しかばね先生の小説教室

島崎町

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第12話 お父さんとお母さんが!

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 外に出ると、もう夜だ。

 いつもは歩いて帰るのだけど、今日ははやく帰りたい。
 1駅だけどバスに乗り、あっというまに家に着く。

 409号室、開けるとザムザが待っている。

「ただいまザムザ!」
「ニャーニャー」

 そうか、携帯を切ったままだった。「言語ニャウ」も停止中。

「ニャーニャー!」

 でも、こういうザムザもかわいいな。たまにはネコの鳴き声でもいいよね。

「ニャアニャア! ニャア!」

 今日のザムザはうるさいぞ。そんなに腹ペコか? こんな時間なのに、まだご飯もらってないとか?
 携帯の電源を入れる。しばらくすると起動して、ザムザの第一声、

「バカ!」
「いきなりかよ! 気が立ってるけどどうした? ご飯まだなの?」
「それもあるニャ、でも大変なんだニャ!」
「なにが?」

 リビングのドアが開く。お父さんとお母さんがドカドカやってくる。ふたりとも、大きなカバンや旅行ケースを持ってるけど……

「どうしたの? 旅行に行くの?」
「オサム、お父さんはお母さんと、別居することになった」
「え! べ、別居って、だれが出てくの?」
「私は出ていく!」

 お母さんが言う。つづけてお父さんも、

「オレさんも出ていく!」
「なんでだよ!」
「はげしい文学論争の結果、引くに引けなくなったんだ」

 意味不明だけど、お父さんの目はまじめだ。ふざけてる感じじゃない。

「おたがい、家を出ていくと言って、引っこみがつかなくなったの。じゃあね!」

 お母さんはさっさと家を出ていく。

「そういうわけだ。仕送りはするから、元気でな!」

 お父さんもあっというまにいなくなる。
 わけがわからない。どうしていきなり別居なんだ?

 これも原因と結果なんだろうか。ケンカして→出ていく。たしかに因果関係だけど、ケンカする原因は理解不能。文学論争でケンカして別居だなんて、まともな因果関係じゃないよ。そう思わない?

 残されたのは僕とザムザだけ。

 とりあえず腹ペコのザムザにご飯をあげると、うれしそうに食べてる。きっと別居のことなんか、人間界のさもしい出来事だ、くらいにしか思ってないんだろう。

 そうだ、まわりに左右されちゃいけない。ご飯を食べ終えると、すぐに机に向かう。
 ノートパソコンを開く。いまは書くしかないんだ。

 だけど……
 12時をすぎて、日付が変わっても、僕は1文字も書けない。

 そのとき、携帯が鳴る。メールだ。
 見たことのないアドレスからで、いやな予感がする。そう、こういう予感はたいてい……

 メールを開く。本文にはなにも書いてないけど、件名にひとことだけ、

「あと2日だぞ」

  *

 つぎの日。午後イチの国語の時間。

 しかばね先生の授業はまたしても自習だ。先生はいまごろサッカ部で、のんきに死んでるんだろうか。授業のことなんか忘れて。

 でも自習なのは好都合。学年主任の老ゴリラは、授業開始時に自習を告げて、さっさといなくなってしまった。まるでエサでも探しにいくように。

 しかばね先生がいないから、携帯の電波はふつうに飛んでいる。みんなは携帯をいじったりおしゃべりしたり、自習という名のヒマつぶしをはじめてる。

 いまだったらバレないだろう。僕はこっそり原稿用紙を出す。今日こそは書くんだ、この時間を使って。

「おっ、原稿用紙ジャン」

 背後で声がする。ふり返ると新井葉あらいばがズカズカこっちにやってくる。その目にやどる、にくらしげな輝き。

 見つかるにしても、はやすぎだよ。しかも最悪なヤツに見つかった。

白滝しらたき、原稿用紙なんてどうするンだ?」
「別に……」
「なンだヨ、別にって。おまえ、小説でも書くつもりカ?」

 えっ、なぜ即行そっこうあてられるの?

