しかばね先生の小説教室

島崎町

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第25話 四面楚歌!

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 ふりおろされる瞬間!

「うわああ!」

 僕はイスから立ちあがる。先生に体あたりをくらわせる。
 ドン! 衝撃があった。

 勢いのまま、部室中央まで走りでる。
 ふり返ると、先生はいない。

 え? 下を見ると、倒れてた。

「いてて……」

 よ、弱い! さすがしかばね先生。

「先生、僕が言うのもナンですけど、鍛《きた》えた方がよくないですか?」
「ペンは剣より強しって言うじゃないか」
「素手《すで》の僕に負けましたよ!」
「じゃあ、素手より剣は強し、だ」

 先生はノロノロと起きあがる。落ちたナイフを手にとって。

「さいわい、今日の僕は元気なんだよ」

 先生がやって来る。たしかにそうだ。死人のような白い目にごまかされてたけど、先生は肌つやもよく、髪も黒々、なにより、転んでもただでは起きない的な、生命感を感じる。

「どうして……」
「教えるごとに、きみは大切なもの失った」

 先生が、近づいてくる。

「同時に僕は、少しずつ、きみの生命力をもらってるんだ」
「そんな……」

 朝日の逆光で、先生の顔は不気味に暗い。どんどん近づいてくる。僕もじりじりさがっていく。

「そうしてついに、最後のひとつを残すだけだ。それは……」

 ドン。サッカ部のドアまで後退して、追いつめられる。うしろ手でドアノブをさがすけど、ない……ない……

「きみの命。それをもらえば、僕はまた、」

 先生がナイフをふりあげる。

「生き返るんだ!」

 あった! ドアノブをつかむ。ガチャガチャまわす。でも開かない!

「内側からカギをかけたんだよ。フフフ……さようなら」

 優しい声で、先生がナイフをふりおろす。もうダメだ……

 目をつぶった。僕の人生もこうして終わりだ。僕の物語はけっきょく、回復しなかった。先生は言った、バッドエンドや悲劇もあるんだって。いまきみが読んでるこの物語も、そのひとつだったんだね。ここまで読んでくれて、ありがとう……さようなら……

 ……あれ? いつまでたってもナイフのグサって感触がない。目をつぶったまま、暗い世界があるだけで。

 こわごわ、ゆっくり、目を開ける。目の前で先生が、手をふりあげたまま止まってる。グッと気《き》ばった顔で、なんとかナイフをふりおろそうとしてるけど、どうして? 腕がおりてこない。

「先生、どうしたんですか?」
「邪魔しないでよ!」

 先生は、引っぱられるようにうしろにさがっていく。

「こ、こらこら……」

 ようやく立ち止まった先生は、顔だけうしろに向けて、だれかにしゃべってる。でも、そこにはだれもいないんですが……。

「だれとしゃべってるんですか?」
「幽霊部員だよ!」
「は?」
「幽霊部員! きみ、離しなよ!」
「幽霊部員って、せきだけあって活動しない部員のことじゃ?」
「違うよ! 幽霊の部員がひとりいるんだけど、その女の子が……」

 なんてことだ。幽霊の部員、略して幽霊部員がいるなんて! しかも女の子!

 先生は右腕をかかげたまま、なんとか僕に向かってこようとするんだけど、パントマイムのように動けない。

「やめなさいって! え? なに? 逃げろってだれに言ってるの?」
「先生、きっとそれ、僕にじゃ……」
「だろうね!」
「その子、どんな子なんですか?」
「かわいいよ!」

 しかもかわいいんだ!

「あ、やめ!」

 先生のYシャツの胸ポケットが動いたかと思うと、カギが浮かび、ぽいっと僕の足もとまで飛んでくる。

 幽霊部員だ!

「ありがとう!」

 カギを拾い、ドアを開ける。開けたドアから涼しい風が吹いてくる。
 サッカ部から飛び出す瞬間、ふり返ると、まだパントマイムしてる先生の姿が見えた。

「待ってー!」

 待つわけがないよ。僕は廊下を走りだす。

 そうか。いままでのナゾが解けていく。学校の扉のカギが、だれもいないのに開いた理由。たまに先生がつぶやいた、奇妙な独り言。本棚から本が落ちてきたこともあったよね。それに今朝、僕に毛布をかけてくれたのも……すべて、見えない幽霊部員のしわざだったんだ!

 しかばね先生の魔の手から逃れたいま、僕のやるべきことは、この物語を完成させることだ。いまの僕なら、なんとか! なんとか!

 廊下を疾走し、階段を駆けあがる。
 1階の廊下におどり出た瞬間、突然なにかにぶつかった。

「オッ、白滝しらたき、みーつけタ!」

 目の前に、新井葉あらいばしょうが。なぜ?

