15 / 18
第一章 封印の書
【1.13】ベテルギウスの宿屋にて
しおりを挟む
白装束のカメレオン部隊を退けたことで、当面の危機は去った。呆気ない幕切れだったが、奴らが再び襲ってくるまでの時間は稼げたと思う。もちろんこれはその場しのぎに過ぎない。白装束も体勢を立て直して、より強力な部隊を準備するだろう。
「やれやれ」と深いため息をつく。
せめてオレがサイデルということが、バレていなければいいのだが。
悩んでいても仕方がない。一月くらいはなんとかなるだろう。
オレたちは古都ベテルギウスの宿屋に戻って、一晩を過ごすことにした。
宿はパセリが選んだだけあってとても豪華だった。エントランスはピラーレスで広々としており、真っ白な大理石がいくつものシャンデリアの光を反射して、煌びやかに輝いていた。
一番の売りはプールサイズの露天風呂だ。ヒノキが香る浴槽と、体の芯まで温まる弱アルカリの源泉はベテルギウスの名物らしい。
「レイモンド様、温泉ですよ、温泉。一緒に入りましょう」
高級ホテルに慣れていないバジルは大はしゃぎだ。オレの服を引っ張って、女風呂に引き込もうとする。
「なんでだよ」とバジルをキッとにらんだ後、パセリに目を向ける。
「レイモンド君はまだ六歳だから、女風呂でも大丈夫よ。お姉さんもついているし」
いや、オレの中身は何十億歳の邪神なんだが。バジルの影響か、パセリも変な色に染まってきている気がする。二人とも見た目は可愛らしい女の子、という自覚を持ってほしいのだが。
「レイモンド様。心配しなくても、ちゃんとお体をくまなく洗って差し上げますから」
バジルは舐めるようにオレを見ている。おーい、まともな奴はここにいないのか?
助けを求めて黒猫を見たが、毛繕いで知らんぷりされた。
――
風呂騒動も一段落して、オレは屋根の上に寝転がって夜空を眺めていた。
「落ち着くな」
満天の星の美しさは、この世界に来ても変わらない。薄っすらと漂うサクラの香りが鼻孔を満たす。まだ冷たい春風が頬にあたって、シャツの下の地肌をくすぐった。ピリッとした空気の感触に爽快感を覚えながら、しばしの静寂を楽しんでいると、声がした。
「ここにいたんだ」
パセリだった。なぜかこちらを見て、懐かしそうな顔をしている。
「あっ、パセリ。どうしたの?」
パセリは髪をくるくる弄りながらほほ笑んだ。
「レイモンド君は、星が好きなの?」
「どうだろう。癖みたいなものだから」
なぜオレは飽きもせず、毎晩空を見上げているだろう。
「やっぱり似ているわ、まるで生き写しね」
意味が分からず、聞き返す。
「誰に?」
パセリは少し考えた後、オレの肩を優しくたたいた。
「内緒よ内緒。それにしても奇麗よね。この宇宙に人間が住める星ってどれくらいあるのかな?」
どれくらいかな、と頭をひねっていると自然に答えが湧いてくる。
「えーっと、たしか三億四千二百五十二。そのうち実際に人間がいるのは六十七」
数字を聞いたパセリの声が上ずった。
「えぇぇ!? ちょっと待って、レイモンド君。そんなことも分かっちゃうの?」
「情報が古かったかな。ここ三千年で滅ぶ可能性があった惑星は二個だから……」
不正確だと指摘されると思って補足したが、どうやら違ったようだ。
「いやいや、そうじゃなくて。普通は『きっとどこかに同じように星空を見上げている人がいる』とか、想像を膨らませて会話をするものよ。具体的数字なんて、だれも求めていないし」
「だって、答えが湧いてきてしまうから」
ポリポリと頭をかく。
「ロマンも何もあったものじゃないわね」
「ところでパセリ。ここに来た目的は?」
質問すると、パセリは思い出したとばかりに、ポンと手を打つ。
「そうだったわ。明日レイモンド君とバジルを冒険者組合に登録に行こうと思うの」
「必要なの?」と聞くと、組合登録をすることの利点を教えてくれた。
「まず、身分証明かしら。ギルドでカードを作ってもらえれば、最低限の身分保障になるわ。今はあたしの親戚ってことで話を付けているけど、一人で行動するときもあるでしょ?」
「なるほど。ベテルギウス市のセキュリティは厳重そうだし、身分証明は欲しいかも」
ずっとパセリにおんぶにだっこでは、申し訳ない。身分証明書は確かに必要だろう。
「闘技場も使えるようになるわ。これから更なる強敵が襲ってきたときに備えて、あたしたちもレベルアップしなきゃいけないし」
「なるほど。次の敵に、カメレオン大佐のような明らかな弱点があるとは限らないからね」
「カメレオン大佐……。仲間の仇だったのに、あんなにあっさり倒されちゃうなんて、あたしの苦労はなんだったのかしら。でも白装束集団の精鋭部隊の強さは、カメレオン大佐の比じゃないわ。あたしも足手まといにならないように、修行しないと」
「足手まといなんて思ってないよ」
「でも、危害が及ばないようにと遠慮はしてる。これでもオリオン王国の救世主と呼ばれるくらいには、強いのよ。サイデル君に修行を付けてもらえれば、少しは力になれると思うの」
パセリは力こぶを作る。
「なるほど。それだったら、うってつけの場所があるよ。明日冒険者登録が済んだら早速行ってみよう」
