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第三章 美少女学園一年目 芽吹き根付く乙女心
【第12話】 再教育(12)クリスティーナ
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■クリスティーナサイド(4)
月明かりを頼りに、真っ暗な森の中を少年と少女が走っていた。
夜の虫が鳴く静寂の中、草の匂いが鼻孔をくすぐる。
クリスティーナは、息を切らしながら走っていた。
手を聡に引かれて、必死に追手から逃れようと前に進む。
「ティーナ大丈夫か?」
クリスティーナに歩調を合わせつつ、聡は彼女を気遣う。
繋がれた手は血が滲んでいる。
手錠を振り切った時についた、聡の血だ。
だが、聡は痛いそぶりを見せない。
クリスティーナを心配させないためだろう。
ブラが外れた状態で走っているクリスティーナの乳首は、ワンピースでこすれてヒリヒリしている。
女性ホルモンを打たれる前はフラットだった胸は、既に本格的に女性の乳房に変化してきているのだ。
「だ、大丈夫……」
クリスティーナも聡を気遣い、大丈夫なふりをするが聡は、
「ここまで逃げたんだ。休憩しよう」
と、いったん歩を止めて、肩を寄せながら切り株に腰を下ろした。
月の光に照らされた聡の顔を見て、クリスティーナの心臓はドキンと大きな音を立てた。
それは、走っていたからだけではない。
少年のあどけなさを持ちながらも、正義感に満ちた男の顔に、クリスティーナの乙女心がくすぐられているのだ。
だが、沸き立つ感情をクリスティーナは否定する。
(僕は男。僕は男。僕は男。僕は絶対男なの。だからありえないの。男に胸がキュンとすることなんて……)
クリスティーナは、自分の心の中、そしてあおいと話す時だけは、一人称を『僕』にすることに決めていた。もっとも最近は、気を許した聡にも『僕』とたびたび言ってしまうのだが。
「ティーナ大丈夫か?」
聡は、この計画の全貌を知らない。
一刻も早く、島のどこかにいる「性転換美少女レース脱落者」を救出し、潜水艦を奪って逃げるという途方もない計画を。
女性ホルモンの影響で、悲しいほど腕力が衰えてっしまったクリスティーナは、力があり、自分を裏切らない男子生徒の協力が必要だった。
聡に白羽の矢を立てたのは、自分に対して恋心を抱いていることを直感し、利用しようと考えたからだ。
自分はずるい人間だ。腐ってもマッド・ドッグのクリスと恐れられた不良少年だ。
それ以上でもそれ以下でもない。そう、自分に言い聞かせる。
「ティーナ、どうした? 顔が真っ赤だぞ。どこか体が悪いのか?」
(決して、聡君のことを「ちょっとかっこいいかも」と思ってた、なんてありえないんだから。僕が好きなのは女の子。可愛い女の子。この胸のドキドキだって、べ、べつに、聡君とは関係なくて……)
「ティーナ!」
「ふぇっ!?」
クリスティーナは、急に間抜けな声を出してしまう。
気が付くと、聡が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
顔が近い。
胸のドキドキが治まらない。
それがなぜか分からない。分かりたくない。だって、それを認めてしまったら。
「ティーナ。ごめんな。こんなに体調が悪そうなのに無理やり走らせて」
「ち、違うの。体は悪くないの。ただ……」
クリスティーナは言葉に詰まって、目を背ける。
顔が熱い。胸が熱い。
静寂がその場を支配する。言うべき言葉が分からない。
沈黙を破ったのは、聡だった。
「好きだ」
「……」
「大好きだ。いつも、ティーナのことを考えてた」
「……」
「ティーナはこんなに可愛いから、いろんな奴に言い寄られているだろうけど……誰よりもティーナのことが好きだ」
