炎のように

碧月 晶

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380.裏方休務─5

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俺は早速、部下や兵達に話を持ち掛けた。


『早く終わらせられれば憧れの彼と一緒に飲みに行けるぞ』と言えば、了承は一発だった。




何故いつも以上に兵達が(異様に)やる気に満ち溢れているのか

何も思い当たる節がないといった顔をしていた彼は、きっと自分じゃ気付いてないんだろうな。


仕事に対する姿勢は厳しさそのものだったが、周りは彼の変化に少なからず気が付いていた。

それが、光の早さで了承してくれた大きな理由だろう。




あの一件以来、少しだけだが彼に変化があった。

言ってしまえば取り留めもない只の雑用のような、とても小さな案件ではあるが

一人、また一人と

仕事の一部を任せたりと他人を頼るようになったのだ。


きっかけは偶々廊下で彼とばったり出くわした時に、俺が一緒に連れていた部下が思い切って彼に話し掛けた事から。

どこか話しかけ易くなった上司に勇気を出して話し掛けた様子だったが

どうやら本当に『思い切った』結果だったらしく

その肝心の内容を考えていなかったらしい部下は、あのあのと言葉を詰まらせた後、彼が手にしていた書類を見て、どこへ行く予定だったのかと尋ねた。


『え、ああ、この書類を届けに行くところだったんですよ。申請分の確認が済んだので…』


すると部下はその説明を聞くや否や「自分が行きます!行かせて下さい!」と興奮気味に懇願した。

その突然の申し出に若干驚きつつも、何度もお願いしますと言われ

最終的に「じゃあ…」と彼の方が折れる形で話はついた。

雑用であるにも関わらず、まるで遠足にいく子供のように軽い足取りで去っていく姿を不思議そうにしていたが

何かよく分からないが、まぁこんな仕事でも嬉しそうにしているから良いかと言う彼に、俺は「そうだな」と頷いておいた。

その後その部下が他の者に自慢したのか、話はあっという間に部下達の間に広まり

自ら雑用を買って出る輩が増えた、という訳だ。




以前の彼は周りとどこか距離があった。

だが、その距離が僅かずつではあるが
確実に短くなったと感じているのは
きっと俺だけではないだろう。

それに気付いた兵達も最初はその変化に戸惑いの色を見せていた。

戸惑い半分嬉しさ半分というようなところだったが、感じていた距離感が小さくなった気がしたのは気のせいではなく

紛れもない事実だと確信したはずだ。


そんな現実を目の当たりにして、俄然(いつもより)やる気になった兵達は

遠慮しなくていいと分かるとあっという間に彼が抱えていた仕事を各所で千切り取り

余裕で予定していた準備期間内に作業を終わらせてしまった。



今回初参加だった打ち上げでは戸惑いながら、我先にと詰め寄る彼らから

お酌を受ける姿は新鮮で、とても微笑ましかった。(俺が入る隙がなかった事は少し面白くなかったが…)



それから…余程嬉しかったんだろうな

上機嫌で顔を真っ赤にした皆と別れ、初めての経験に興奮覚めやらぬ様子の彼を落ち着かせようと連れてきた行き付けの地下バーで


俺が言った冗談に、しどろもどろになりながらも真面目に答えるのが可愛くて

これまた更に可愛い事を言うから、もっと意地悪したくなった。


「ふーん…で?初めて部下達と酒を酌み交わした感想は?」
「そう、ですね…えーっと…」


きっとまだ余韻を整理出来ていないんだろうなと思いながら聞くと

予想通り視線を泳がせ始めた。


…ああ、可愛いなぁもう


弄り甲斐はあるが流石にもう可哀想かなと思い、話題を変えようと口を開き掛けた時




「楽しかった…かな」




カーマインの瞳を細めて困ったように浮かべた、ぎこちない照れ笑い。



その表情から理由も何もない、飾らないそのままの感情が伝わってきて





それを見た瞬間、俺は無意識に手を伸ばしていた。

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