「どこかしら?」
「南の山の中にある、龍の祠(ほこら)だよ」
「龍の祠?」
そんな場所あったかなと首をかしげるパセリ。
「龍の生息地さ。あそこにはモンスターが沢山封印されているから、いい修行になると思うよ」
「やれやれ」と深いため息をつく。
せめてオレがサイデルということが、バレていなければいいのだが。
悩んでいても仕方がない。一月くらいはなんとかなるだろう。
オレたちは古都ベテルギウスの宿屋に戻って、一晩を過ごすことにした。
宿はパセリが選んだだけあってとても豪華だった。エントランスはピラーレスで広々としており、真っ白な大理石がいくつものシャンデリアの光を反射して、煌びやかに輝いていた。
一番の売りはプールサイズの露天風呂だ。ヒノキが香る浴槽と、体の芯まで温まる弱アルカリの源泉はベテルギウスの名物らしい。
「レイモンド様、温泉ですよ、温泉。一緒に入りましょう」
高級ホテルに慣れていないバジルは大はしゃぎだ。オレの服を引っ張って、女風呂に引き込もうとする。
「なんでだよ」とバジルをキッとにらんだ後、パセリに目を向ける。
「レイモンド君はまだ六歳だから、女風呂でも大丈夫よ。お姉さんもついているし」
いや、オレの中身は何十億歳の邪神なんだが。バジルの影響か、パセリも変な色に染まってきている気がする。二人とも見た目は可愛らしい女の子、という自覚を持ってほしいのだが。
「レイモンド様。心配しなくても、ちゃんとお体をくまなく洗って差し上げますから」
バジルは舐めるようにオレを見ている。おーい、まともな奴はここにいないのか?
助けを求めて黒猫を見たが、毛繕いで知らんぷりされた。
――
風呂騒動も一段落して、オレは屋根の上に寝転がって夜空を眺めていた。
「落ち着くな」
満天の星の美しさは、この世界に来ても変わらない。薄っすらと漂うサクラの香りが鼻孔を満たす。まだ冷たい春風が頬にあたって、シャツの下の地肌をくすぐった。ピリッとした空気の感触に爽快感を覚えながら、しばしの静寂を楽しんでいると、声がした。
「ここにいたんだ」
パセリだった。なぜかこちらを見て、懐かしそうな顔をしている。
「あっ、パセリ。どうしたの?」
パセリは髪をくるくる弄りながらほほ笑んだ。
「レイモンド君は、星が好きなの?」
「どうだろう。癖みたいなものだから」
なぜオレは飽きもせず、毎晩空を見上げているだろう。
「やっぱり似ているわ、まるで生き写しね」
意味が分からず、聞き返す。
「誰に?」
パセリは少し考えた後、オレの肩を優しくたたいた。
「内緒よ内緒。それにしても奇麗よね。この宇宙に人間が住める星ってどれくらいあるのかな?」
どれくらいかな、と頭をひねっていると自然に答えが湧いてくる。
「えーっと、たしか三億四千二百五十二。そのうち実際に人間がいるのは六十七」
数字を聞いたパセリの声が上ずった。
「えぇぇ!? ちょっと待って、レイモンド君。そんなことも分かっちゃうの?」
「情報が古かったかな。ここ三千年で滅ぶ可能性があった惑星は二個だから……」
不正確だと指摘されると思って補足したが、どうやら違ったようだ。
「いやいや、そうじゃなくて。普通は『きっとどこかに同じように星空を見上げている人がいる』とか、想像を膨らませて会話をするものよ。具体的数字なんて、だれも求めていないし」
「だって、答えが湧いてきてしまうから」
ポリポリと頭をかく。
「ロマンも何もあったものじゃないわね」
「ところでパセリ。ここに来た目的は?」
質問すると、パセリは思い出したとばかりに、ポンと手を打つ。
「そうだったわ。明日レイモンド君とバジルを冒険者組合に登録に行こうと思うの」
「必要なの?」と聞くと、組合登録をすることの利点を教えてくれた。
「まず、身分証明かしら。ギルドでカードを作ってもらえれば、最低限の身分保障になるわ。今はあたしの親戚ってことで話を付けているけど、一人で行動するときもあるでしょ?」
「なるほど。ベテルギウス市のセキュリティは厳重そうだし、身分証明は欲しいかも」
ずっとパセリにおんぶにだっこでは、申し訳ない。身分証明書は確かに必要だろう。
「闘技場も使えるようになるわ。これから更なる強敵が襲ってきたときに備えて、あたしたちもレベルアップしなきゃいけないし」
「なるほど。次の敵に、カメレオン大佐のような明らかな弱点があるとは限らないからね」
「カメレオン大佐……。仲間の仇だったのに、あんなにあっさり倒されちゃうなんて、あたしの苦労はなんだったのかしら。でも白装束集団の精鋭部隊の強さは、カメレオン大佐の比じゃないわ。あたしも足手まといにならないように、修行しないと」
「足手まといなんて思ってないよ」
「でも、危害が及ばないようにと遠慮はしてる。これでもオリオン王国の救世主と呼ばれるくらいには、強いのよ。サイデル君に修行を付けてもらえれば、少しは力になれると思うの」
パセリは力こぶを作る。
「なるほど。それだったら、うってつけの場所があるよ。明日冒険者登録が済んだら早速行ってみよう」
「どこかしら?」