聡は絞り出すように、言葉を紡ぐ。
その眼差しに一切の偽りはない。
クリスティーナは、喉の奥がつっかえる感覚を覚える。
でも、言わなければいけない。これ以上、聡を、自分を好きになってくれた少年をだますことはできない。
「聡君。気持ちはうれしいしの。でも、ダメ……なの」
クリスティーナの目に涙が湧き上がる。
聡は覚悟していたように、落胆を隠しながら、作り笑顔を浮かべる。
振られる側はつらいが、振る方もつらいことを知っている聡は、強いて明るく振る舞う。
「そうなんだ。……ごめんな。逃亡中に急に告白されても困るだけだよな」
「違うの。そういう意味じゃなくて、僕は、男の人とは付き合うことができないの……」
クリスティーナは、息をのみ、意を決して、正直に告白する。
「僕、本当は男なの。偽物の女なの。普段はセーラー服で登校しているけど、でも、男なの。だから……」
涙で言葉が詰まる。もう、これ以上続けることはできない。聡に失望されることは、確定だ。
男同士で気持ち悪いと思われるだろう。これまで彼の好意を利用してきたことも言い逃れはできない。
そんなクリスティーナを、聡は優しく抱き寄せる。
「そんな秘密を一人で抱えて悩んでたのか。気付いてやれなくてごめんな」
聡の言葉はどこまでも暖かい。
「そりゃ、ビックリしたし、今でも信じられないけど、ティーナはその手の冗談を言う訳ないしな」
「ごめんね、騙してて」
聡は、一呼吸ついてから言葉を続ける。
「でも、ティーナは勘違いをしてるよ」
「えっ」
目をぱちくり察せているクリスティーナに、聡は再び真剣な顔を向ける。
「オレはティーナが好きだ。男だろうと女だろうと関係ない。ティーナが好きだ。
その無邪気な瞳が好きだ。こんな可愛らしい顔を見たことがない。
その隠しきれない優しさが好きだ。今回のお願いだって誰かを助けるためなんだろ。オレには分かる。
その……いや、ティーナの全てが好きだ。
オレのことが嫌いなら、他に好きな奴がいるなら諦められるけど、そうじゃないなら、もう一度聞かせてくれ。
オレの彼女になってくれないか?」
クリスティーナは涙が零れ落ちるのを抑えきれない。
「もう……。僕……僕女じゃないから、彼女にはなれないのに。聡君は、絶対後悔するのに」
「いや、ティーナは女の子だよ。どんな女の子よりも可愛いし、さっき触った時だってすごくいい香りがしたし」
「でも、僕の心は……」
「女の子だよ。ティーナ自身気付いていないかもしれないけど、誰よりも優しくて、可愛らしい女の子が、ティーナの中に眠っている気がするんだ」
「ず、ずるいよ。そんなこと言われたら、僕……」
聡は、クリスティーナのさらさらの金髪をなでながら、顔を傾けて唇を近づけてくる。
クリスティーナは、頬を赤くしながら接吻を受け入れる。
「あむっ。あむっ」
しばらく唇を重ねた後、聡はまたクリスティーナに語り掛けた。
「ほら、やっぱり女の子だよ。ティーナは」
「さっき、男でも女でも関係ないって」
「そうだけど、こんなに可愛い女の子なのに、ティーナは気づいていない。いや、気づこうとしていないのかな」
「でも僕は……僕は……」
(どうして? 僕は男って言葉が出てこない)
「僕は、女の子、でしょ? 見た目だけじゃなくて、心の方もとっても可愛らしい女の子。話し方も、笑い方も、考え方も、女の子そのものだよ。ティーナは気付いているでしょ。ティーナの気持ちを聞かせて。オレはティーナが好きだよ。だから自分の本当の気持ちに気づいてほしいんだ。自分を偽って苦しんでいるティーナを見ているのは、耐えられない」
「僕は……僕は……」
胸の高鳴りを押さえられない。聡君ことを考えるとドキドキしてしまう自分を否定できない。
「ティーナの気持ちを教えて。それで振られたなら、諦められるから。嘘偽りのない気持ちを教えて」
