませんけど……」
のんきな声がする。
「なんだおまえは。おまえも書かない作家か?」
「あれ? なんでわかるんだろう? 1冊出してるんですよ」
いきなり床にたたきつけられる。編集が僕を離したんだ。
「おまえ、死人だな」
「ええ、そうなんです。生徒は僕のことを、しかばね先生って呼びますよ」
先生が朝日をあびて、まぶしそうに入ってくる。
「なんの用だ。死人のいるとこじゃないだろ」
「フフフ……ところが彼は、僕のものでね。彼の命をもらって生き返る手はずなんですよ」
先生が、手にしたナイフをチラリと見せる。編集のと比べると、バターナイフみたいに小さいけれど。
「ちぇっ、おまえ、よけいな契約しやがって」
編集ににらまれる。ふたりのあいだにはさまって、僕は絶体絶命。一歩二歩と、図書室の奥へあとずさる。
「じゃあこいつは、殺した方のもんだな」
編集がナイフをふると、ヒュン、空気まで切れたんじゃないか、そんな音がする。
「せ、先生……」
僕は恐怖にあとずさりながら、
「助けてください」
「どうかなあ」
先生もこっちに向かってくる。弱々しいけど、刺すには十分《じゅうぶん》なナイフを持って。
ああ、僕はもう……
「先生!」
叫んだ。僕の小説、僕の未来。このままで終わりたくない。
「先生が言ったんですよ! 必ず書き終えるんだって! 物語は途中で終わらちゃダメなんですよね? 小説は書きはじめたら必ず完結させるんですよね? ひとつ書き終わるごとにグンと伸びる、それがきみたち作家だって先生に言われて、僕は本当に、本当に……絶対書こう、完成させようって思ったんです!」
先生が立ち止まる。
「先生、僕はどうしても、この小説を書きあげたいんです。こんなところで、こんな風に終わりたくないんです! 僕にはこの先が、きっと未来があるはずなんです。だから……だから……」
やさしい声が聞こえた。
「書くんだ」
「え?」
見ると、先生は朝日で輝いてる。白い目、白いYシャツ。まぶしい。
「未来を書くんだ、これからのことを想像して。作家の最大の武器は、想像力だろ?」
そう言って笑う。
「でも先生は」
「いいんだ。僕はもうしばらく死んでるよ。きみは生きるんだ」
「先生……」
「さあ行くんだ! 小説を完成させるんだ!」
先生が、編集に向かって走っていく。
「うおおお!」
さすが僕らのしかばね先生、こういうときこそ頼りになる!
編集は前蹴りを一発。くらった先生はあっけなくはじき飛ばされる。
ああ! 弱い!
「いててて……」
「先生!」
「ペンは剣より……」
「ペンも剣もあるのに負けてますよ!」
「おい、つぎはおまえだ」
編集が、ナイフを向けてくる。ギラギラと、血に飢えた光り。
そのとき、先生が編集の足にしがみついて、
「はやく行くんだ!」
「なんなんだ、てめーは!」
何度も先生を蹴る。だけど先生は死んでも離さない。
「はやく!」
「は、はい!」
先生を置いて走りだす。うしろから先生の悲鳴が聞こえる。先生、僕は絶対、小説を書きあげてみせます。先生の死はムダにしません。あ、もう死んでますが……。
図書室を、奥へと走る。暗い通路を駆けぬける。あの場所、糸谷美南さんと出会った、聖なる場所。
もうすぐだ、明かりが見えてくる。あの場所にたどりつけば!
そのとき、本棚の陰から現れた男が、僕の前に立ちふさがって、
「俺から逃げられると思うなよ」
編集だ! はやい!
「先生!」
「作家なんてしょせん、ペンを持つかキーボードを打つか、その程度の力しか使わねー。毎日作家を殴ってる俺たちに比べりゃ、屁みたいなもんだ」
屁でももっと、がんばってもらいたかった!
「おまえはほかの作家より痛めつけてやる。覚悟しろよ」
ああ、もうだめだ……。
編集が1歩、こっちに来ようとしたとき、
「ニャー!」
どこからともなく聞こえたその声。僕の足をすりぬけて、ジャンプいちばん、編集のノドに噛みついた!
