しかばね先生の小説教室

島崎町

文字の大きさ
上 下
25 / 28

第25話 四面楚歌!

しおりを挟む
 ふりおろされる瞬間!

「うわああ!」

 僕はイスから立ちあがる。先生に体あたりをくらわせる。
 ドン! 衝撃があった。

 勢いのまま、部室中央まで走りでる。
 ふり返ると、先生はいない。

 え? 下を見ると、倒れてた。

「いてて……」

 よ、弱い! さすがしかばね先生。

「先生、僕が言うのもナンですけど、鍛《きた》えた方がよくないですか?」
「ペンは剣より強しって言うじゃないか」
「素手《すで》の僕に負けましたよ!」
「じゃあ、素手より剣は強し、だ」

 先生はノロノロと起きあがる。落ちたナイフを手にとって。

「さいわい、今日の僕は元気なんだよ」

 先生がやって来る。たしかにそうだ。死人のような白い目にごまかされてたけど、先生は肌つやもよく、髪も黒々、なにより、転んでもただでは起きない的な、生命感を感じる。

「どうして……」
「教えるごとに、きみは大切なもの失った」

 先生が、近づいてくる。

「同時に僕は、少しずつ、きみの生命力をもらってるんだ」
「そんな……」

 朝日の逆光で、先生の顔は不気味に暗い。どんどん近づいてくる。僕もじりじりさがっていく。

「そうしてついに、最後のひとつを残すだけだ。それは……」

 ドン。サッカ部のドアまで後退して、追いつめられる。うしろ手でドアノブをさがすけど、ない……ない……

「きみの命。それをもらえば、僕はまた、」

 先生がナイフをふりあげる。

「生き返るんだ!」

 あった! ドアノブをつかむ。ガチャガチャまわす。でも開かない!

「内側からカギをかけたんだよ。フフフ……さようなら」

 優しい声で、先生がナイフをふりおろす。もうダメだ……

 目をつぶった。僕の人生もこうして終わりだ。僕の物語はけっきょく、回復しなかった。先生は言った、バッドエンドや悲劇もあるんだって。いまきみが読んでるこの物語も、そのひとつだったんだね。ここまで読んでくれて、ありがとう……さようなら……

 ……あれ? いつまでたってもナイフのグサって感触がない。目をつぶったまま、暗い世界があるだけで。

 こわごわ、ゆっくり、目を開ける。目の前で先生が、手をふりあげたまま止まってる。グッと気《き》ばった顔で、なんとかナイフをふりおろそうとしてるけど、どうして? 腕がおりてこない。

「先生、どうしたんですか?」
「邪魔しないでよ!」

 先生は、引っぱられるようにうしろにさがっていく。

「こ、こらこら……」

 ようやく立ち止まった先生は、顔だけうしろに向けて、だれかにしゃべってる。でも、そこにはだれもいないんですが……。

「だれとしゃべってるんですか?」
「幽霊部員だよ!」
「は?」
「幽霊部員! きみ、離しなよ!」
「幽霊部員って、せきだけあって活動しない部員のことじゃ?」
「違うよ! 幽霊の部員がひとりいるんだけど、その女の子が……」

 なんてことだ。幽霊の部員、略して幽霊部員がいるなんて! しかも女の子!

 先生は右腕をかかげたまま、なんとか僕に向かってこようとするんだけど、パントマイムのように動けない。

「やめなさいって! え? なに? 逃げろってだれに言ってるの?」
「先生、きっとそれ、僕にじゃ……」
「だろうね!」
「その子、どんな子なんですか?」
「かわいいよ!」

 しかもかわいいんだ!

「あ、やめ!」

 先生のYシャツの胸ポケットが動いたかと思うと、カギが浮かび、ぽいっと僕の足もとまで飛んでくる。

 幽霊部員だ!

「ありがとう!」

 カギを拾い、ドアを開ける。開けたドアから涼しい風が吹いてくる。
 サッカ部から飛び出す瞬間、ふり返ると、まだパントマイムしてる先生の姿が見えた。

「待ってー!」

 待つわけがないよ。僕は廊下を走りだす。

 そうか。いままでのナゾが解けていく。学校の扉のカギが、だれもいないのに開いた理由。たまに先生がつぶやいた、奇妙な独り言。本棚から本が落ちてきたこともあったよね。それに今朝、僕に毛布をかけてくれたのも……すべて、見えない幽霊部員のしわざだったんだ!

 しかばね先生の魔の手から逃れたいま、僕のやるべきことは、この物語を完成させることだ。いまの僕なら、なんとか! なんとか!

 廊下を疾走し、階段を駆けあがる。
 1階の廊下におどり出た瞬間、突然なにかにぶつかった。

「オッ、白滝しらたき、みーつけタ!」

 目の前に、新井葉あらいばしょうが。なぜ?