ティーナは促されて、顔を聡の胸にうずめながら答えた。
「僕も……ううん……あたしも、聡君が……好き。耐えられないほど、聡君が好き」
月明かりを頼りに、真っ暗な森の中を少年と少女が走っていた。
夜の虫が鳴く静寂の中、草の匂いが鼻孔をくすぐる。
クリスティーナは、息を切らしながら走っていた。
手を聡に引かれて、必死に追手から逃れようと前に進む。
「ティーナ大丈夫か?」
クリスティーナに歩調を合わせつつ、聡は彼女を気遣う。
繋がれた手は血が滲んでいる。
手錠を振り切った時についた、聡の血だ。
だが、聡は痛いそぶりを見せない。
クリスティーナを心配させないためだろう。
ブラが外れた状態で走っているクリスティーナの乳首は、ワンピースでこすれてヒリヒリしている。
女性ホルモンを打たれる前はフラットだった胸は、既に本格的に女性の乳房に変化してきているのだ。
「だ、大丈夫……」
クリスティーナも聡を気遣い、大丈夫なふりをするが聡は、
「ここまで逃げたんだ。休憩しよう」
と、いったん歩を止めて、肩を寄せながら切り株に腰を下ろした。
月の光に照らされた聡の顔を見て、クリスティーナの心臓はドキンと大きな音を立てた。
それは、走っていたからだけではない。
少年のあどけなさを持ちながらも、正義感に満ちた男の顔に、クリスティーナの乙女心がくすぐられているのだ。
だが、沸き立つ感情をクリスティーナは否定する。
(僕は男。僕は男。僕は男。僕は絶対男なの。だからありえないの。男に胸がキュンとすることなんて……)
クリスティーナは、自分の心の中、そしてあおいと話す時だけは、一人称を『僕』にすることに決めていた。もっとも最近は、気を許した聡にも『僕』とたびたび言ってしまうのだが。
「ティーナ大丈夫か?」
聡は、この計画の全貌を知らない。
一刻も早く、島のどこかにいる「性転換美少女レース脱落者」を救出し、潜水艦を奪って逃げるという途方もない計画を。
女性ホルモンの影響で、悲しいほど腕力が衰えてっしまったクリスティーナは、力があり、自分を裏切らない男子生徒の協力が必要だった。
聡に白羽の矢を立てたのは、自分に対して恋心を抱いていることを直感し、利用しようと考えたからだ。
自分はずるい人間だ。腐ってもマッド・ドッグのクリスと恐れられた不良少年だ。
それ以上でもそれ以下でもない。そう、自分に言い聞かせる。
「ティーナ、どうした? 顔が真っ赤だぞ。どこか体が悪いのか?」
(決して、聡君のことを「ちょっとかっこいいかも」と思ってた、なんてありえないんだから。僕が好きなのは女の子。可愛い女の子。この胸のドキドキだって、べ、べつに、聡君とは関係なくて……)
「ティーナ!」
「ふぇっ!?」
クリスティーナは、急に間抜けな声を出してしまう。
気が付くと、聡が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
顔が近い。
胸のドキドキが治まらない。
それがなぜか分からない。分かりたくない。だって、それを認めてしまったら。
「ティーナ。ごめんな。こんなに体調が悪そうなのに無理やり走らせて」
「ち、違うの。体は悪くないの。ただ……」
クリスティーナは言葉に詰まって、目を背ける。
顔が熱い。胸が熱い。
静寂がその場を支配する。言うべき言葉が分からない。
沈黙を破ったのは、聡だった。
「好きだ」
「……」
「大好きだ。いつも、ティーナのことを考えてた」
「……」
「ティーナはこんなに可愛いから、いろんな奴に言い寄られているだろうけど……誰よりもティーナのことが好きだ」
聡は絞り出すように、言葉を紡ぐ。
その眼差しに一切の偽りはない。
クリスティーナは、喉の奥がつっかえる感覚を覚える。
でも、言わなければいけない。これ以上、聡を、自分を好きになってくれた少年をだますことはできない。
