しかばね先生の小説教室

島崎町

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第23話 ザムザとの別れ

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「うわああ!」

 それは僕の声だ。僕は力いっぱいテーブルをひっくり返し、編集にぶつけようとしたけど、

 ガタン!

 脚の部分がネジ止めされてるらしく、たんに、しっかり止めてあるか確認してる人になってしまった。

「なにしてるんだおまえ」

 腰を浮かせ、テーブルに手をかけたままの、情けない僕。

「あ、あの、テーブルひっくり返して、ぶつけようと思って……」
「よし、そこで待て。こっちの店員刺したら、すぐにおまえも刺してやるからな」
「はい、わかりました……」

 編集はナイフをふりあげる。店員はまったく事態が飲みこめないまま、ポカンとしてる。
 すぐに僕は、ペンと原稿用紙をカバンにしまう。そして、

「あ、そうだ、卸屋さん、これ見てください!」

 ナイフをふりあげたまま、編集はじろりと見る。まるでホラー映画の悪役だ。カミナリでも鳴れば最高だろう。だけどカミナリの代わりに、これだ!

 オレンジジュースを編集にぶちまける。ばしゃりと1滴のムダもなく、すべて編集の顔にかかった。

「なにを見るんだ?」

 さすが編集、動じない。オレンジジュースがかかったまま、まばたきもせずに僕をにらんでる。

「えっと、これです!」

 からになったコップを投げつけ、イスから飛びあがる。カコンとプラスチックの音がする。

 着地して、僕は出口に向かって走る。ふり返ると、追いかけてくる編集の前に店員がいて、すごく邪魔してる。

 かわいそうな店員。とことんツイてない。編集が店員とぶつかった。きっとこのあと……
 でも僕はツイている。おかげで時間がかせげた。

 店を出る。がむしゃらに走る。夜の冷気を切り裂いて。

  *

 マンションまでもう少し。足音が住宅街にこだまする。
 ふり返ると、うしろにはだれもいない。もちろん前にも。

 大丈夫だ。編集は追ってこない。なんとか家に帰れそうだ。

 走る足をゆるめる。だけど変だ。もう12時をすぎてるのに、人が多い。ぞろぞろとみんな、おなじ方向へ流れていく。僕のマンションの方……なのかな?

 人だかりが見える。角を曲がった先が、妙に明るい。まるで宇宙船でもおりてきたみたいな騒ぎだ。

 道を曲がると、ようやく騒ぎの正体が見えた。
 マンションが燃えてる。夜の闇に、突然太陽が現れたような明かりだ。煙がモウモウと噴きあがって……。

 ぼう然としながら、近づいていく。遠巻きにながめてる野次馬のすきまをぬって、最前列へ行くと、

「あぶないですよ!」

 消防士に止められる。
 だけど、だけどあれは、僕の住むマンションなんだ……。

 燃えているのは1部屋だけ。4階の、端から数えて9番目の部屋。つまり409号室。僕の部屋だ。

 バリン! 

 すごい音がして、窓が割れる。猛然と火が飛び出す。
 バリバリと窓ガラスの破片が落ちてくる。

「さがってください!」

 消防士が叫びながら押してくる。すごい力だ。グイグイ流され、いつのまにか僕は、遠巻きに見物する野次馬たちの、さらにうしろまできてしまった。

 ぼうぜんと、燃えつづける窓をながめる。
 燃えているんだ。いま、僕の部屋が、僕の大事なものが……。

 ハッと気がつく。お父さんもお母さんも家を出てるから大丈夫。でも……

「ザムザ!」

 赤く燃える炎に叫ぶ。夜の空に、黒々と立ちのぼる煙に。
 部屋に残されていたのは、僕のかわいいネコ。

 僕はまた、大事なものを失ったの?。これもしかばね先生との契約なの?

 自分のことを書けばいいというアドバイス。おかげで原稿はスルスル進んだ。でもその代償が、こんなにも大きいなんて。

「ザムザ!」
「ニャンだ?」

 え? 見ると、闇のなかでもひときわ輝く美しいネコが。

「ザムザ!」

 駆けよろうとして、僕は止まる。

「危機一髪だったニャー。オマエのパソコンがまたくすぶりはじめたニャ。オレが消防に連絡しなかったらニャーニャー、ニャーニャー」

 携帯アプリ「言語ニャウ」を切っても、ザムザは鳴きつづける。
 世界一かわいいネコは、その夜もやっぱりかわいくて、僕にとって、かけがえのない存在だけど……

 僕はこれ以上、おまえを危険にさらすことはできないんだ。

「ニャーニャー」
「ごめん、ザムザ」

 僕は「現在」まで小説を書いた。でも、それから先を書くことができない。最後まで書くためには、また先生に教えてもらわないといけない。そうなると……。もし僕に、まだなにか残されてるとしたら、それは、おまえなんだ。

 僕の大切なネコ、大切なザムザ。学校の図書室で出会ってから、僕たちはずっといっしょだった。でも僕はもう、おまえのことなんか……

「おまえのことなんか……知らない」

 ザムザから離れていく。

「ニャー」

 鳴きながらこっちに来ようとするけど、

「ダメだ! 僕はおまえなんて、知らないんだ」

 ザムザが、悲しそうに鳴く。

「おまえなんか……世界一かわいいネコのことなんか……かわいくて、いとおしくて、かしこいネコなんて……」

 マンションに放水がはじまった。クレーンのような消防車が、鼻先を409号室に近づけ、大量の水が放出される。

 燃えあがる炎が煌々こうこうと光るなか、シルエットで人影が見える。もめているようで、男がひとり、消防士らしき人間に制止された瞬間、殴りつける。

 すぐにほかの隊員もやってくるけど、男は強い。つぎつぎと倒していく。

 突発的な暴力と凶暴性。あの影がだれなのか、すぐにわかる。小説を書かないかぎり、地獄の果てまで追ってくるはずだ。

 僕は離れていく。ザムザはすべてを察したのか、追ってこない。

「いいか、僕よりも安全なだれかに飼ってもらうんだぞ。おまえほどかわいく、かしこいネコなら、人間なんてちょろいもんだろ」

「ニャー」

 まるでわかったとでも言うように、ザムザが鳴く。アプリなんかなくても、僕たちは気持ちが伝わる。

「しあわせになるんだぞ!」

 駆けだした。
 夜の闇に、まぎれるように。

 行く場所は、ひとつしかない。
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