 今日は土曜日。しかもこんな朝っぱらだ。
 右手はあいかわらずギプスで固められて痛々しい。学校に来ないで病院にでも行けばいいのに。

「なんの用?」
「おまえを探してる人がいるんだヨ」

 新井葉はポケットを探しはじめる。右手はギプスで不自由そうだ。
 新井葉の向こうに図書室のドアが見える。そうだ、図書室で書こう。

「僕ちょっと、いそがしいんだ」

 通りすぎようとすると、

「待てヨ」

 新井葉が立ちはだかる。ポケットから携帯を取りだして、

「いま卸屋おろしやさんに電話するからヨー」
「卸屋! どうして知ってんの!」
「受賞したのはおまえだけじゃないんダゼ。俺の編集者でもあるんダヨ!」

 新井葉はずいっとギプスを見せつける。それは編集に痛めつけられた作家のあかし
 ああ……思い出した。新井葉は教室で言ってた、

「オレ、小説で賞とったんだゼ」

 それに、原稿用紙を出した僕をバカにしたとき、

「俺は小説大賞とってヨ、いま新作書いてるンだ。1文字も書けないおまえとは違うんだゼ」

 そして右手のギプス。編集が電話をかけてきたとき、作家の悲鳴がBGMみたいに鳴っていた。たしか右手を痛めつけられて、そうだ、編集は言ってた。

「こいつ、おまえとおなじ歳だからな」

 新井葉だったんだ。すぐ近くに、僕とおなじように、締切に追われた作家がいたなんて。

「新井葉は、もう小説書けたの?」
「オレも……まだだ」

 新井葉は顔をゆがませ、ギプスを見る。

「じゃあいっしょに編集から逃げようよ! 時間かせぎして、小説を完成させよう!」

 脱獄しようとしたところを、別の囚人に見つかった心境だ。看守に知らされたら大変だ。こいつを仲間にしないと。

「その必要はナイ」
「どうして!」
「おまえを見つけタラ、締切をのばしてくれる約束なんダヨ!」

 新井葉は携帯を操作しはじめる。まずい、編集に居場所を知らされる!

「アレ? おかしーな、かかんねーゾ」

 新井葉はペタペタ携帯の画面を押すけど、

「なんでだヨー!」

 そこへ、

「やあ、まだいたんだね」

 B階段の暗闇を、ゆっくりのぼってくるその姿。知る人ぞ知る、知らない人は知らない、我らがしかばね先生登場。手には僕のカバンを持って。

「先生! 幽霊部員は!」
「フフフ……部室に閉じこめてきたよ」
「なんでかかんねーんダヨ!」

 新井葉がいらだってる。ん? もしかしてこの状況。

 そうだ、しかばね先生の授業は電波が入らなくなるんだよ。先生の霊的な力とか、妨害電波を発する機械を持ってるとか、諸説あるんだけど、

「新井葉! しかばね先生がいるんだ! 先生の力か、それとも機械かわからないけど、ここには電波は来ないぞ!」
「あ、いや」

 先生が言う。

「妨害電波の機械は部室に置いてきたよ」
「え!」
「オー、やっとかかったゾ」
「ウソでしょ! 先生! こういうときはそういう、なんていうか、前に話したことが、つながってくるシーンじゃないんですか?」
「きみは現実と物語を混同してるんじゃないかな?」
「でも!」
「卸屋さん、白滝のヤツ見つけましタ!」

 ああ、新井葉がしゃべってる。

「いま学校の廊下デス! 図書室の前に――」

 ボカン! すごい音がして新井葉が倒れた。

 え? どうして? のびてる新井葉から、先生に視線を移す。
 先生が、僕のカバンを突き出して、

「忘れ物、返すよ」
「先生、いま」
「横にふったら、あたっちゃったね」
「絶対わざとですよね。どうして」
「フフフ……」

 先生は不気味に笑いながら、ベルトに挟んでたナイフを取り出して、

「きみは僕の獲物だからね」

 一難いちなん去ってまた一難いちなん

「ウソでしょ!」
「このシーンも小説に書いてね」

 でも書く前に殺されそうだ。
 カバンを盾にしながら、じりじり後退する。うしろには図書室があるはずだ。

 僕の望みは、唯一の望みは、土曜日なのに図書室のカギが開いてることだ。
 ドアにたどり着く。

 欠落だらけの僕、いまや命すら欠落にさらされてる。でも、物語のなかにいくつも回復があるって、教えてくれたのは先生だ。

 信じよう。
 思い切って開ける。

 ガラガラ! だれもいないお店みたいな音がして、ドアが開いた。やった!
 すぐに図書室に逃げむ。ここに立てこもろう。先生が来る前にドアを閉め――

 背後ですさまじい音がした。割れるような、破裂するような。
 今度はなんだ!

 ふり返ると、図書室の窓が割れてる。床にはでかい石がひとつ。そして、不吉な朝日をあびながら、あの男が窓から入ってくる。

「おう、原稿取りに来たぜ」

 地獄からの使者、殺し屋編集者、登場。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

満ち欠けのユートピア

朝日みらい
ミステリー
 大学教授月影と学生たちが結成した〈ユートピア〉が計画した公園の爆破事件から、運命を狂わされた月子と陽子たちの数奇な物語が始まります……。長編作品、完結します。                 

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

処理中です...