「ぐああ」
悪魔のような声を出し、編集がうめく。噛んでいるのは、地球上でもっとも美しい生き物、ネコだ! なかでも僕が愛してやまないその名は、
「ザムザ!」
呼ばれてザムザは、視線を一瞬こっちに向けて、ニャっと笑う。なんて頼りになるネコなんだ。
引き剥がそうと、編集は腕をバタつかせるけど、ザムザは離れない。それどころか、さらに牙を食いこませる。
「うおおお……」
うめきながら編集が横にふらつく。
わずかに通路が開ける。行くならいまだ。
「ありがとうザムザ!」
走って横をすりぬけると、
「きさまぁあ!」
編集が手をのばしてくるけど、届かない。
走っていく。すぐに本棚の端がある。曲がるとあのスペースに出る。
机と、4脚のイス。いちばん奥に座り、カバンからペンと原稿用紙を出す。
よし、書くぞ。
猛烈なスピードで、前回書いたところから、いまにいたるまでを書く。
朝、サッカ部で起きて、しかばね先生に襲われた。図書室に逃げ、編集の襲撃にあい、先生とザムザに救われた。
でも……いいのかなあ。ザムザがあんな都合よく助けてくれるなんて。おかしいと思われない? 図書室にネコが現れるなんて不自然だ。僕の体験を書いてるとはいえ、これは小説なんだし。
うーん……。ザムザとはじめて出会ったのは、図書室ってことにしようか。そうだ、ここで会ったことにしよう。それで飼うことにしたのなら、ザムザがまた図書室に現れても納得できる……よね?
原稿をさかのぼり、最初の部屋のシーンに、ザムザとの出会いを書いた。図書室で出会った……と。これでよし!
原稿のつづきを書きはじめる。ザムザに助けてもらい、図書室の奥に来て、小説を書いてる……それから……その先は……
書けない! ガン! 机をたたく。どうして書けないんだ!
机の下で、小さな音がした。
のぞくと、机の下に棚があって、本が1冊入ってる。
糸谷さんだ! 小説の参考になる本があるって言ってたよ!
廊下で別れるとき、彼女が言った最後の言葉、
「そうだ、本は放課後に読んで。机の下に隠しておくから」
ありがとう……。
胸が締めつけられる。彼女のためにも、僕は小説を書くんだ。
本を取り出す。表紙には、
「鹿羽根はじめ」
先生の名前が! しかばね先生が書いた本なんだ!
タイトルを見ると、
『しかばね先生の小説教室』
これは……小説の書き方の本、だと思う。だから糸谷さんは薦めてくれたんだ。
本のなかごろに、かわいいピンクの付箋が貼ってある。ここを読んでってことだよね。
ページを開く。付箋が貼ってある行を見る。そこに書いてある、彼女が僕に伝えたかった言葉。そして、先生が僕に教えてくれる、最後のこと。
「自信を持って書くんだ。だいじょうぶ、なにを書いてもいい。君が書くことは、すべて正解なんだから」
先生。
ありがとう。
作家にとって大切なのは想像力だ。しかばね先生も、ザムザも、ヤン・シュヴァンクマイエルもそう言った。
ペンを持つ。グッと力が入る。紙の上に、ペン先を落として。あたった瞬間、ほんのわずかに、原稿用紙の感触を感じた。震えるように手を動かすと、マス目の中に、線がひかれ、文字となる。
僕はついに、未来を書きはじめる。
*
ペンを走らせてく。原稿用紙がみるみる埋まっていく。
いいぞ、やればできるじゃないか。
文字が跳ねる、行がおどる。
あと少しだ。この章を書き終われば……
そのとき、聞こえてくる。図書室の絨毯を踏む、重い足。片足を引きずり、ゆっくりと。
すごくいやな予感がして、顔をあげる。本棚からぬっと現れたのは、
「編集なめんなよ」
なんてしつこさだ!
「書かねーかぎり、どこまでも追ってやるからな」
編集は首から血を流し、手で押さえてる。ザムザは!
