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第5話『……だから』

(032)【4】……だから(1)

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 魔術にかかわる騒動は、魔術機関オルファースの管轄になる。
 国民公園の森を焼いたのは魔術の火であったと、魔術師が告げた。
 ヒルド国の治安を維持する治安局の消防課は、大火事を目の前に皆指をくわえて見ていただけ、国民の安全を守るのが仕事だと言う王国騎士団の騎士達も、ごうごうと燃え続ける炎をただ眺めるのみ。
 その火が魔術の火か、自然発火によるもなのかという事は、魔術師でなければ判断がつかないものだから、治安局の人間達はぶうぶうと不満をならし、活躍の場を奪われたと上司に「なんとかならんのですか!?」と食ってかかっていた。
 役に立ちたいという一心の行動なので「まあまあ」となだめすかされて終わっていたが、“それ”──公園の火が消されていく例の魔術を目の当たりにした時には、彼らは言葉をごっそり忘れてしまったかのように、何も言わなくなった。
 得体の知れない力が、しかし確かに短時間で火を消し、また森の木々を修復してゆくのである。例の魔術の薄桃色も霧のようなものが消え去った辺りから、ちびっこ達、十歳前後の第九級、第八級の魔術師見習いが走り始めた。ついには、子供達から「おじさん達じゃま!」と治安局員、騎士団員は公園の外へと押い出されてしまった。
 火も収まり、柔らかい光を放っていた薄桃色の霧もすっかり消えてしまうと、辺りは闇に包まれ始める。その中、ちびっこ達が手に納まる程度の石ころを持って駆け回っていて、彼らは暗い場所に立つとその石を地面に置いて何がしか動く。
 魔術師でもない治安局員や、魔術に疎い騎士団員には何をしているのかさっぱりわからない。しかし、すぐに理解する。石に明かりを灯したのだ。普段から街灯に明かりとつけるように。
 森中に石は置かれてゆき、森の惨劇はよりはっきりと人々の目に映るようになる。
 火は消えたのだから何か手伝えるかもしれないと、治安局、騎士団上層部が、オルファース魔術機関デリータ総監や第一級魔術師達が集まっている場所へと向かった。が、彼らは空にいて、大声で彼らを地上へ呼ぶという手間がかかった。
 彼らは大層忙しくしていたようで、一人だけ、三十歳半ばであろうか、いかにもしぶしぶと男が降りて来た。
 男は全身、煤と汗で汚れ、ローブはところどころ焦げて穴が空いていた。赤い髪はぺたりと頬にはりつき、かなり疲れている様子だった。彼はぶっきらぼうに言葉を発した。
「──何か?」
 手伝いたい旨を伝えると、男はちょっと思案した後こう言った。
「国民公園内に人が入らない様にしてください。火は消えましたが後処理をこれから行います。そちらの方が、時間がかかりそうでね」
 つまらない役目だと思いつつも、何か出来るならと請け負うが、その男に次いで、降りて来た別の若い男の言葉にカチンとくる。
「アンタ達も入るんじゃねーぞ、邪魔なんだからよ」
「アル! お前そういう事を──」
「総監が呼んでるぞ、とっとと戻れよギル」
 カチンと来たものの、その若い男もまた煤塗れ、汗塗れである。くたびれている、という様子はないが、火を消す為に全力を尽くしたのかと思うと、引き下がるしかない。国民公園の周囲に縄を張り、交代で見張りを立てて封鎖した。
 ──魔術を理解できない我々は、本当に邪魔なのであろう……腹立たしいことではあるが、仕方ない。
 時折、背後や夜空を見上げると、魔術師達はひっきりなしに手元に青白い光を灯して何かしているようだった。夜がふけ、明け方になっても続いた。
 見張りは、次第に魔術師達の数が減りゆく事に気付く。
