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黎明編(~8歳)

雪の日の邂逅④ 冒険者の子供

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 パトリシアにとって、領内の村を訪れること自体は初めてではない。
 村と呼ばれていたが、建物の様相は街の方が相応しい。
 メインストリートは2~3階建てのレンガ作りの建物がずらりと並んでいる。壁は白塗りで四つ角をレンガで装飾している。屋根もオレンジ色に近い大きめで丸みのある瓦で覆われている。

 パトリシアが今まで訪れていた領城より山側の、中小動物の狩猟や牧畜で暮らしていた村の雰囲気とはだいぶ違う。あちらは牧草地の横に木組みの壁に囲われた土地があり、それが村だった。魔獣対策の壁の内側には丸太のログハウスが転々と散らばっていたのだ。

 この村のメインストリートは露天も並び、都会の村──のように見えた。
 城下町が石畳を敷いて舗装されているのに対し、この村は土の地面。壁の内側に入ってしまえば、ぱっと見の違いは少ない。広さは城下町からすればぐぐっと少なく、跳ね橋から村に入り、村の反対、向こう側の跳ね橋が通りの奥に見えるほど。
 前世の記憶というものに照らせば、あの頃、通勤に使った最寄り駅への通り道、商店街の距離と賑わいだ。

 通りのど真ん中辺り、きっと村祭りもそこでやるのであろう広場まで馬を進めた。チャド団長が先に馬を降り、パトリシアが馬を降りるのを手伝ってくれた。

 やはり、村人達は好奇心か、前のめりでちらちらと見てくる。また、ざっと数えて百名ほどだろう──魔獣の毛皮などで作ったであろう防具・装備類を身につけた冒険者らは数歩下がってひそひそと話し始めている。
 身分の隔たりが大きい冒険者と貴族だが、その距離は遠すぎない。貴族が冒険者を囲う──出資者パトロンに名乗り出ることもある。そう、過去世の物語の悪役令嬢レディヴィランパトリシアが王都で暗躍するのに手駒として使ったように。

「ようこそ。アルバーンの姫君。我らラビア村の者は皆、姫様を歓迎いたします」
 齢五十過ぎほどの、村の中でも身なりのしっかりした男性が片膝をついてお辞儀をした。騎士の礼らしき所作は見よう見まねとわかる。庶民が貴族社会の慣例を知っていることはまれなので、彼が頑張ってもてなそうとしていることが推し量れる。

「ありがとう。足手まといにならないよう気をつけるので、少しの間、村に滞在することを許してね」
「そ、そんな! 滅相もございません! かの高名なジェラルド様のご息女様、お目もじつかまつりまして、私などはきっと子孫へ代々語り継ぎますぞ!」

 過去世の記憶──物語の中で、王都で貴族は畏怖の対象だったようにパトリシアは感じていた。実際、王都で馬車を走らせてみれば民は慌てて道を空ける。馬車から目をそらしたり、極端な者は道の端で土下座していたりした。
 王都には国中から貴族が集まっているという事情もあり街中の警邏けいらも頻繁で厳しい。隔たりは自然と大きなものになっていた。

 各領は王都と違って魔獣退治もたびたび必要で、騎士団は領内の街や村をよくまわる。騎士にもなると一代限りの爵位を持っている者も多い。いわゆる庶民上がりの騎士である。
 村人達の比較的好意的な視線は物珍しさもあるだろうが、騎士が近い距離にあったことで領内で貴族位と庶民は近い関係が築かれていたのかもしれない。
 そうでありながら、生まれてから5歳までを王都で過ごしたアルバーン領の総領姫パトリシアはまた別格と言える。

 流行の最先端、王都においても王族に継ぐ公爵位ご令嬢。ついでに言えば妖精姫と噂の美少女であることはゴシップ記事を楽しむように庶民には伝わっていた。
 また、冒険者達の視線は明らかに『ジェラルドの娘』として品定めが含まれている。ひそひそと話すのは隠しきれずに広がっている『魔力ゼロの娘』という国中がガッカリした噂への言及だろう。
 令嬢の意地として顎を下げず、真っ直ぐ前を見るパトリシア。下手な振る舞いは為政者層の威を挫きかねない。

