死の供養

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死の供養

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 みんな分かっちゃいない。
 気が付いても、誰もが見て見ぬふりさ。

 生きるものはすべて死ぬ。
 死んだらおしまいだって。

 そんなの分かってるって?
 いや、コンセプトとしては知っていても、身に染みて分かっているわけじゃないよね。
 君たちは、命の大切さを分かっていない。
 だから平気で死体蹴りなんて、むごいことを出来るんだ。
 僕にはその神経が信じられない。いつまで同じことを繰り返すのかい?

 僕が声を大にして言ってやる。
 何度でも、気が済むまで叫んでやる。

「死んだ者は帰ってこないのさ」って。

 いいかい。
 嫌われる覚悟で、口を酸っぱくして言おう。酸っぱいのは嫌だけど。

 死んでいった者たちは、決して僕たちのために死んだわけじゃないんだ。
 みんな太陽の元すくすくと育っていたというのに、ある日突然意識を刈り取られた。
 そのまま無慈悲に殺されたんだよ。
 熱湯で拷問されて、最後は火あぶりの刑で命を絶たれたんだ。
 どんなに愛情を注いだからって、殺してしまったら元も子もないじゃないか。

 いや、僕だって分かってはいるんだ。
 仕方のないことだってある。
 白黒つけられる問題じゃない。
 選択肢のないことだってあるのは、よく分かっているさ。

 だからって、彼を、彼らを殺すことないじゃないか。
 まだ若い彼らを。これからもっと大きく育って、ゆくゆくは子供、孫へと命を繋いでいく彼らを。

「言いたいのはそれだけ? 食卓が片付かないでしょ」

 まったく、もう。この毒親モンスター・ペアレントは何も分かっていない。
 グリーンピースの無念を。食べられるものの悲哀を。
 彼らは決してチャーハンの具材になるために生まれてきたわけじゃない。
 聞こえてくるんだ。彼らの泣け叫ぶ声が。
 お願いだから食べないでって、無言の訴えが。

 僕が、せめての供養にと、ご飯やお肉から分けて丁寧に弔っているのも、決してその味が苦手とか、そんな低俗な理由じゃないんだ。
 僕はあくまで真剣に死と向き合って、食べない選択をしているんだ。

「つべこべ言ってないで、はやく食べなさい」

 あーあーあー。

 耳にトラブル発生中。
 大管トンネルで事故発生。

 あーあー聞こえない。
 心頭滅却。馬耳東風。

「食べないと、今月のお小遣いはなしよ。ゲームも取り上げよ」

 むむむ? 今何と?
 あれ? 奇跡的に事故が解消しました。
 大管トンネル開通しました。
 聞こえております。アイアイサー。

 グリンピースくんたち、無念。
 もっと重要な案件が生じてしまった。
 ごめんなさい。さらば。
 心優しい君たちのことを決して忘れはしない。
 だから今はせめて、そんなに青い顔をしないでおくれ。

 僕はお皿にかき集められた親友たちを、一気に口の中に落とす。
 そしてコップ一杯の水を含んで、そのまま咀嚼せずに水で押し込もうとする。
 君たちの死の十字架を背負って生きていこう。
 償い切れない食材、否、贖罪を胸の内に秘めたまま。

 ごっくん。

 一気に飲み込んだ。

「ダメ。そんなにいっぺんだと喉を詰まらせるわよ」

 母上、あっしはそんなにヤワにできちゃおりゃせ……。

 ゲホゲホゲホ。

 息ができない。
 苦しい。
 頭がカーッとなる。
 喉いっぱいのグリーンピースが行き場を失い、さ迷い歩く。

 あぁ、やってしまった。これまでか。

 その刹那、拙者は理解する。
 死について何もわかっていなかったのは、あっしであったことを。

 あぁ、短い六年の人生であった。

 わが人生に、一切の達成感なしでござんす。

 天国へ登ろうとするおいらの背中を、トントンと叩く母君。

 いいんだ母よ。わしはもう十分生きた。

 そろそろ逝かせてくれんかのう。

ーーーー

 ママは僕の喉に指を入れて、グリーンピースくんたちを掻き出そうとする。

 やめて、苦しい。本当に死んじゃう。

 ゲホゲホゲホ

 神は言っている。ここで死ぬ定めではないと。

 母が背中を叩くリズムに合わせて、グリーンピースの大群が胃の中へと落ちていく。
 胃酸の地獄へと堕ちていく。

 詰まりが取れたおかげで、急に頭がすっきりとはれ上がっていく。

 そして全てを理解する。

 またも救ってやれなかったのだと。彼らの無念を思うと、涙があふれてくるよ。

「だから言わんこっちゃない。無駄な殺生はしたくないんだ」

 頭に優しいげんこつが飛んできた。
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