 額に手を当て森の奥を覗き込む。目を細めて見ると、気を失ったらしい、グッタリとした魔術師を背に負った者が、オルファースへと戻っていく。そういう光景は時間を追う毎に増えた。
 朝陽も昇りきった後、昨日の三十歳半ばの男が現れた。
 疲労の具合は昨夜と比べ物にならない。青い顔をし、頬がこけているように見えた。しかしそれは、魔術師達全員に言えた。彼らは、力を使い果たしたのかもしれない。
「大体終わりました。ですが、これから十日間程、誰も中に入れないようにしておいて下さい。いかなる魔術が使われ火が点けられたかという調査が、まだですから……」
 吐き出すように言葉を発する男。しゃべるのも苦痛であるかのようだ。それでも「何故十日も必要か? 明日調査出来ないのか?」と問えば、男は力無く笑った。
「いやいや、情けない話ですが、オルファース魔術機関はこれより十日、その機能の大半を停止します。その為ですよ」
 どういう事が理解しきれず「何故?」と重ねて問おうにも、男はさっさと去ってしまう。疲れた、もう嫌だ、などとこぼしながら。



 魔術機関オルファースは、十日間の魔術機関機能の縮小を宣言した。
 宣言をしたのはデリータ・バハス・スティンバーグ総監。宣言後、彼女はすぐに下がってしまう。その説明を行ったのは、有名で誰でも顔か名くらいは魔術師でなくとも知っている、という副総監達ではなく、第一級の魔術師、第二級、第三級の魔術師でもなかった。
 彼は第四級の魔術師だと言って名乗った。彼の後ろには十数人、似たような格好の魔術師がいた。縮小された魔術機関の副総監以下の代理を十日間務めるというのである。
 聡い、あるいは多少なりとも事情に通じた者は理解した。
 昨夜の火を消すのに、上級の魔術師達は皆力を使い果たし、その回復に十日はかかるのだろう、と。
 しかし、一部の人間達は、消火に全力を傾けた魔術師達に対し、休みすぎじゃないのかと、さっさと公園の調査を済ませてしまえ、何が起こっていたのか説明すべきだ、だの、怠慢だ、などとと声高く叫んだが、無視された。無視せざるを得なかった。
 ──魔術が魔力の放出でもってなされるという事はよく知られているが、その魔力が生命力の源の一種である事を知る者は、実は少ない。
 生命力の源、つまり魂の持つ力を放出し続けた魔術師達。当然ながら、使いすぎればその先にあるのは『死』だ。
 文字通り命を燃やし、『死』のせまる極限近くまで、上級魔術師達は術を使い続けた。都を燃やしてしまわぬよう、森を一日でも早く元へ戻るよう、術を使い続けた。
 結果、オルファース魔術機関は十日間も主要機能を麻痺させることになった。
 ……上位三級を取得している者は皆、大火の日から十日前後、ベッドから起き上がれなくなってしまった……というわけである。
 ギルバートしかり、アルフィードしかり、ネオ、シャリー、またシャリーがあの性格だけは大嫌いだと公言するリーナも、である。ただし、デリータ総監は休養を申し出ていない。だが彼女一人居たところで、組織は機能しない。大まかな指示を代理の第四級魔術師達に出しつつ、総監は総監で、王城からの喚問に応じなくてはならない。
 誰にも知られる事なく、であるが、例の古代ルーン魔術の使い手は、ふらふらと家へ帰り、自室に辿りつくと三日間昏睡した後、七日間ベッドから起き上がれず、加えて大きな風邪をひいてしまい、結局十三日間も仕事を休んだ。後に「もう、死んだかと思った」と笑い話にも出来ずに青い顔で語った。「死ぬかと思った」ではなく「死んだかと思った」と。それ程に消耗したのである。
 魔術師は上級になればなるほど、魔術を使わなくなる傾向がある。大きな魔術を使うと自然のバランスを崩してしまいかねず、どのような影響が出るか全てを把握するのは難しい。
 後始末が面倒臭いという理由もあって、むやみに使うべきではないと言う。一方で、魔術によって歪められた自然の法則を修復させる為には、全力を振るう。矛盾するようだが、それが魔術師の精一杯。