「知ってンだよ、小説大賞のチラシ見てたのをヨー」

 見られてたんだ!

「い、いいだろ別に!」
「また”別に”か。どれどれ」

 新井葉が僕の手元をのぞきこむ。

「なんだ、全然書けてネーじゃネーか」
「見るなよ!」
「いいだろ”別に”」新井葉がニヤニヤ笑う。「俺は小説大賞とってヨ、いま新作書いてンだ。1文字も書けないおまえとは違うんだゼ」

 くそっ! 腹がたつ。手にしたペンを力いっぱいにぎりしめる。

「だいたいヨー、素人しろうとが小説書いてなにになるンだ? プロでもネーのにヨー」

 僕は立ちあがって――

「もうやめなよ」

 星良せいらの声がした。
 僕は魂が抜かれたみたいに、ストンとイスに座りこむ。新井葉も、呼ばれた番犬みたいに帰っていった。

「なんで白滝にからんでんのよ」
「わかんネーけどムカついたんだよ、原稿用紙なんて出してヨ」

 すべての物事には因果関係がある。しかばね先生はそう言ったよね。じゃあこれも、因果なの?

  *

 コンコン。
 ノックなのに湿った音がするから不思議だ。
 放課後、じめっとした地下の奥、僕はサッカ部のドアの前。

 コンコン。
 あ、返事があった。でもトイレじゃないんだから、ノックで返事しなくてもいいよね。

「先生、いるんですね、入りますよ」

 ドアを開ける。天井近くの窓から、夕陽が入りこんでる。赤く染まるサッカ部に、先生がひとり、ぽつんと座ってる。

 あれ? でもさっきノックを返してきたよね。なのにもう、サッカ部の奥まで移動してる。だれがノックを返したの?

 そんなこと考えてる場合じゃない。僕が来た理由は、

「先生!」

 ズカズカと先生の前までいく。

「小説の書き方を教えてもらいんです!」
「またあ?」
「お願いします! 小説を書きたいんです!」
「きみ、実質もう、サッカ部だよね」

 イスに座ってる先生が、僕を見あげる。白い目は、あんがい見なれてきたんだろう。この前みたいな恐怖はない。

「教えてもらいたいんです。入部しないとダメですか!」
「そうでもないけどねえ。入ってくれたら廃部もまぬれるんだけどなあ」
「教えてください! あと2日しかないんです。先生だけが頼りなんです!」
「どうしようかなあ」

 ゴトッ。音がした。本棚から1冊、本が落ちたみたいだ。先生は気にせずに、

「サッカ部に入部しないと、教えないことにしようかなあ」

 ゴト、ゴト……。本が2~3冊つづけて落ちる。

「先生、だれもふれてないのに本が落ちてますよ」
「きみ、そんなオカルトっぽいこと信じてるの?」
「実際起きてますよ!」

 さらにゴトゴトと、雪崩なだれのように本が落ちてるよ。

「わかった、わかったよ!」

 先生は本棚まで歩いていく。本を拾いながら、

「しかたないなあ、彼に教えてあげればいいんでしょ」

 だれかにしゃべってる。だれに?
 でもいま教えてくれるって言ったよね。

「先生! 教えてくれるんですか!」

 先生は本を手にもどってくる。イスに座り、

「わかったよ、だから座って」
「はい!」

 僕は、机を挟んで先生の向かいに座る。
 先生は、本を机の上にならべてる。なぜか全部、裏返しで。

「先生、なにを教えてくれるんですか!」
「えーと、この前は因果関係を教えたんだよね」
「はい!」

 先生はにこやかな表情だけど、どこか挑戦的な笑みだ。

「まあ、因果関係っていってもいろいろあってね。たとえば僕たちが生きてる世界の因果と、そうじゃない因果もあるだよ」
「ど、どういうことですか?」

 先生がまた不思議なことを言いはじめた。
 僕たちの世界とは違う因果ってなに?
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