「聡君。気持ちはうれしいしの。でも、ダメ……なの」
クリスティーナの目に涙が湧き上がる。
聡は覚悟していたように、落胆を隠しながら、作り笑顔を浮かべる。
振られる側はつらいが、振る方もつらいことを知っている聡は、強いて明るく振る舞う。
「そうなんだ。……ごめんな。逃亡中に急に告白されても困るだけだよな」
「違うの。そういう意味じゃなくて、僕は、男の人とは付き合うことができないの……」
クリスティーナは、息をのみ、意を決して、正直に告白する。
「僕、本当は男なの。偽物の女なの。普段はセーラー服で登校しているけど、でも、男なの。だから……」
涙で言葉が詰まる。もう、これ以上続けることはできない。聡に失望されることは、確定だ。
男同士で気持ち悪いと思われるだろう。これまで彼の好意を利用してきたことも言い逃れはできない。
そんなクリスティーナを、聡は優しく抱き寄せる。
「そんな秘密を一人で抱えて悩んでたのか。気付いてやれなくてごめんな」
聡の言葉はどこまでも暖かい。
「そりゃ、ビックリしたし、今でも信じられないけど、ティーナはその手の冗談を言う訳ないしな」
「ごめんね、騙してて」
聡は、一呼吸ついてから言葉を続ける。
「でも、ティーナは勘違いをしてるよ」
「えっ」
目をぱちくり察せているクリスティーナに、聡は再び真剣な顔を向ける。
「オレはティーナが好きだ。男だろうと女だろうと関係ない。ティーナが好きだ。
その無邪気な瞳が好きだ。こんな可愛らしい顔を見たことがない。
その隠しきれない優しさが好きだ。今回のお願いだって誰かを助けるためなんだろ。オレには分かる。
その……いや、ティーナの全てが好きだ。
オレのことが嫌いなら、他に好きな奴がいるなら諦められるけど、そうじゃないなら、もう一度聞かせてくれ。
オレの彼女になってくれないか?」
クリスティーナは涙が零れ落ちるのを抑えきれない。
「もう……。僕……僕女じゃないから、彼女にはなれないのに。聡君は、絶対後悔するのに」
「いや、ティーナは女の子だよ。どんな女の子よりも可愛いし、さっき触った時だってすごくいい香りがしたし」
「でも、僕の心は……」
「女の子だよ。ティーナ自身気付いていないかもしれないけど、誰よりも優しくて、可愛らしい女の子が、ティーナの中に眠っている気がするんだ」
「ず、ずるいよ。そんなこと言われたら、僕……」
聡は、クリスティーナのさらさらの金髪をなでながら、顔を傾けて唇を近づけてくる。
クリスティーナは、頬を赤くしながら接吻を受け入れる。
「あむっ。あむっ」
しばらく唇を重ねた後、聡はまたクリスティーナに語り掛けた。
「ほら、やっぱり女の子だよ。ティーナは」
「さっき、男でも女でも関係ないって」
「そうだけど、こんなに可愛い女の子なのに、ティーナは気づいていない。いや、気づこうとしていないのかな」
「でも僕は……僕は……」
(どうして? 僕は男って言葉が出てこない)
「僕は、女の子、でしょ? 見た目だけじゃなくて、心の方もとっても可愛らしい女の子。話し方も、笑い方も、考え方も、女の子そのものだよ。ティーナは気付いているでしょ。ティーナの気持ちを聞かせて。オレはティーナが好きだよ。だから自分の本当の気持ちに気づいてほしいんだ。自分を偽って苦しんでいるティーナを見ているのは、耐えられない」
「僕は……僕は……」
胸の高鳴りを押さえられない。聡君ことを考えるとドキドキしてしまう自分を否定できない。
「ティーナの気持ちを教えて。それで振られたなら、諦められるから。嘘偽りのない気持ちを教えて」
ティーナは促されて、顔を聡の胸にうずめながら答えた。
「僕も……ううん……あたしも、聡君が……好き。耐えられないほど、聡君が好き」
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