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第一章 封印の書

【1.13】ベテルギウスの宿屋にて

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 白装束のカメレオン部隊を退けたことで、当面の危機は去った。呆気ない幕切れだったが、奴らが再び襲ってくるまでの時間は稼げたと思う。もちろんこれはその場しのぎに過ぎない。白装束も体勢を立て直して、より強力な部隊を準備するだろう。
「やれやれ」と深いため息をつく。
 せめてオレがサイデルということが、バレていなければいいのだが。
 悩んでいても仕方がない。一月くらいはなんとかなるだろう。

 オレたちは古都ベテルギウスの宿屋に戻って、一晩を過ごすことにした。
 宿はパセリが選んだだけあってとても豪華だった。エントランスはピラーレスで広々としており、真っ白な大理石がいくつものシャンデリアの光を反射して、煌びやかに輝いていた。
 一番の売りはプールサイズの露天風呂だ。ヒノキが香る浴槽と、体の芯まで温まる弱アルカリの源泉はベテルギウスの名物らしい。

「レイモンド様、温泉ですよ、温泉。一緒に入りましょう」
 高級ホテルに慣れていないバジルは大はしゃぎだ。オレの服を引っ張って、女風呂に引き込もうとする。
「なんでだよ」とバジルをキッとにらんだ後、パセリに目を向ける。
「レイモンド君はまだ六歳だから、女風呂でも大丈夫よ。お姉さんもついているし」
 いや、オレの中身は何十億歳の邪神なんだが。バジルの影響か、パセリも変な色に染まってきている気がする。二人とも見た目は可愛らしい女の子、という自覚を持ってほしいのだが。
「レイモンド様。心配しなくても、ちゃんとお体をくまなく洗って差し上げますから」
 バジルは舐めるようにオレを見ている。おーい、まともな奴はここにいないのか?
 助けを求めて黒猫を見たが、毛繕いで知らんぷりされた。

――

 風呂騒動も一段落して、オレは屋根の上に寝転がって夜空を眺めていた。
「落ち着くな」
 満天の星の美しさは、この世界に来ても変わらない。薄っすらと漂うサクラの香りが鼻孔を満たす。まだ冷たい春風が頬にあたって、シャツの下の地肌をくすぐった。ピリッとした空気の感触に爽快感を覚えながら、しばしの静寂を楽しんでいると、声がした。

「ここにいたんだ」
 パセリだった。なぜかこちらを見て、懐かしそうな顔をしている。
「あっ、パセリ。どうしたの?」
 パセリは髪をくるくる弄りながらほほ笑んだ。
「レイモンド君は、星が好きなの?」
「どうだろう。癖みたいなものだから」
 なぜオレは飽きもせず、毎晩空を見上げているだろう。
「やっぱり似ているわ、まるで生き写しね」
 意味が分からず、聞き返す。
「誰に?」
  パセリは少し考えた後、オレの肩を優しくたたいた。
「内緒よ内緒。それにしても奇麗よね。この宇宙に人間が住める星ってどれくらいあるのかな?」

 どれくらいかな、と頭をひねっていると自然に答えが湧いてくる。
「えーっと、たしか三億四千二百五十二。そのうち実際に人間がいるのは六十七」
 数字を聞いたパセリの声が上ずった。
「えぇぇ!? ちょっと待って、レイモンド君。そんなことも分かっちゃうの?」
「情報が古かったかな。ここ三千年で滅ぶ可能性があった惑星は二個だから……」
 不正確だと指摘されると思って補足したが、どうやら違ったようだ。
「いやいや、そうじゃなくて。普通は『きっとどこかに同じように星空を見上げている人がいる』とか、想像を膨らませて会話をするものよ。具体的数字なんて、だれも求めていないし」
「だって、答えが湧いてきてしまうから」
 ポリポリと頭をかく。
「ロマンも何もあったものじゃないわね」

「ところでパセリ。ここに来た目的は?」
 質問すると、パセリは思い出したとばかりに、ポンと手を打つ。
「そうだったわ。明日レイモンド君とバジルを冒険者組合に登録に行こうと思うの」
「必要なの?」と聞くと、組合登録をすることの利点を教えてくれた。
「まず、身分証明かしら。ギルドでカードを作ってもらえれば、最低限の身分保障になるわ。今はあたしの親戚ってことで話を付けているけど、一人で行動するときもあるでしょ?」
「なるほど。ベテルギウス市のセキュリティは厳重そうだし、身分証明は欲しいかも」
 ずっとパセリにおんぶにだっこでは、申し訳ない。身分証明書は確かに必要だろう。
「闘技場も使えるようになるわ。これから更なる強敵が襲ってきたときに備えて、あたしたちもレベルアップしなきゃいけないし」
「なるほど。次の敵に、カメレオン大佐のような明らかな弱点があるとは限らないからね」

「カメレオン大佐……。仲間の仇だったのに、あんなにあっさり倒されちゃうなんて、あたしの苦労はなんだったのかしら。でも白装束集団の精鋭部隊の強さは、カメレオン大佐の比じゃないわ。あたしも足手まといにならないように、修行しないと」
「足手まといなんて思ってないよ」
「でも、危害が及ばないようにと遠慮はしてる。これでもオリオン王国の救世主と呼ばれるくらいには、強いのよ。サイデル君に修行を付けてもらえれば、少しは力になれると思うの」
 パセリは力こぶを作る。

「なるほど。それだったら、うってつけの場所があるよ。明日冒険者登録が済んだら早速行ってみよう」
「どこかしら?」
「南の山の中にある、龍の祠(ほこら)だよ」
「龍の祠?」
 そんな場所あったかなと首をかしげるパセリ。
「龍の生息地さ。あそこにはモンスターが沢山封印されているから、いい修行になると思うよ」
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