召喚士の嗜み【本編完結】

江村朋恵

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【Last】Summoner’s Tast

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エピローグ

 建国記念式典というものがこの日の夕刻から始まる。
 遅い時間に始まるのは、花火を上げる為だ。
 城下町は朝からお祭りムード一色だが、花火の前後にパーティのある王城では、準備に侍女らがあちこち走り回っている。
 昼過ぎに召喚獣昇降口から王城に帰還したシュナヴィッツは、父王ラナマルカに顔を見せた後、パールフェリカの部屋を訪れた。これは既に癖、習慣になっている。
 衛兵に通され、入り口のエステリオの横を通って部屋の中央まで歩むと、溜め息で迎えられる。
「はぁ~……」
「なんだ、元気がないな、パールは」
 パールフェリカは、ソファの背もたれの上にうつ伏せに寝転んでいた。両手両足を投げ出したまま、顔だけをシュナヴィッツの方へ向ける。
「シュナにいさま……にいさまだって、ついこないだまで踏んずけられた蛙みたいになってたじゃない。一人の時は、まだなってるんでしょう?」
「踏ん……かえ……!?」
「“唯一の召喚獣を召喚する”にいさま達は大変ねぇ。生涯一人の人しか愛せないんでしょう? その資質が無ければ“唯一の召喚獣”には選ばれないって」
「それは──噂だ、俗説。パール、また城下町に降りたな?」
「ちゃんとエステルとリディについて来てもらってますー」
 のらりくらりと、ソファの背もたれに体を投げ出したままのパールフェリカだったが、次第に真面目な顔付きに変わる。
「王都警備隊の人にも伝えてるから、お忍びって言っても周りでちょろちょろしてるの丸見えなんだけど、そこはちゃんと我慢してるわよ?」
 パールフェリカはひょいと体を起こすとソファの背もたれに座り、足を組んだ。
「楽しいわよ、色々、初めて知る事ばかり。街から帰ったらスーリヤやヘギンスにも報告してね、他にもこういうお話がありますよって聞かせてもらってるの。今は、ちょっとごろごろしてたけど、午前中、城下街に五つあるでしょう? 衛生院の診療施設。そこを慰問してたの」
 記録が主な仕事の図書院、召喚に関する研究調査は召喚院、国民の健康維持及び向上に関わる事は衛生院が司っている。
 ミラノとの絆が途絶え、パールフェリカはこの世界で唯一、癒しの力を持つ召喚獣を召喚するようになった。そのユニコーンは、生前も縁があった獣で、城裏には墓もある。角などはネフィリムが管理している。
 シュナヴィッツは、ミラノがかえってしまってから、体を動かしていたくてサルア・ウェティスに詰めていた。が、モンスターの大地“モルラシア”から来る敵の数は呆れる程減っていて、砦復旧の現場作業まで手伝ってしまった。その度に「あなたはそんな事しなくていいんです!」とスティラードに追い返され、結局体を鍛える位しかする事が無かった。その間、パールフェリカは以前とは全く違う生活をしていたようだ。
「慰問?」
「そうよ、ユニコーン連れて。きっと皆、今日の花火を見る位の元気、あるわよ!」
 そう言ってパールフェリカは笑みを見せた。
「…………」
 慰問と言いながら、ユニコーンの力で多少なりとも癒してやっているのだろう。だから、今までぐったりと横になっていたのだろう。寝室で休めば良いのにと思うが、パールフェリカがこのソファの背もたれでごろごろしているのは以前からのなので、ここがお気に入りらしい事はわかっている。行儀が悪いという注意ならきっとエステリオが既にしているだろう。
 パールフェリカは、自分が何をするのか、したいのか、見つけようとしている。それはきっと、ミラノの影響なのだろう。
「なあに? シュナにいさま」
「いや──」
 パールフェリカは何やら閃いたらしく、パンッと両手を叩いた。
「安心していいわよ? にいさま! ガミカが滅んだりしないよう、私がガミカに残って子供産むから!」
 どうやら“唯一の召喚獣を召喚するものは云々”の続きらしい。ミラノが居なければという仮定で話が進められている。
「……だからそれは」
 こんな事を言い出すというのなら、きっとミラノがかえってからも平気な顔をしていつも通り振る舞っている兄ネフィリムも、パールフェリカに実は落ち込んでいると見抜かれているのかもしれない。
「ところでサルア・ウェティスはいいの? にいさま」
「スティラードに任せて来た」
「…………何かしてると、忘れてられるんだけどねぇ……」
 聞いてきておいて、パールフェリカはまた、ミラノの話を始める。
「…………」
「…………」
 軽い沈黙の後、二人揃って溜め息を吐き出した。
 ミラノが元の世界にかえって、既に40日余り経っていた。
「まさかあんなにあっさりかえってしまうなんて、思わなかったわ。にいさま達、ふがいないわよ!」
 むっとしてパールフェリカが言ってきたが、どう反応したらいいのか困ってしまう。言葉を選んでいる内に、後ろから声がする。
「ミラノが決めたのなら、仕方ないだろう」
 アルフォリスを伴って、ネフィリムが部屋へと入って来た。パールフェリカには彼の姿が見えていたのだろう。
「兄上」
「シュナ……父上のところに先に行ったのは良いが、またここか」
 そう言ってネフィリムは笑った。
「ネフィにいさま、聖火は?」
「もう“炎帝”を置いてきたから問題ない。父上にも許しをもらったから、パールも聖火台に来るといい。花火がよく見える」
「ほんとに!? ありがとう、にいさま!」
 パールフェリカはひょいとソファの背もたれから飛び降りると、ネフィリムに抱きついた。そのまま腕を組んで歩き始めて、しかしすぐに足を止めた。もう一方の腕をシュナヴィッツに伸ばして引っ張り寄せ、その腕に絡めた。シュナヴィッツが見下ろすと、パールフェリカはにかっと笑う。
「すぐにはムリでも、きっと元気でるわよ!」
「…………」
 驚きながら、呆れるように笑ってしまった。顔を上げるとネフィリムと目があった。微笑を返されて、心配をかけていた事に気付いた。シュナヴィッツが照れ笑いを浮かべると、ネフィリムが言う。
「行こう」
 そうして、兄弟三人は笑みを交わし、歩き始めた。


 夕日が沈んで間もなく、王都中に見えるようにと城前広場から花火は上げられた。この時だけは、聖火を消しておくのが慣例になっている。聖火が強すぎては、せっかくの花火の彩りが消されてしまうからだ。
 ぱん、ぱんと小出しするように小さな花火がいくつか上がったあと、一斉に橙と赤の花が夜空を埋める。
 大玉が上がる度、王都中から歓声が湧き上がる。
 ──この国が一度滅びかけたとは、誰も思わないだろう。
 事実、以前よりガミカには人が多く訪れるようになった。“神”の奇跡は、居合わせたプロフェイブ王子エルトアニティとキリトアーノから各国へ伝わってしまった。今の所悪い影響は出ていない事から問題視されず、ガミカは受け入れている。
 モンスターに埋め尽くされた事もある空に、轟音と共に芸術の花が開く。視界を埋め尽くさんばかりに白や赤、黄色の火花が舞い上がり、踊る。
 最後と思われた花火の後、夜空にぽんと光の玉が浮かんだ。
「おかしいな、今ので終わりのはずだが」
 ネフィリムの声のすぐ後、その光の玉は数を増やして、空のあちこちに広がった。
 あちこちで空を指差しざわめく声が聞こえる。
 濃紺の夜空に浮かび上がったのは、ガミカの文字で「おめでとう」という、たどたどしくて、あまり綺麗とは言えない、文字。
「──え!?」
 ほんの数秒、それは空に瞬くと、ぱちんと弾けて形を失い、光の粉を降らせた。次の瞬間、パールフェリカが声を上げる。
「ミラノ!!!」
 叫んでパールフェリカは足元に魔法陣を広げ、ユニコーンを召喚する。薄ピンクの角持つ馬がその場に現れると、パールフェリカは飛び乗り空を駆る。
「パール!」
 ネフィリムが小鳥サイズにしていた“炎帝”を騎乗可能の大きさにしてパールフェリカを追った。シュナヴィッツも慌ててティアマトを召喚し、夜空へ舞い飛ぶ。
 まださらさらと光の粒が、ものによっては光のツララのように細長く伸びながら地上へ落ちていく中に、ユニコーン、フェニックス、ティアマトが、花火の中心に辿り着く。城下町を見下ろす夜空で、パールフェリカはミラノの名を何度も叫んだ。
「これは、ミラノなのかい? でもミラノはこちらの言葉を……」
「ミラノはこの言葉は知っています」
 ネフィリムの問いにシュナヴィッツが答えた。
「兄上が連れて行った図書院で受け取った絵本にあった言葉です。言葉の意味を、僕が教えました……」
 ふと、足元から人々の間に声があがり始める。
 パールフェリカの声が聞こえ、それが広がったのだろう。あちこちから“ミラノ! ミラノ!”と叫ぶ声が聞こえる。
「ミラノは嫌がるだろうなぁ」
 ネフィリムがそう言って笑った。それに対してパールフェリカも笑った。
 ミラノはもう、かえってしまった。
 この世界のどこにももう居ない。希望は逆に辛い。
 もう、会えない。だから願う。
「──どこかで見てくれてるといいなぁ」
 パールフェリカの呟きに、心を吹き抜ける一抹の寂しさがある。それで思い出そうと彼女の顔を思い浮かべる時、胸にぽっと明かりが灯る。
 今も、笑っていてくれたらと願う。
 三人はそのまま、濃紺の夜空にきらきらと散らばる光の粒を、無言のまま見下ろしたのだった。




 それを、別のアングルから見つめる黒い瞳がある。
 王都から少し離れた山頂に、光源が少ない為、濃紺の岩にしか見えない水晶が、ぷかぷかと宙に浮いている。
 王都を見下ろすように空を舞うその水晶、クーニッドの大岩の上、腰を下ろして、足を組んで見ていた。
 その岩が音声を発する。
「──いつでもこちらへ来れる事。遊びにいらしている事は、教えてやらないのですか」
 岩の上に座っていたミラノは、ついと尻の下の水晶“アルティノルド”を見下ろす。
「今日は定時で帰れたから寄っただけなのよ?」
 淡々とした声で言って、その場にすっくと立ち上がる。スーツの胸ポケットには社員証が入っていて、写真のある面を内向きに中で留めてある。会社を出る時にひっくり返したのだ。
 夜風に髪をなびかせてミラノは微笑んだ。
「──そのうち、ね」
 目の前、空中に七色の魔法陣が生まれると、ミラノはそこに飛び込んだ。
 ──お楽しみはこれからでも、いいでしょう?
 魔法陣が消えると、夜はますます深まり、闇に包まれる。

 王城屋上聖火台に、フェニックスが翼を広げてその巨大な炎で王都を照らした。


The END
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