華散るその時まで

碧月 晶

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「さっきので暫く時間を稼げれば良いんだが…」
「おい」
「あ。買ってきたものを置いてきてしまった」

そんな事いまはどうでも良いだろ。

「おい、いい加減降ろせ」
「ん?おや、とても良い抱き心地がすると思ったら…君だったのか」
「君だったのか、じゃねーよ!いいから早く降ろせ!」
「しー…。静かに、見つかってしまうよ」
「………」
「ふふ、分かったよ。名残惜しいけど、降ろしてあげるから。そんな可愛い顔で睨まないでくれ」
「…で、さっきのあいつに何投げたんだよ」

匂いを嗅ぐ間もなく連れ去られたから、何を投げたのか気になる。

「あれかい?海水だよ」
「海水?何でそんなもん持ってんだよ」
「君達獣人はとても鼻が良いからね。もしもの時のためにね」
「…あんた、魔法使いだろ。そんな事しなくても良いんじゃねぇの?」
「まあ…それはそうなんだけれどね。出来ればこの力はあまり使いたくないんだ」
「力…?そういやさっきブルートがどうのこうのって言ってなかったか」
「ああ…、魔法使いが特殊な力を持っている事は知っているよね」
「まあ…それくらいは」

詳しくは知らないが。過去、オレも魔法使いにその力を使われた事がある。だが、オレは他の獣人と違ってあまり効かなかった。例の『匂い』にも少しだが耐性がある。
まあ、そのせいで通常のものより濃い濃度のものを使われてきたんだが。

「私達魔法使いはこの力の事を『言霊ブルート』と呼んでいるんだよ」
「じゃあさっきの奴は…」
「恐らく、他の魔法使いの差し金だろうね。正気を失うまで強い命令をされていた所を見るに、命令内容は私の暗殺かな」
「…仲間じゃねえのかよ」
「…やっぱり君は優しいね」
「…は、はあ!?い、いきなり何だよっ」
「あはは。顔が赤いよ」

ばっと顔を触る……が、熱くない。

「てめ、騙しやがったなっ」
「君があんまりにも可愛い事を言ってくれるものだから、つい。……さっき、言い掛けた事なんだけどね。実は私もこの世に生まれてからもう彼是かれこれ400年は経っているんだよ」
「よん、ひゃく…?」
「魔法使いの素質を持つ者は普通の人間より少しだけゆっくりと年を取るんだ。とは言っても、君達獣人ほどじゃないけどね。それに………いや、やっぱりこれはいいかな」

「今はこの状況をどうにかしないとね」と言って、灰色の眼を細めて穏やかに笑うこいつの事を俺はほんの一部分しか知らないのだと思った。

「……ラルフ」
「え?」
「ラルフ・オルロ」
「…もしかして、それが君の名前なのかい?」
「っ、い、今はこれでフェアだからな」
「…そっか。うん、そうだね。これが終わったらラルフの料理が食べたいな」
「…残したら許さねぇ」
「大丈夫。君のご飯はきっと美味しいよ」

これは気まぐれだ。手を振り払わなかったのも、きっとそうに違いない。

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