炎のように

碧月 晶

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358.欠けたもの

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街中を離れれば人もまばらになってくるが、それでもいない訳ではない。

人目が切れた瞬間を見計らって、屋根伝いに移動を繰り返す。


酒を酌(く)み交わし、陽気な笑い声が眼下のあちこちから聞こえてくる。

その様を宵闇を飛ぶ視界の端に映しては背けていく。



ヴァンに今日の事を聞いた時、機会だと思った。
区切りを付ける良い機会だと。

最後だと思えばこそ、この日の事を、今までの事も
俺は一生忘れないだろう。

これまでの思い出があれば、生けていける。


ただ、自分勝手な都合で彼を思い出作りに利用してしまった事だけが心苦しかった。

でも、それでも

そうしなければ、俺はいつまでも鬱陶しく悩んで決断する時をうだうだと言い訳して先延ばしにしていただけだったろう。

それに俺がいなくなったところで何も変わりはしないだろう。
寧ろいない方が何の不都合も無い。
時が経てば俺のことなんかその内忘れる。


「…ぐ…ぅ…っ!」


思い出したように突然襲ってきた不快感が、瞬く間に身体の自由を奪った。

自身を覆っていた力が無くなって、暗い路地裏へと落下していく。


「…う、ぁ゙あ゙ッ!」


石畳に衝突するギリギリで一瞬だけ身体を浮かし、何とか衝撃を最小限に抑える。


「ハッ……ハッ……う、るさい…」


息が苦しい。
人の声が、うるさい。


今はもうない暖かさに縋るように、無意識に自分の掌へと視線を落とした。


…そろそろ戻ってきた頃かな


俺がいない事に気付いただろうか。
急にいなくなった事を、怒っているだろうか。



「は、馬鹿か…」



何を考えているんだろうな。


巡った思考に、思わず自嘲的な笑みが零れた。


震える身体に鞭を打って、壁伝いに引き摺って歩き出す。



こんな、泥棒みたいにこそこそと隠れて逃げているくせに

そんな事を気にしてどうするんだ。


泥棒みたいに……ああ、違う。そうじゃない。

前はこれが普通だった。



自国を出て直ぐの頃だから、もう二年も前になるのか…。

あの頃は誰も彼もが信じられなくて、目に映るもの全てが敵に見えて


誰とも関わりを持ちたくない、誰も信じたくない。

俺は独りだと、そう思っていた。



それが、今ではこのざまだ。



もう二年?


違う。



前の俺なら、『まだ』二年だと思っていたはずだ。



こんな些細な認識でさえ、こんなにも変わるなんて



一体誰が想像しただろう。




「…ほんと、馬鹿だろ…」






こんなに、自分の一部みたいになるなんて
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