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第三章 美少女学園一年目 芽吹き根付く乙女心
【第110話】 記憶の扉
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「翔ったら、ハンバーグに目がなくてね。目を離したすきに私の分まで食べちゃって」
香織の話の内容が、頭に入ってこない。
汗が冷えていく。
頭が、胸がずきずきと痛む。
香織の楽しそうな昔話を聞くたびに、翔という名前を聞くたびに、つばさに得体のしれない感情がこみあげてくる。
(翔、負けちゃだめだ。思い出せ)
心の隙間をかいくぐるように、声が頭をこだまする。
たまに来る、発作的な頭痛に紛れて聞こえてくる声だ。
封印された記憶が、つばさに主人格を奪われて矮小化した翔の人格が、禁断の扉の向こうで暴れていた。
脳の性別を変えられ、記憶に蓋をされ、そして女性ホルモンによって体の性別まで奪われつつある。
それでも、かろうじて生き残った岡村翔の残滓が、香織の声や公園の景色、何よりも昔話を聞くことで目を覚ましつつあった。
そんな事情を知る由もないつばさは、急に襲ってきた異変に翻弄されていた。
顔色は、刻々と悪化していく。
皮膚が青白くなり、唇の色も濃くなっていく。
チアノーゼ反応を起こしたがごとく、血の気が引いていく。
つばさの急変に気が付いた香織は途中で話を止めた。
明らかに異常な様子だ。
「末舛さん、大丈夫? ごめんなさいね、私としたことが自分のことに夢中になってしまって」
苦しそうにうつむく少女を心配そうにのぞき込む香織の顔は、まるでわが娘を思いやる母親のようだ。
つばさと一緒にいるだけで、香織は母性本能をくすぐられた。
見れば見るほど、本人と錯覚するほど似ている。
朗らかで優しそうな笑い方や、負けず嫌いな雰囲気。
どれをとっても翔の生き写しのようだ。
香織が昔話をしたくなったのは、心のどこかで彼女が翔であってほしいと思ったからかもしれない。
ずっと行方不明の息子がどこかで奇跡的に生きていて、自分のところにやってきてくれる。
そんな奇跡があったらいいなと、常に思っていたからかもしれない。
だから急に苦しみだしたつばさを見て、香織は気が気ではなかった。
何かの発作もちなのだろうか。
私にできることはないだろうか。
そう自問しながら、様子を探る。
虚ろな目をしながら苦しむつばさの口から、本人も思ってもない言葉が漏れた。
「大丈夫よ。心配しないで……ママ」
頭痛はひどくなる一方だ。
胸の奥がつかえて息苦しい。
無意識のうちに、つばさは香織の肩に体重を預けた。
香織はつばさの肩を優しく何度も撫でる。
そうだ。救急車だ。
救急車を呼ばないと。
ポーチを漁って、急いで携帯電話を取り出そうとする香織。
そんな彼女に、ベンチの後ろから近づいてくる二人の少女がいた。
つばさと同じ制服を着たハーフの双子だ。
「すいません。あたしたちつばさの友達なんですけど」
「その子、たまに発作があって」
二人の平坦な声を聞いて、香織は嫌な予感がした。
心配という感情が一切こもっていなかったからだ。
香織は咄嗟に、具合の悪そうなつばさを抱き寄せる。
まるで娘を守る母親のように。
アリスとイリスは、それも予想済みと言いたげに笑うと、ガーゼにしみこませた薬を香織の鼻と口に押し当てた。
急な展開に理解が追い付かず、混乱する香織。
いったい何が起こっているのだろう。
香織の意識は、無警戒に薬を吸い込んだことで、すぐに薄れていく。
香織の体は、隣に座るつばさと同じように、ぐったりとして力が抜けていく。
(ど、どうして……)
意識を手放す間際、聞こえてきたのは双子の諭すようなセリフだった。
「忘れるの。今日のことは全て夢。何もなかったの」
「忘れるの。あなたは誰にも会っていなかった。今日見たことは全て夢。あなたの妄想なの」
香織の話の内容が、頭に入ってこない。
汗が冷えていく。
頭が、胸がずきずきと痛む。
香織の楽しそうな昔話を聞くたびに、翔という名前を聞くたびに、つばさに得体のしれない感情がこみあげてくる。
(翔、負けちゃだめだ。思い出せ)
心の隙間をかいくぐるように、声が頭をこだまする。
たまに来る、発作的な頭痛に紛れて聞こえてくる声だ。
封印された記憶が、つばさに主人格を奪われて矮小化した翔の人格が、禁断の扉の向こうで暴れていた。
脳の性別を変えられ、記憶に蓋をされ、そして女性ホルモンによって体の性別まで奪われつつある。
それでも、かろうじて生き残った岡村翔の残滓が、香織の声や公園の景色、何よりも昔話を聞くことで目を覚ましつつあった。
そんな事情を知る由もないつばさは、急に襲ってきた異変に翻弄されていた。
顔色は、刻々と悪化していく。
皮膚が青白くなり、唇の色も濃くなっていく。
チアノーゼ反応を起こしたがごとく、血の気が引いていく。
つばさの急変に気が付いた香織は途中で話を止めた。
明らかに異常な様子だ。
「末舛さん、大丈夫? ごめんなさいね、私としたことが自分のことに夢中になってしまって」
苦しそうにうつむく少女を心配そうにのぞき込む香織の顔は、まるでわが娘を思いやる母親のようだ。
つばさと一緒にいるだけで、香織は母性本能をくすぐられた。
見れば見るほど、本人と錯覚するほど似ている。
朗らかで優しそうな笑い方や、負けず嫌いな雰囲気。
どれをとっても翔の生き写しのようだ。
香織が昔話をしたくなったのは、心のどこかで彼女が翔であってほしいと思ったからかもしれない。
ずっと行方不明の息子がどこかで奇跡的に生きていて、自分のところにやってきてくれる。
そんな奇跡があったらいいなと、常に思っていたからかもしれない。
だから急に苦しみだしたつばさを見て、香織は気が気ではなかった。
何かの発作もちなのだろうか。
私にできることはないだろうか。
そう自問しながら、様子を探る。
虚ろな目をしながら苦しむつばさの口から、本人も思ってもない言葉が漏れた。
「大丈夫よ。心配しないで……ママ」
頭痛はひどくなる一方だ。
胸の奥がつかえて息苦しい。
無意識のうちに、つばさは香織の肩に体重を預けた。
香織はつばさの肩を優しく何度も撫でる。
そうだ。救急車だ。
救急車を呼ばないと。
ポーチを漁って、急いで携帯電話を取り出そうとする香織。
そんな彼女に、ベンチの後ろから近づいてくる二人の少女がいた。
つばさと同じ制服を着たハーフの双子だ。
「すいません。あたしたちつばさの友達なんですけど」
「その子、たまに発作があって」
二人の平坦な声を聞いて、香織は嫌な予感がした。
心配という感情が一切こもっていなかったからだ。
香織は咄嗟に、具合の悪そうなつばさを抱き寄せる。
まるで娘を守る母親のように。
アリスとイリスは、それも予想済みと言いたげに笑うと、ガーゼにしみこませた薬を香織の鼻と口に押し当てた。
急な展開に理解が追い付かず、混乱する香織。
いったい何が起こっているのだろう。
香織の意識は、無警戒に薬を吸い込んだことで、すぐに薄れていく。
香織の体は、隣に座るつばさと同じように、ぐったりとして力が抜けていく。
(ど、どうして……)
意識を手放す間際、聞こえてきたのは双子の諭すようなセリフだった。
「忘れるの。今日のことは全て夢。何もなかったの」
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