ヒースの傍らに

碧月 晶

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「ご馳走様でした」
「またおいで。ほらふゆ、月漉くんにバイバイってしようね」
「うー…つきお兄ちゃん…ばいばい…」

先輩のお父さん──げんさんに抱っこされた歴ちゃんはもう眠そうだ。
布団へ連れて行かれる歴ちゃんを手を振って見送る。

歴ちゃんは結局俺の名前を呼べなかった。なので先輩の提案で、名前の一部をとって『つきお兄ちゃん』と呼ばれる事になった。

「月漉さん」

着替えてくると言って部屋に行った先輩を待っていると夏樹君に呼ばれた。
ちょいちょいと手招きされ、近付く。

「今日は無理きいてもらってありがとうございました」

小声でお礼を言われ「こちらこそ」と返す。
でも何でこんな内緒話をするみたいな体勢なんだろう。

「兄貴、普段はあんまり他人の事とかその日あった事とか言わないんです」
「───…え」
「だからおれも父さんもずっと『つずきくん』がどんな人なのか気になってて、ちょっと強引な手段を取りました。すみません」

強引、というより口を挟ませない感じだったけどな。見事な手腕でした。

「また来て下さい。おれも歴も父さんも大歓迎なので」

そう言ってくれた夏樹君はやっぱり真顔だった。どうやら無愛想じゃなく感情があんまり顔に出ないだけらしい。


*********


「先輩って料理できたんですね」

先輩の家からの帰り道、雨上がりの空気の中を歩く。そういえば、昔水たまりをわざと踏んで帰った事があったっけ。靴をびしょびしょにして怒られた事を今でもよく覚えている。
それに…あの頃はまだ雨の日はどちらかと言えば好きな方だった。

「あれ、もしかして出来ないって思われてた感じ?」
「いつもパンだったので」
「自分が作った奴より父さんが作ったパンの方が美味しいからね。あ、でも夏樹とふゆの弁当は俺が作ってるよ」
「え。そうなんですか」
「うん。夏樹なんてさー、育ち盛りだからそれプラス食パン一斤だよ?歴は今ハマってるアニメのキャラ弁じゃないと拗ねるし」

そう言いながらも先輩の声はどこか楽しそうだった。

「ここまでで良いです。今日はありがとうございました」
「そ? じゃあ、はいコレ」
「何ですか、これ」

家を出た時から先輩がずっと持っていた紙袋を手渡され、首を傾げる。

「ジャム、ですか?」

それと食パンが二斤。「おまけする」って言ってたの覚えてたのか。

「ポイントが貯まったら交換できるんだけど、結構美味しいから良かったら使ってよ。ポイントカードもそこに一緒に入れといたから」

言われて探ると、既に数個ネコのスタンプが捺された二つ折りのカードが入っていた。いつの間に作ったんだ。

初回得点でただで商品を渡してくるあたり、意外と抜け目のなさに思わず笑ってしまった。

「俺にリピーターになれって事ですか」
「なってくれると嬉しいなーっていう願望も込めて」
「分かりましたよ。玄さんのパン美味しかったですし」
「ええー父さんだけ?俺のご飯は?」
「はいはい、ちゃんと美味しかったですよ」
「なんか投げ遣りな感じがする…」
「気のせいじゃないですか。それじゃ、お休みなさい。また改めてお礼に伺うので、ご両親にそうお伝えして下さい」
「え…。ああーうん、分かった。伝えとく」

あれ…何かいま一瞬、先輩の反応がおかしかったような。

「お休み、つずきくん。また学校でね」

気のせい、かな。


その日は何となく、その事が気になってなかなか寝付けなかった────。



ジャムポイント ーendー
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