 今日は土曜日。しかもこんな朝っぱらだ。
 右手はあいかわらずギプスで固められて痛々しい。学校に来ないで病院にでも行けばいいのに。

「なんの用?」
「おまえを探してる人がいるんだヨ」

 新井葉はポケットを探しはじめる。右手はギプスで不自由そうだ。
 新井葉の向こうに図書室のドアが見える。そうだ、図書室で書こう。

「僕ちょっと、いそがしいんだ」

 通りすぎようとすると、

「待てヨ」

 新井葉が立ちはだかる。ポケットから携帯を取りだして、

「いま卸屋おろしやさんに電話するからヨー」
「卸屋! どうして知ってんの!」
「受賞したのはおまえだけじゃないんダゼ。俺の編集者でもあるんダヨ!」

 新井葉はずいっとギプスを見せつける。それは編集に痛めつけられた作家のあかし
 ああ……思い出した。新井葉は教室で言ってた、

「オレ、小説で賞とったんだゼ」

 それに、原稿用紙を出した僕をバカにしたとき、

「俺は小説大賞とってヨ、いま新作書いてるンだ。1文字も書けないおまえとは違うんだゼ」

 そして右手のギプス。編集が電話をかけてきたとき、作家の悲鳴がBGMみたいに鳴っていた。たしか右手を痛めつけられて、そうだ、編集は言ってた。

「こいつ、おまえとおなじ歳だからな」

 新井葉だったんだ。すぐ近くに、僕とおなじように、締切に追われた作家がいたなんて。

「新井葉は、もう小説書けたの?」
「オレも……まだだ」

 新井葉は顔をゆがませ、ギプスを見る。

「じゃあいっしょに編集から逃げようよ! 時間かせぎして、小説を完成させよう!」

 脱獄しようとしたところを、別の囚人に見つかった心境だ。看守に知らされたら大変だ。こいつを仲間にしないと。

「その必要はナイ」
「どうして!」
「おまえを見つけタラ、締切をのばしてくれる約束なんダヨ!」

 新井葉は携帯を操作しはじめる。まずい、編集に居場所を知らされる!

「アレ? おかしーな、かかんねーゾ」

 新井葉はペタペタ携帯の画面を押すけど、

「なんでだヨー!」

 そこへ、

「やあ、まだいたんだね」

 B階段の暗闇を、ゆっくりのぼってくるその姿。知る人ぞ知る、知らない人は知らない、我らがしかばね先生登場。手には僕のカバンを持って。

「先生! 幽霊部員は!」
「フフフ……部室に閉じこめてきたよ」
「なんでかかんねーんダヨ!」

 新井葉がいらだってる。ん? もしかしてこの状況。

 そうだ、しかばね先生の授業は電波が入らなくなるんだよ。先生の霊的な力とか、妨害電波を発する機械を持ってるとか、諸説あるんだけど、

「新井葉! しかばね先生がいるんだ! 先生の力か、それとも機械かわからないけど、ここには電波は来ないぞ!」
「あ、いや」

 先生が言う。

「妨害電波の機械は部室に置いてきたよ」
「え!」
「オー、やっとかかったゾ」
「ウソでしょ! 先生! こういうときはそういう、なんていうか、前に話したことが、つながってくるシーンじゃないんですか?」
「きみは現実と物語を混同してるんじゃないかな?」
「でも!」
「卸屋さん、白滝のヤツ見つけましタ!」

 ああ、新井葉がしゃべってる。

「いま学校の廊下デス! 図書室の前に――」

 ボカン! すごい音がして新井葉が倒れた。

 え? どうして? のびてる新井葉から、先生に視線を移す。
 先生が、僕のカバンを突き出して、

「忘れ物、返すよ」
「先生、いま」
「横にふったら、あたっちゃったね」
「絶対わざとですよね。どうして」
「フフフ……」

 先生は不気味に笑いながら、ベルトに挟んでたナイフを取り出して、

「きみは僕の獲物だからね」

 一難いちなん去ってまた一難いちなん

「ウソでしょ!」
「このシーンも小説に書いてね」

 でも書く前に殺されそうだ。
 カバンを盾にしながら、じりじり後退する。うしろには図書室があるはずだ。

 僕の望みは、唯一の望みは、土曜日なのに図書室のカギが開いてることだ。
 ドアにたどり着く。

 欠落だらけの僕、いまや命すら欠落にさらされてる。でも、物語のなかにいくつも回復があるって、教えてくれたのは先生だ。

 信じよう。
 思い切って開ける。

 ガラガラ! だれもいないお店みたいな音がして、ドアが開いた。やった!
 すぐに図書室に逃げむ。ここに立てこもろう。先生が来る前にドアを閉め――

 背後ですさまじい音がした。割れるような、破裂するような。
 今度はなんだ!

 ふり返ると、図書室の窓が割れてる。床にはでかい石がひとつ。そして、不吉な朝日をあびながら、あの男が窓から入ってくる。

「おう、原稿取りに来たぜ」

 地獄からの使者、殺し屋編集者、登場。
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