「南の山の中にある、龍の祠(ほこら)だよ」
「龍の祠?」
そんな場所あったかなと首をかしげるパセリ。
「龍の生息地さ。あそこにはモンスターが沢山封印されているから、いい修行になると思うよ」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ダークエルフ姉妹と召喚人間
山鳥心士
ファンタジー
銀髪褐色のダークエルフであるイルザ・アルザスは森の妖精の悪戯によって謎の祭壇へ迷い込む。
「あなたを守護すべく召喚に応じました。」
そう告げる記憶が曖昧な人間の少年グレン・フォードはイルザと共にこれから始まる、”妖精の輝剣”を巡る避けられない戦いに身を投じる。
美しいダークエルフ姉妹と召喚された人間の少年が繰り広げる、様々な武器の使い手と戦う冒険ファンタジー!
むしゃくしゃして喚んだ。今は反省している。
浅田椎名
ファンタジー
一話2~3分で読めます。
会話文多め。
神話の神様がたくさん出てきます。
―――――
あたしはアマノウズメ。
神の国『高天原』の主・アマテラス様に使える芸能の女神よ。
ちょっと聞いてよ!
あたし今、すっごくむしゃくしゃしているの!
今日は召喚の儀式を行わなきゃいけないのに、アマテラス様ったらまーた引きこもっちゃってさ。
あたしにその役目を押し付けたのよ。
「今日はなんか降りてこない~」ですって!
芸能の神の前で芸術家気取りかよ!つーか神様が神待ちしてどーすんのよ!
まったく、あの年増め…!
我が主ながら何て自分勝手な人なのかしら!
こうなったらあたしもテキトーにやらせてもらいますからね!
あとは野となれ山となれよ!ふんっ!
魔物になろうズ!
鳥ふみと
ファンタジー
『異世界から帰還した俺に聞きたい事ある?』
異界人が無料ゲームを提供したのでプレイしてみたら神過ぎて死傷者多数
あえてラノベ風に言えば、そんな事が発端だった。
鎧の中でデスナイトの美女とアレコレあったり。魔王がサキュバス系であったり、などなど。
巨大掲示板でアップされたMMORPG板の新規スレッド
このスレは異世界からの罠なのか?
※小説家になろう さんの方でも掲載させていただいています。
ゲームキャラがゲーム会社に果たし状
あー
ファンタジー
進まな世界。同じ時間を繰り返す世界……
主人公になれず、脇役にもなれなかったモブの少年が主人公や脇役たちには出来なかったことをやり遂げる。
ただ、彼女を死なせない
そのためだけに世界に抗い、ついに現実のゲーム会社にも影響を及ぼす。
◇◇◇
こんなつまらないハッピーエンドなら僕が最高のバットエンドに変えてあげる。
私は、もう誰も信じない、信じられない。
なんで、みんな私の邪魔をする?!私の幸せを邪魔しないで!
◇◇◇
幾多の思いが交差し全てのピースが揃うとき物語は動き始める。
転生したらついてましたァァァァァ!!!
夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」
あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。
だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉
消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。
イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。
そんな中、訪れる運命の出会い。
あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!?
予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。
「とりあえずがんばってはみます」
ミコの女たち 第三短編集 パープル・ウィドウ・コレクション 【ノーマル版】
ミスター愛妻
ファンタジー
ヴィーナス・ネットワーク・ワールドの有力惑星マルス。
移住に多大な貢献をした男たちの妻には、名誉刀自という位が贈られ、ささやかながら年金も支給されている。
しかし、彼女たちはお金には困らない。
地位も名誉も最大級、ゆえに彼女たちの影響力は計り知れない……有閑マダムといってよい、ご婦人方である。
そこへ惑星テラの後始末が、有閑マダムたちに、いつのまにかのしかかってきた。
テラの住民はご婦人方を特別にこう呼んだ。
パープル・ウィドウ、紫の未亡人と……
惑星エラムより愛を込めて スピンオフ 『ミコの女たち』シリーズの第三短編集。
本作はミッドナイトノベルズ様に投稿していたものから、R18部分を削除、カクヨムで公開しているものです。しかしそうはいってもR15は必要かもしれません。
一話あたり2000文字以内と短めになっています。
表紙はルイス・リカルド・ファレロ 天秤座でパブリックドメインとなっているものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる