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黎明編(~8歳)
『縁』
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驚きに思わず名前を呼んでしまったパトリシアは慌てて薄手の手袋を外した。すぐに背筋を伸ばしたまま片足を下げるお辞儀をして、目線を落とした。
後ろでは双子も慌てて手袋を外し、右手を腹に、左手を背にまわし、さらに右膝を地面に付いて騎士の礼をとる。
「──パトリシア嬢だね。久しぶり。お辞儀はいいから、顔を見せて?」
パトリシアと同じ歳のエドワードは王国騎士達の間から出てくると微笑みを交えて言った。
サーコート風のパンツスタイルのままで、貴人を前にドレスを着ていないことからパトリシアは気後れする。
「このような格好で申し訳ありません。二年前の王妃様のお茶会以来でしょう……か……」
当たり障りのない会話を続けようとエドワードと目を合わせたのだが──。
「相変わらず、可愛らしい方ですね」
にっこりと微笑まれてしまった。
パトリシアにとっては父と母がこの世で一番美しい人という認識だったが、このエドワード王子はまた別格として映っていた。
柔らかそうな白い肌やくっきりとした目元、涼しげな翠色の瞳は深く広く、吸い込まれてしまいそうなのだ。
──過去世の記憶の物語でパトリシアがのめり込んだのも、少しわかってしまう……。
極力表情を消してまっすぐエドワードを見る。一方、エドワードの方は満面の笑みなのだ。
──なにこれ……?
「領地に移り住んだと聞いてガッカリしていたんです。会えて良かった」
3歩空いていた距離はすぐに埋まり、ドレスの代わりにマントを摘まむ手をとられてしまった。
「ジェラルド殿もなぜあなたを手元に置かないのでしょうね?」
エドワードの意図をはかりかね、パトリシアは瞬きを繰り返す。
「……父には、私からお願いをして領に置いてもらっています」
「うん、だから何故かなと」
掴まれていた手を見ていれば、手はぐんぐんと持ち上げられ──パトリシアより少し背の高いエドワード王子の顔までたどり着き、再び目があった。
「私は君に会える日が増えればいいのにと思ってるんだけど」
瞬ぎひとつなく、パトリシアのアイスブルーの瞳を覗き込んでくる。
その獲物を捕らえる肉食獣のような瞳には、パトリシアの記憶にはないが、過去世の記憶の中に見覚えがある気がした。
「ジェラルド殿は君が愛しくはないのかな。私なら、側に置いて離したくはない──」
「殿下っ!」
止めたのは壮年の騎士だ。一歩でエドワードとパトリシアの横に立つと「失礼いたしますぞ……」と言ってパトリシアの手をそっとエドワードから解放し、おろしてくれた。
騎士はそのままエドワードの傍らに跪いた。
「えー……エドワード殿下? それ以上はどうぞ……またの機会に、えージェラルド殿がおられる時になさいまして……本日は、本日のご予定がおありですよね?」
苛立ちを逃がすためか、エドワードは目玉を上へ流したあと、あからさまにため息を吐き出した。
「わかっている」
パトリシアの隣まで踏み出し、エドワードは下を向いたままだった双子に話しかける。
「エドワード・アエリオ・エストリークだ。君達がアルバーンの稚竜、ノエルとクリフか?」
「ノエル・ソー・バンフィールドと申します」
「クリフ・リー・バンフィールドです」
二人は無表情のまま、誰何に従い名乗った。
「私は父──陛下にいずれ側近となる子供を己の目と耳で探すよう言われている。そこで何かと噂の君達の父君に掛け合ったところ、本人に問えとのことだった」
