ヒースの傍らに

碧月 晶

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その後すぐ夏樹なつき君はふゆちゃんを奥に連れて行った。時間的に恐らくお昼寝をさせるんだろう。

その間に先輩にオススメされたパンにぱくりとかじりつく。
美味しい。

そうして一つ目を食べ終えて二つ目に手を伸ばそうとした時、夏樹君が戻ってきた。

「つずき、ってどういう字を書くんですか」

無言で向かいに座ったかと思うと夏樹君は唐突にそんな事を聞いてきた。

「お月様の月に、三水偏さんずいへんで鹿」

ちゃぶ台の上に指で書いてみせると、夏樹君は「なるほど」と声を漏らした。

「紙をくの『漉』、ですか」
「そう」

よく知ってらっしゃる。こんな風に少ない説明で済んだ事が少なすぎて新鮮な気持ちだ。
でも何でそんな事を聞いたのだろう。

…まさか、

「もしかしてなんだけど、先輩…お兄さんから俺の事なんか聞いてる?」
「兄貴が言ってたとおりだったので、何か…納得しました」

弟くん。真顔で納得されても俺はどういう反応を返したら良いのか皆目かいもく見当がつかないよ。あと微妙に会話が噛み合ってない。

「あー…ええと、そっか」
「はい」
「じゃあ俺はこれで」
「帰るんですか?」
「うん。お邪魔しました」

パンも食べ終わったし、それにもう雨もあがってるだろう。ならこれ以上ここに長居する理由はない。

「あの、夕飯食べていきませんか」
「え?」
「もうちょっとしたら店閉める時間なんで。父さんもきっとそうしろって言うと思います」
「や、でも──」
「そーしなよ。帰りは送ってくからさ」

のしっ、と肩が重くなる。

「ちょ、乗らないで下さい。縮む」
「えー?ちょうど良いのにー」
「チビって言いたいんですか」
「可愛いなーとは思ってるよ」
「だから、それやめて下さいって言ってるじゃないですか」

フォローにもなってないし、何より全く嬉しくない。そういうのは歴ちゃんみたいに可愛い女の子に言ってあげてこそだろ。無駄に顔だけは良いんだから。

「あ、もしかしてお家の人がもうご飯作っちゃってたりする?」
「それは大丈夫ですけど…」
「じゃあ決まりねー。とーさーん!今日つずきくんも一緒に晩ご飯食べるからー!」
「ちょ…待ってください、まだそんな事一言も──」
「じゃ、おれ買い物に行ってくるので歴が起きてきたら頼みます」
「いやいやいや頼むって言われても──」
「大丈夫です。月漉さん、たぶん歴の好みなんで」
「え?」


結局、夏樹君が言った言葉の意味は分からなかったが
その後先輩のお父さんにごり押しされる形で頂いた夕飯の席で、何故か歴ちゃんはずっと俺の膝の上を陣取っていた。

ご飯が所狭しと並べられた食卓を誰かと囲って食べるのは久しぶりで、懐かしく感じる一方で少しだけ…ほんの少しだけ泣きそうになった。
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