しかばね先生の小説教室

島崎町

文字の大きさ
上 下
11 / 28

第11話 しかばね先生の最初の授業

しおりを挟む
「やあ、待ってたよ」

 聞きなれた声だ。授業でいつも聞いている、やさしくもたよりない、死にかけの声。
 そう、それは……

 開いたドアから見える。倒れたままの状態で、顔だけ不自然な角度でこっちを見ている。まるで崩れ落ちたマリオネットみたいな、

「しかばね先生……」

 ノドから声をしぼり出す。

 声に反応したように、先生が体を起こす。生きてる人間には不可能な角度で曲がった手足が、ゆっくりと床をとらえる。

 ゾッとする。まるで逆回転で起きあがる映像みたいな、不自然な起き上がり方なんだ。

「やあ」

 先生は立ち上がり、まっすぐ僕を見る。不思議なほほえみだ。でも、先生の目は真っ白。黒目がなくなって、死人のようににごってる。

「先生、死んだんじゃ……ないんですか?」
「フフフ……」先生が笑う。「まいったよ、死んじゃったよ」
「わ、笑いごとじゃないですよ。どうして死んじゃったんですか?」
「それがねえ、不思議なんだ。ちょっと油断しちゃったのかなあ?」
「油断しないでくださいよ!」

 ギリギリ生きてたしかばね先生だから、ちょっとした気のゆるみが死を招くんだ。なんか、交通安全の標語みたいだけど。

 先生は他人事みたいに笑いながら、部室の奥にあるイスに座る。

 机の反対側にはもう一脚あるけど、そこに座ると先生と真向かいになってしまうので、座りにくいなあ。僕はまだ、先生のことを怖いと思ってる。

 だからサッカ部のなかには入ったけど、先生と距離をとって立つことにする。

「先生、本当に死んじゃったんですか?」
「うん、そうみたいなんだ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「死んでるんだから、大丈夫ってことはないけど、まあ、いまのところ不便はないよ。生きてるときと変わりないかな」
「たしかに、そうですね……」

 しかばね先生はあまりに死にかけだったので、死んだところで、ほとんど違いはない。不思議な状態だ。

 フフフ……。先生は少し乾いた笑いを見せる。

「ところで白滝君、きみを待ってたんだよ」
「僕を? どうして……」

 先生がグッと、机に乗りだす。白い目が、にぶく光る。

「きみ、ぼくの原稿持ってったね」
「あっ! すみません!」

 先生、わかってたんだ。

「あの原稿、どうしたの?」
「あ、あのですね、先生の持ってたチラシを拾ったんで、それに応募しました」
「本当? どうだった?」
「大賞とりました」
「やっぱり! いやあ自信作だったんだ。で?」
「え?」
「で?」
「なんですか? 『で?』って」
「で、どうなったの? 出版はいつごろ? 直しもしないとね!」
「先生、ごめんなさい。出版者の人が言うには、生命力がないから出版できないって……」

 先生は動かず、表情を変えず、じっと僕を見る。

「あ、あのですね、地獄の亡者が読むから生命力のある小説じゃないとダメだって……これは編集者が言ったんですよ、僕じゃなく!」
「そう……」

 先生は顔色を変えず……いや、死んでるから白くはなってるんだけど、とにかくだまって僕の話を聞いている。

「ただ、先生の小説は面白かったみたいですよ。だって大賞とったんですよ、『詩学三十六景』でしたっけ、すごいですよね!」
「うん、すごいんだ……」

 そう言って先生は、イスに深く体をしずめる。

「大丈夫ですか?」
「死んだのに、まだこうしてるってことは、僕には未練があるのかなあ。本を出したいっていう」
「落ちこまないでください、先生の小説は認められたんですよ。出版されなくても、いいものはいいんですよ」
「そう思う?」
「はい」
「じゃあ、納得なっとくしたから成仏しようかな」
「ま、待ってください!」
「止めないでよ。ふつう止める?」
「いま成仏されると困るんです!」
「なんで?」
「僕には先生が必要なんです。お願いです、僕に小説の書き方を教えてください!」

 言ってしまった。先生はイスにうずくまってる。黒髪がかかり、表情はわからない。
 でも髪のすきまから、白い目が輝やいてる。先生は死んでから、あやしい魅力が増してるみたいだ。

「いいよ」

 顔をあげ、先生がほほえむ。

「ありがとうございます!」
「その代わり、授業料はもらうからね~」
「授業料とるんですか!」
「だって僕は教師だよ、教えるんだから当然だよね」
「でもここは学校ですよ、義務教育なんだからタダですよ!」
「高校だから義務教育じゃないね」
「あ、そうでした!」

 僕たちは笑いあう。よかった、やっぱりしかばね先生はいい先生だ。

「じゃあ、いくらくらい払えばいいですか?」
「フフフ……もらうのはお金じゃないよ」
「なんですか?」
「ナイショ」
「ないしょですか!」

 僕たちはふたたび笑いあう。でも本当に、授業料はなにで払うんだろう……?