「ニャー」
くぐもった鳴き声が、編集の足もとから聞こえて、見ると足に噛みついてる。
その足を引きずりながら、編集が近づいてくる。ナイフをふりあげて。
これ以上は逃げられない。書くしかないんだ。あいつを止めるにはもう。
ペンを走らせる。原稿用紙にぶつけるように。
物語を終えるんだ。欠落を回復させるんだ。
僕は書いていく。小説を完成させた未来を。失ったものを取りもどし、糸谷さんの命を救って、ふたりで、ここでまた、小説の話をしたり、執筆をしたり。サッカ部に入って、しかばね先生に教わりつつ、つぎの小説にとりかかる。そういう未来を、僕は想像する。
足音が止まる。すぐ横で、ナイフがふりおろされる。
「―終―」
最後にそう書き、
「できました!」
僕の声とナイフが刺さる音は同時だった。
原稿を差し出したまま、動けない。突きぬけるような痛みと、流れる血のあたたかさを……
おかしいな、感じない。
見るとナイフは机に刺さって、編集は原稿をつかんでる。
「あ、」
僕は原稿を手放す。
編集は、両手で原稿を持ったまま、
「たしかにいただきました。お疲れさまでした」
深々と頭をさげる。
「あ、はい……」
いま、締切から解放された。
小説を書いたんだ、この僕が。人生最初の小説。ついに、なしとげた……。
感情はまだわいてこない。心の中で、遠くから、喜びと解放感がやってくるのが見えた。でもなぜか、さびしさもいっしょに連れて。
この感情はいったいなんだろう。今度しかばね先生に聞いてみよう。そう思った瞬間、いままでの疲れにどっと飲みこみまれ、僕の意識は、飛んだ。
暗闇の中で最後に聞こえたのは、
「おい、ネコにもう噛むのはよせって言ってから倒れろよ」
「卸屋だ」
「似たようなもんでしょ!」
「かもな」
編集は口をゆがませてニヤリと笑い、内ポケットに手を入れる。
「白滝先生、締切だ。さっきは逃げられたが、今度はそうはいかねー」
「あれはホントすみませんでした……」
「殺したいほどムカついたが、そんなことはどうでもいい。いまは小説だ。もしできてねーなら」
「な、なんですか?」
「わかるだろ」
出てきたのは、もちろんナイフ。それも、すさまじく鋭利なやつで、
「書かない作家に用はねー。生きてるだけで害悪だ。俺が地獄に送ってやる」
ナイフを低く構え、動いたと思ったら、
「うわあ!」
一瞬だった。もう目の前。ぐっとノドをつかまれ、体を持ちあげられる。足が浮いて、息が……できない……。
「うぐぐ……」
「おまえは書く側の人間じゃなく、読む側だったんだ。地獄に墜ちてうちの本を読め」
編集が、僕の腹にナイフを突き刺――
「あのー、お取りこみ中、すいませんけど……」
のんきな声がする。
「なんだおまえは。おまえも書かない作家か?」
「あれ? なんでわかるんだろう? 1冊出してるんですよ」
いきなり床にたたきつけられる。編集が僕を離したんだ。
「おまえ、死人だな」
「ええ、そうなんです。生徒は僕のことを、しかばね先生って呼びますよ」
先生が朝日をあびて、まぶしそうに入ってくる。
「なんの用だ。死人のいるとこじゃないだろ」
「フフフ……ところが彼は、僕のものでね。彼の命をもらって生き返る手はずなんですよ」
先生が、手にしたナイフをチラリと見せる。編集のと比べると、バターナイフみたいに小さいけれど。
「ちぇっ、おまえ、よけいな契約しやがって」
編集ににらまれる。ふたりのあいだにはさまって、僕は絶体絶命。一歩二歩と、図書室の奥へあとずさる。
「じゃあこいつは、殺した方のもんだな」
編集がナイフをふると、ヒュン、空気まで切れたんじゃないか、そんな音がする。
「せ、先生……」
僕は恐怖にあとずさりながら、
「助けてください」
「どうかなあ」
先生もこっちに向かってくる。弱々しいけど、刺すには十分《じゅうぶん》なナイフを持って。
ああ、僕はもう……
「先生!」
叫んだ。僕の小説、僕の未来。このままで終わりたくない。
「先生が言ったんですよ! 必ず書き終えるんだって! 物語は途中で終わらちゃダメなんですよね? 小説は書きはじめたら必ず完結させるんですよね? ひとつ書き終わるごとにグンと伸びる、それがきみたち作家だって先生に言われて、僕は本当に、本当に……絶対書こう、完成させようって思ったんです!」
先生が立ち止まる。
「先生、僕はどうしても、この小説を書きあげたいんです。こんなところで、こんな風に終わりたくないんです! 僕にはこの先が、きっと未来があるはずなんです。だから……だから……」
やさしい声が聞こえた。
「書くんだ」
「え?」
見ると、先生は朝日で輝いてる。白い目、白いYシャツ。まぶしい。
「未来を書くんだ、これからのことを想像して。作家の最大の武器は、想像力だろ?」
そう言って笑う。
「でも先生は」
「いいんだ。僕はもうしばらく死んでるよ。きみは生きるんだ」
「先生……」
「さあ行くんだ! 小説を完成させるんだ!」
先生が、編集に向かって走っていく。
「うおおお!」
さすが僕らのしかばね先生、こういうときこそ頼りになる!