騎士が止めたように、エドワードの用向きは双子への訪問だった。
「君達には王都へ来てもらいたい。だが、陛下に無理強いはならないとも言われている。どうだろう?」
即座に「俺は──」と顔を上げるクリフをノエルが制した。
「身に余る光栄です。私共はご覧の通りまだまだ未熟。殿下のお側へ侍るにはさらなる研鑽を積みたく存じます」
「いつまでだ?」
「少なくとも、慣習に倣って学園へあがるまでは──」
「それでは来ないと言っているのと同じだ。お前たちの気持ちはわかった。私も他をあたる。あとで機会を逃したと悔やむかもしれないぞ?」
「──……」
否定も肯定もせず、ノエルもクリフも下を向いて沈黙した。
エドワードは真横のパトリシアの方へ体の向きを変えた。
慌ててパトリシアもエドワードの方を向きつつ、半歩下がって膝をゆるく折る。
だが、その半歩すら詰め、エドワードは再びパトリシアの手をとった。
「パトリシア嬢? 文を送ってもいいだろうか?」
「──……え、は、はい」
たったいま双子が近習を蹴ったばかりで、たかが手紙までを拒否出来るはずもない。
「よかった」
戸惑うパトリシアにエドワードは花が開くような満面の笑み。
「城に戻り次第すぐに書きますから、必ず返事をくださいね」
そう言ってエドワードは騎士らを引き連れて去っていった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は唐突な面会となったエドワード王子の去った下城への回廊を眺め、無言になるしかなかった。
「トリシア……お前、あれ…………その、口説──ぐっ」
ノエルがクリフのわき腹に肘鉄を入れて言葉を強制終了させた。
「トリシアはエドワード殿下と面識があったんだね」
「ええ。王都に居た頃に……こんな風に手をとられたのは初めてだったけど。──あ! ノエル達はなんで断ってしまったの? 殿下の側近なんて、大出世間違いなしだと思うのだけど」
問えばノエルは曖昧な笑みを浮かべた。
「王都に居たら領を守れないからね」
「そういうことだな」
「出世欲はないの?」
「無くはないと思うけど、僕は領民を守れる騎士でありたいな」
「俺も、俺も! それにな、いま俺らが王都にあがったら、トリシアは一人になっちゃうぞ? いいのか?」
「え!? こ、困る! それは困るわ!!」
挙げだせばきりがないほど、パトリシアは双子に学び、頼っている。
先程までの深刻な顔つきはどこへやら、パトリシアのリアクションに双子は満足したように笑った。
後ろでは双子も慌てて手袋を外し、右手を腹に、左手を背にまわし、さらに右膝を地面に付いて騎士の礼をとる。
「──パトリシア嬢だね。久しぶり。お辞儀はいいから、顔を見せて?」
パトリシアと同じ歳のエドワードは王国騎士達の間から出てくると微笑みを交えて言った。
サーコート風のパンツスタイルのままで、貴人を前にドレスを着ていないことからパトリシアは気後れする。
「このような格好で申し訳ありません。二年前の王妃様のお茶会以来でしょう……か……」
当たり障りのない会話を続けようとエドワードと目を合わせたのだが──。
「相変わらず、可愛らしい方ですね」
にっこりと微笑まれてしまった。
パトリシアにとっては父と母がこの世で一番美しい人という認識だったが、このエドワード王子はまた別格として映っていた。
柔らかそうな白い肌やくっきりとした目元、涼しげな翠色の瞳は深く広く、吸い込まれてしまいそうなのだ。
──過去世の記憶の物語でパトリシアがのめり込んだのも、少しわかってしまう……。
極力表情を消してまっすぐエドワードを見る。一方、エドワードの方は満面の笑みなのだ。
──なにこれ……?