「そもそも、どうして小説を書きたくなったの?」

 ひととおり笑ったところで、先生が聞いてくる。

「それなんですけど……」

 そうだ、まだあのことを説明してなかったんだよ。

「先生の小説を応募して、大賞の知らせがきたんですよ。それで、ヘル出版まで行ったんですが」
「行ったんだ……」
「まずかったですか?」
「殺されにいくようなものだからね」
「やっぱり!」
「よく生きて帰ってこられたね」
「はい、その代わり、小説を書かないと殺すって脅されて」
「なるほど。あと何日?」
「3日です」
「いまどのくらい書けてるんだろう」
「0文字です」
「それはあきらめた方がいいね」
「そんな! 殺されますよ!」
「しかたないよ」
「先生、冷たいじゃないですか!」
「もう死んでるからね」
「そういうことじゃなく!」
「彼らは殺すって言ったら殺すから」
「そんなあ……」

 僕は愕然がくぜんと肩を落とす。

「まあでも……ペンと原稿用紙もらった?」
「ヘル出版のですか? もらいました」
「まだ可能性はあるか」
「ホントですか!」
「あきらめたらそこで終わりだからね、やるだけやろうか」
「はい! お願いします!」

 勇気づけられる。さすが先生だ。

「きみ、全然書けてないんでしょ」
「はい……」
「じゃあ基礎からだ。因果いんが関係って知ってる?」
「んー、どうでしょう」
「どうでしょうってことはないだろ、知らないんだね」
「はい……」
「因果ってのは原因と結果のことだよ。なにかがあって、その結果、別のなにかが生まれる。すべての物語は因果関係でできてるんだ」
「ど、どうやったら因果関係を書くことができますか?」
「むずしいことはないよ。僕たちは因果関係の連鎖のなかにあるんだ。たとえばきみはどうしてここに来たの?」
「えーと、先生の小説があったら、それをもらって書き直そうと思って」
「え? そうだったの?」
「あ、でもいまは先生に小説を教われるから、自分の小説を書く気満々まんまんですから!」
「それが因果関係だよ。『先生の小説を探そうと思った』、これが原因だ。で、その結果、『サッカ部に来た』」
「『先生の小説を探そうと思った、だからサッカ部に来た』……たしかに因果関係ですね!」
「それに、さっききみが言った、『先生に小説を教われるから、自分の小説を書く気満々』。これも原因と結果だ」
「なるほどー」

 さすが先生、サクサク教えてくれる。

「それとね、原因と結果がワンセットで終わるわけじゃないんだ。たとえば、サッカ部に来た→先生に教わる→書こうとする→でも書けなかった→だから編集に殺される」
「ひどい! 僕、死んでるじゃないですか!」
「たとえばだよ。いま、因果が連鎖してたのがわかるかな? サッカ部に来て→先生に教わる、だと『先生に教わる』は結果だ。でもそれは、つぎの『書こうとする』の原因になってるんだ」
「おおー」
「さっきは結果だったのに、それが原因になって、つぎの結果を生みだしてるんだ。これがずっとつづいていけば?」
「物語になる!」

 先生はうれしそうにほほえむ。

「すごいじゃないですか先生! こうやって小説は書くんですね!」
「あたりまえのことだから、ふだんは意識しないで書くんだけど、まあ、書けないときは、どうやって因果をつなげていくかを考えてみるといいよ」

 さすがしかばね先生。スラスラと教えてくれた。

「ありがとうございます、因果関係を使って、小説書いてみます!」

 立ちあがると、サッカ部は暗くなってる。天井近くの窓からは、夕陽の明かりがなくなって、夜気がしずかに入りこんでいる。

 いつのまにか時間がたっていた。下校の時間はとっくに終わってる。

「気をつけてね」

 暗闇のなかで先生が言う。

「え? なににですか?」
「形式的な言葉だよ。気をつけて帰ってねっていう」
「先生が言うと怖く聞こえますから」
「そうかい、ヒヒヒ……」
「へんな笑い方やめてください!」

 僕はあとずさり、ドアの方へ近づく。暗い部室のなかで、先生の目だけがぼんやり光ってる。

「書けなかったら、また来てね」
「は、はい。先生も、ひとりだとさびしいですよね……」

 ドアに手があたる。

「大丈夫、部員がいるから」
「でもサッカ部って、ひとりもいないんじゃ……」

 うしろ向きのまま、ドアノブを探す。手がなんどもからぶる。

「いるんだよ」
「だ、だれがですか?」
「幽霊部員」
「いないってことじゃないですか!」
「きみも入ればいいよ、サッカ部」
「か、考えときます!」

 ドアノブがあった。すぐにまわす。

「さようなら先生!」

 ドアを開けて飛び出すと、

「さようなら」

 少しさびしげな声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

満ち欠けのユートピア

朝日みらい
ミステリー
 大学教授月影と学生たちが結成した〈ユートピア〉が計画した公園の爆破事件から、運命を狂わされた月子と陽子たちの数奇な物語が始まります……。長編作品、完結します。                 

【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。 真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。 あなたは何章で気づけますか?ーー 舞台はとある田舎町の中学校。 平和だったはずのクラスは 裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。 容疑者はたった7人のクラスメイト。 いじめを生み出す黒幕は誰なのか? その目的は……? 「2人で犯人を見つけましょう」 そんな提案を持ちかけて来たのは よりによって1番怪しい転校生。 黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。 それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。 中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

処理中です...