ヒースの傍らに

碧月 晶

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出汁の良い香りに目が覚める。

「あ、起きた?ん…熱ちょっと下がったね。良かった。起きられる?ご飯できたよ」

白い湯気を立てる小さな土鍋。

「鍋焼きうどん…」
「風邪の時はやっぱりこれでしょ。あ、土鍋と食器勝手に使ったよ」
「あ、はい。それは別に」

先輩は慣れた手付きで土鍋から器へうどんと具材を取ると、俺の前に置いた。

「はい、どうぞ」
「いただきます」

手を合わせ、うどんへと箸を伸ばす。
うどんは箸で掴んだだけでも切れてしまうくらいに柔らかく煮てあって、とても食べやすかった。

体が冷めないようにと上着をかけられ、汗をかくからと首にタオルを巻かれる。

「美味し?」
「はい」
「それは良かった」
「…なんか、慣れてますね」
「そりゃあ、これでもお兄ちゃんだからね。だてに母親代わりしてないよ」

何気なく言い放たれたその言葉に、何故だか分からないけれど、寂しさのようなものを感じて

「…先輩は、甘えられてますか」
「え?」

気が付いた時には、そう聞いていた。

「…ありがと、つずきくんはやっぱり優しいね」

先輩は少し目を見張ると、すぐに微笑んだ。

「大丈夫、俺はちゃんと甘えてるよ。父さんにも夏樹にも歴にも、つずきくんにも逞にも。皆、甘えられる人だよ。それに、今だって甘えてるんだよ?」
「え?」
「嫌じゃないって言ってくれたから、そこに存分に甘えて俺は今ここにいるからね」

「ね?充分甘えてるでしょ」と言って得意げに笑う先輩を見て、俺は人知れず安堵の息を吐き出した。
どうしてそれで安心したのかは分からない。でも一瞬寂しそうに見えたような気がして、聞かずにはいられなかったんだ。

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