「領地に移り住んだと聞いてガッカリしていたんです。会えて良かった」
3歩空いていた距離はすぐに埋まり、ドレスの代わりにマントを摘まむ手をとられてしまった。
「ジェラルド殿もなぜあなたを手元に置かないのでしょうね?」
エドワードの意図をはかりかね、パトリシアは瞬きを繰り返す。
「……父には、私からお願いをして領に置いてもらっています」
「うん、だから何故かなと」
掴まれていた手を見ていれば、手はぐんぐんと持ち上げられ──パトリシアより少し背の高いエドワード王子の顔までたどり着き、再び目があった。
「私は君に会える日が増えればいいのにと思ってるんだけど」
瞬ぎひとつなく、パトリシアのアイスブルーの瞳を覗き込んでくる。
その獲物を捕らえる肉食獣のような瞳には、パトリシアの記憶にはないが、過去世の記憶の中に見覚えがある気がした。
「ジェラルド殿は君が愛しくはないのかな。私なら、側に置いて離したくはない──」
「殿下っ!」
止めたのは壮年の騎士だ。一歩でエドワードとパトリシアの横に立つと「失礼いたしますぞ……」と言ってパトリシアの手をそっとエドワードから解放し、おろしてくれた。
騎士はそのままエドワードの傍らに跪いた。
「えー……エドワード殿下? それ以上はどうぞ……またの機会に、えージェラルド殿がおられる時になさいまして……本日は、本日のご予定がおありですよね?」
苛立ちを逃がすためか、エドワードは目玉を上へ流したあと、あからさまにため息を吐き出した。
「わかっている」
パトリシアの隣まで踏み出し、エドワードは下を向いたままだった双子に話しかける。
「エドワード・アエリオ・エストリークだ。君達がアルバーンの稚竜、ノエルとクリフか?」
「ノエル・ソー・バンフィールドと申します」
「クリフ・リー・バンフィールドです」
二人は無表情のまま、誰何に従い名乗った。
「私は父──陛下にいずれ側近となる子供を己の目と耳で探すよう言われている。そこで何かと噂の君達の父君に掛け合ったところ、本人に問えとのことだった」
騎士が止めたように、エドワードの用向きは双子への訪問だった。
「君達には王都へ来てもらいたい。だが、陛下に無理強いはならないとも言われている。どうだろう?」
即座に「俺は──」と顔を上げるクリフをノエルが制した。
「身に余る光栄です。私共はご覧の通りまだまだ未熟。殿下のお側へ侍るにはさらなる研鑽を積みたく存じます」
「いつまでだ?」
「少なくとも、慣習に倣って学園へあがるまでは──」
「それでは来ないと言っているのと同じだ。お前たちの気持ちはわかった。私も他をあたる。あとで機会を逃したと悔やむかもしれないぞ?」
「──……」
否定も肯定もせず、ノエルもクリフも下を向いて沈黙した。
エドワードは真横のパトリシアの方へ体の向きを変えた。
慌ててパトリシアもエドワードの方を向きつつ、半歩下がって膝をゆるく折る。
だが、その半歩すら詰め、エドワードは再びパトリシアの手をとった。
「パトリシア嬢? 文を送ってもいいだろうか?」
「──……え、は、はい」
たったいま双子が近習を蹴ったばかりで、たかが手紙までを拒否出来るはずもない。
「よかった」
戸惑うパトリシアにエドワードは花が開くような満面の笑み。
「城に戻り次第すぐに書きますから、必ず返事をくださいね」
そう言ってエドワードは騎士らを引き連れて去っていった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は唐突な面会となったエドワード王子の去った下城への回廊を眺め、無言になるしかなかった。
「トリシア……お前、あれ…………その、口説──ぐっ」
ノエルがクリフのわき腹に肘鉄を入れて言葉を強制終了させた。
「トリシアはエドワード殿下と面識があったんだね」
「ええ。王都に居た頃に……こんな風に手をとられたのは初めてだったけど。──あ! ノエル達はなんで断ってしまったの? 殿下の側近なんて、大出世間違いなしだと思うのだけど」
問えばノエルは曖昧な笑みを浮かべた。
「王都に居たら領を守れないからね」
「そういうことだな」
「出世欲はないの?」
「無くはないと思うけど、僕は領民を守れる騎士でありたいな」
「俺も、俺も! それにな、いま俺らが王都にあがったら、トリシアは一人になっちゃうぞ? いいのか?」
「え!? こ、困る! それは困るわ!!」
挙げだせばきりがないほど、パトリシアは双子に学び、頼っている。
先程までの深刻な顔つきはどこへやら、パトリシアのリアクションに双子は満足したように笑った。
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