編集は前蹴りを一発。くらった先生はあっけなくはじき飛ばされる。
ああ! 弱い!
「いててて……」
「先生!」
「ペンは剣より……」
「ペンも剣もあるのに負けてますよ!」
「おい、つぎはおまえだ」
編集が、ナイフを向けてくる。ギラギラと、血に飢えた光り。
そのとき、先生が編集の足にしがみついて、
「はやく行くんだ!」
「なんなんだ、てめーは!」
何度も先生を蹴る。だけど先生は死んでも離さない。
「はやく!」
「は、はい!」
先生を置いて走りだす。うしろから先生の悲鳴が聞こえる。先生、僕は絶対、小説を書きあげてみせます。先生の死はムダにしません。あ、もう死んでますが……。
図書室を、奥へと走る。暗い通路を駆けぬける。あの場所、糸谷美南さんと出会った、聖なる場所。
もうすぐだ、明かりが見えてくる。あの場所にたどりつけば!
そのとき、本棚の陰から現れた男が、僕の前に立ちふさがって、
「俺から逃げられると思うなよ」
編集だ! はやい!
「先生!」
「作家なんてしょせん、ペンを持つかキーボードを打つか、その程度の力しか使わねー。毎日作家を殴ってる俺たちに比べりゃ、屁みたいなもんだ」
屁でももっと、がんばってもらいたかった!
「おまえはほかの作家より痛めつけてやる。覚悟しろよ」
ああ、もうだめだ……。
編集が1歩、こっちに来ようとしたとき、
「ニャー!」
どこからともなく聞こえたその声。僕の足をすりぬけて、ジャンプいちばん、編集のノドに噛みついた!
「ぐああ」
悪魔のような声を出し、編集がうめく。噛んでいるのは、地球上でもっとも美しい生き物、ネコだ! なかでも僕が愛してやまないその名は、
「ザムザ!」
呼ばれてザムザは、視線を一瞬こっちに向けて、ニャっと笑う。なんて頼りになるネコなんだ。
引き剥がそうと、編集は腕をバタつかせるけど、ザムザは離れない。それどころか、さらに牙を食いこませる。
「うおおお……」
うめきながら編集が横にふらつく。
わずかに通路が開ける。行くならいまだ。
「ありがとうザムザ!」
走って横をすりぬけると、
「きさまぁあ!」
編集が手をのばしてくるけど、届かない。
走っていく。すぐに本棚の端がある。曲がるとあのスペースに出る。
机と、4脚のイス。いちばん奥に座り、カバンからペンと原稿用紙を出す。
よし、書くぞ。
猛烈なスピードで、前回書いたところから、いまにいたるまでを書く。
朝、サッカ部で起きて、しかばね先生に襲われた。図書室に逃げ、編集の襲撃にあい、先生とザムザに救われた。
でも……いいのかなあ。ザムザがあんな都合よく助けてくれるなんて。おかしいと思われない? 図書室にネコが現れるなんて不自然だ。僕の体験を書いてるとはいえ、これは小説なんだし。
うーん……。ザムザとはじめて出会ったのは、図書室ってことにしようか。そうだ、ここで会ったことにしよう。それで飼うことにしたのなら、ザムザがまた図書室に現れても納得できる……よね?