 基本的に魔術とは、自然を侵し、バランスを崩すものである。本来の流れに魔術師個人の志向を乗せるのだから。それらもまた、魔術師以外の、魔術にほとんど縁のない生活を送る王都の民には、知った事ではないという一言で片付けられるてしまう事なのだが。


 大火事から十二日経った日の事。
 ユリシスが風邪に沈んで、自室のベッドの上でごろごろしていた時。
 火にあぶられて毛先が傷んでしまい、腰まであった髪を肩下少しの辺りまでに切った高貴な美少女、第二級魔術師シャリーが下町に現れた。
 古代ルーン魔術の奇跡が終わり、火も消え、時計塔を守らなくても良くなった時、シャリーはネオと共に総監の元へ飛び、指示を仰いだ。その後、ネオと別れて森の修復に走り、それも終えるとオルファースに戻った。眩しい朝陽が昇る中、今にも倒れこみそうになっていたシャリーの元へ、一緒にサーカスを見た子供イワンとその兄ヒルカが駆け寄り、ユリシスが見つからないと訴えた。
 実際は晩の内、火が消えた直ぐ後でユリシスはこっそりと自宅へ帰っている。しかし、イワン兄弟達はどこかにいるのかもしれない、火に巻き込まれたのかもしれないと探し回っていたのだ、ユリシスの家以外を。
 その場は「私が探すから」と応じ、二人を家に帰したシャリーだったが、公園内に戻ってしばらく、もつれる足を運びながらユリシスの名を呼んだが、ふいと意識を失い、倒れてしまったのである。
 そのように倒れてしまった魔術師は、その日、少なくなかった。彼らの手当は第四級、第五級の魔術師達が行った。また彼らの手によってオルファースの緊急時措置への移行の実務も行われた。
 第四級、第五級とはいえ、年齢層の幅は広い。下は十六、十七歳の若い者から、上は六十、七十、八十歳の経験豊かな者達まで揃っている。何か大きな決定はデリータがする、十二分に事は足るのだ。
 倒れてしまったシャリーは、森の中を巡回していた魔術師達に発見され、彼女の邸まで運ばれたのだった。
 目を覚ました瞬間、出した声は「ユリシス!? どこ??」である。倒れる前の続きだ。
 シャリーはプライドが高い。
 それは、貴族の血だとか、生まれに対してではない。第二級魔術師であるという事に対するものでもない。
 ──己が成すべき事は最後まで成す、という強い責任感の持ち主。自身が自身に課す責任に対するプライドが、高い。
 シャリーは起き上がれるようになって、しかし家の者に安静にしているよう言われてしまったので、それから三日間経ってようやっとオルファースへ報告に出た。
 目覚めてすぐの時点で、知り合いの魔術師に連絡をとってユリシスを探してもらおうとシャリーは筆を取ったが、家の者に止められ、手紙はもみ消されている。元々、シャリーが魔術師の道を選んだ事に対して、今でも家の者は好意的ではないから。
 オルファースでは、副総監の一人ギルバートが既に職務についているようだったが、ネオの姿は見えなかった。落ち着かないシャリーに、ネオは四日前にはオルファースに姿を見せ、今は森の調査に加わっていると、ギルバートが教えてくれた。ホッとした。
 だから、シャリーはそのまま、下町を訪れた。
 『きのこ亭』に着く前にイワンに発見されたシャリーは、ユリシスが家に帰って来ていた事を聞かされ、胸のつかえが全て取れ、落ち着いた。
 しかし、風邪をひいて寝込んでいるという話を聞くと、見舞いに行かなくてはと『きのこ亭』に足を向けた。それに気付いたイワンはもごもごと「……でも、入れてくれないヨ」と、はっきりしない小さな声で呟いて、走り去った。
 シャリーはよく聞き取れなかったという事もあるが、ちゃんと自分の目でユリシスの無事を確認したいと思い、『きのこ亭』の前に立ったのだ。
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