 そのときだ。
「──チャドォォオアアア!! 勝負だ!! オレと勝負しろ!!」

 ひとりの少年がパトリシアの目の前で踏みきり、飛び上がってチャドに長剣を振り下ろした。跳躍力は凄まじく、大男のチャドの頭上まで躍り出ている。
 ──しかし、チャドはすっと右足を下げ、半身ずらすと少年の剣を握る腕をあっさり掴み、容赦なく地面に叩きつけた。

「──ぐぇえ……」
「今日は仕事だ。大掃討が終わってからにしろ、カーティス」
 仰向けに倒れていた少年はうつ伏せ四つん這いになったあと、咳き込んでいる。
 パトリシアとしては目を白黒させるしかない。

「あー……くそ……警戒モード最大かよっ」
 毒づいた次の瞬間、トンっと軽く飛び、直立で着地している少年。体幹の良さが並ではないことがパトリシアにでもわかった。

 カーティスはぐいっともふもふ皮の帽子をかぶり直して、チャドを見上げた。
「ぜってぇ倒す!」
「お前のところのマスターはどうした? 話をつけておかんとな」
 パトリシアも見慣れない厳しい顔つきのチャド。これには少年カーティスも怯んだ。
 その目が、パトリシアとぴたっとあった。

「うおっ!? うおぉ!?!? うおーーー!?!? なにこれ!?!? え??? かわっ、可愛っ、可愛いっ!! おいチャドこれ!!」
 さすがに少年の帽子の上からチャドのげんこつが落ちた。

「カーティス、少しは礼儀を学べ。この方はアルバーン領総領姫たるパトリシア様だ」
 ぽかんとパトリシアを見つめるカーティス。
 カーティスの年はパトリシアに3つ上。双子よりは一つ年上になる。

「トリシア様、これはこの辺の大規模ギルドの元締めマスターの息子カーティスです。いずれ縁もありましょう」

 パトリシアの冒険者に関する知識はまだ前世の記憶の物語の中で説明されたものしかない。それによると冒険者は冒険者組合に管理され、個々人が登録。パーティーを組んだり、さらに大きなギルドとして群れる。
 カーティスはそこの代表の子供のようだ。

 ──それにしても……。
 と、パトリシアの目が引かれてしまうのはカーティスの容姿。

 日に灼けた褐色の肌だが、一重ながら大きな吊り目、瞳の色は鳶色。そして、帽子からはみ出ている髪の毛は黒だ。
 過去世で読んだこの物語の世界観はヨーロッパ風で、人々も典型的な白人やヒスパニックらしき人種が大半だ。なのにこのカーティスは、アジア系──前世と同じ系統の人種だ。
 パトリシア自身は初めて遭遇するというのに、無意識に懐かしさがこみ上げてくる。が、それを顔に出すのも怪しいばかりなので、必要以上に表情を消すパトリシア。

「そ、そう……そのときはよろしくね? カーティス」
「うっ…………お、おあ…………あ……」
 パトリシアが口元にだけ笑みをたたえて声をかければ、カーティスはぼぼっと頬を真っ赤にした。

 離れたところで、騎士団とは違う、統一感のあまりない鎧やローブに身を包む冒険者集団二十名ほどの団体から爆笑が巻き起こっている。
「むはっ!! これお頭案件!! すぐ報告しようぜ!!」
「がはははっ! あの問題児が口きけなくなってやがる!」
「真っ赤だ、真っ赤!! おーい、ティス坊! 初恋かぁ??」
 やんややんやとからかう声に、カーティスは顔全体を真っ赤にした。

「──……ぐぬ……お・ま・え・ら~~!! だまれぇええええっ!!」
 カーティスはパトリシアに背を向けると、冒険者達の方へ低い姿勢で駆け、抜き身のままの長剣を振り回している。

「だぁっははは!! おい! 照れ隠しか!」
「おい! 坊が恋に目覚めたぞ!! 宴だ! 宴!!」
「うるせぇぇえ!! しね!! しねえ!!!」
 カーティスの剣は彼の仲間にはあっさりとかわされている。

「………………」
 パトリシアは、今まで交流のあった貴族の子ども達とは全く違うカーティスの──冒険者の様子にただ目を丸くした。

「トリシア様、特に彼らがアルバーン領では最も狩猟数を稼いでいる集団です。見聞として、覚えていかれると良いでしょう」
 チャドの言葉に頷いたパトリシアはふと気付く。
 カーティスの無謀に、やんわりと対応した結果となったことからか、他の冒険者らのパトリシアを見る目が和らいだ気がした。

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