原稿をさかのぼり、最初の部屋のシーンに、ザムザとの出会いを書いた。図書室で出会った……と。これでよし!
原稿のつづきを書きはじめる。ザムザに助けてもらい、図書室の奥に来て、小説を書いてる……それから……その先は……
書けない! ガン! 机をたたく。どうして書けないんだ!
机の下で、小さな音がした。
のぞくと、机の下に棚があって、本が1冊入ってる。
糸谷さんだ! 小説の参考になる本があるって言ってたよ!
廊下で別れるとき、彼女が言った最後の言葉、
「そうだ、本は放課後に読んで。机の下に隠しておくから」
ありがとう……。
胸が締めつけられる。彼女のためにも、僕は小説を書くんだ。
本を取り出す。表紙には、
「鹿羽根はじめ」
先生の名前が! しかばね先生が書いた本なんだ!
タイトルを見ると、
『しかばね先生の小説教室』
これは……小説の書き方の本、だと思う。だから糸谷さんは薦めてくれたんだ。
本のなかごろに、かわいいピンクの付箋が貼ってある。ここを読んでってことだよね。
ページを開く。付箋が貼ってある行を見る。そこに書いてある、彼女が僕に伝えたかった言葉。そして、先生が僕に教えてくれる、最後のこと。
「自信を持って書くんだ。だいじょうぶ、なにを書いてもいい。君が書くことは、すべて正解なんだから」
先生。
ありがとう。
作家にとって大切なのは想像力だ。しかばね先生も、ザムザも、ヤン・シュヴァンクマイエルもそう言った。
ペンを持つ。グッと力が入る。紙の上に、ペン先を落として。あたった瞬間、ほんのわずかに、原稿用紙の感触を感じた。震えるように手を動かすと、マス目の中に、線がひかれ、文字となる。
僕はついに、未来を書きはじめる。
*
ペンを走らせてく。原稿用紙がみるみる埋まっていく。
いいぞ、やればできるじゃないか。
文字が跳ねる、行がおどる。
あと少しだ。この章を書き終われば……
そのとき、聞こえてくる。図書室の絨毯を踏む、重い足。片足を引きずり、ゆっくりと。
すごくいやな予感がして、顔をあげる。本棚からぬっと現れたのは、
「編集なめんなよ」
なんてしつこさだ!
「書かねーかぎり、どこまでも追ってやるからな」
編集は首から血を流し、手で押さえてる。ザムザは!
「ニャー」
くぐもった鳴き声が、編集の足もとから聞こえて、見ると足に噛みついてる。
その足を引きずりながら、編集が近づいてくる。ナイフをふりあげて。
これ以上は逃げられない。書くしかないんだ。あいつを止めるにはもう。
ペンを走らせる。原稿用紙にぶつけるように。
物語を終えるんだ。欠落を回復させるんだ。
僕は書いていく。小説を完成させた未来を。失ったものを取りもどし、糸谷さんの命を救って、ふたりで、ここでまた、小説の話をしたり、執筆をしたり。サッカ部に入って、しかばね先生に教わりつつ、つぎの小説にとりかかる。そういう未来を、僕は想像する。
足音が止まる。すぐ横で、ナイフがふりおろされる。
「―終―」
最後にそう書き、
「できました!」
僕の声とナイフが刺さる音は同時だった。
原稿を差し出したまま、動けない。突きぬけるような痛みと、流れる血のあたたかさを……
おかしいな、感じない。
見るとナイフは机に刺さって、編集は原稿をつかんでる。
「あ、」
僕は原稿を手放す。
編集は、両手で原稿を持ったまま、
「たしかにいただきました。お疲れさまでした」
深々と頭をさげる。
「あ、はい……」
いま、締切から解放された。
小説を書いたんだ、この僕が。人生最初の小説。ついに、なしとげた……。
感情はまだわいてこない。心の中で、遠くから、喜びと解放感がやってくるのが見えた。でもなぜか、さびしさもいっしょに連れて。
この感情はいったいなんだろう。今度しかばね先生に聞いてみよう。そう思った瞬間、いままでの疲れにどっと飲みこみまれ、僕の意識は、飛んだ。
暗闇の中で最後に聞こえたのは、
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