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336.消えた記憶 sideヴィント
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アルの意識が戻った。
それは本当に良かったと思う。
だが、どうしてあんな状態で倒れていたのかとその理由を聞くと
アルは「分からない」と小さく答えた。
「分からない?それはどういう…」
その先を聞こうとユアンが先を促すと、アルは少しの間考える素振りを見せた後
ゆっくりと話し始めた。
「分からないんです…何も。
どうして自分がこんな怪我をしているのか、どうしてそんな所に倒れていたのか…分からないんです」
「……そうですか」
ここで目覚める前までの事で最後に覚えているのは何だとユアンが尋ねると
アルは「昨日もヴァンが来て、他愛ない話をして帰った」と答えた。
それより先の事は何も覚えていない、と。
…つまり、あの日の
『関係ない』と俺の手を振り払って行ってしまった日の事も
アルは覚えていなかった────。
「…どう思う?」
アルの部屋を後にし、向かったのは俺の執務室。
その間ずっと考え込んでいたイグが不意にそう呟いた。
それに答えたのはユアンだった。
「恐らく怪我によるショックで、一時的に記憶が混乱しているのかと。
時が経てば自然に思い出せるようになると思います」
「だと良いんだが…」
イグの眉間に皺が寄る。
「記憶が無いのなら仕方ないが、出来るだけ早く思い出して貰わないとな…」
「そーですねぇ、じゃないと確かめようがありませんしね」
「………思い出したいと思ってくれれば良いのですが」
「どういう事だ?ユアン」
「アルさんの記憶が消えた原因が怪我によるショックなら一時的なのですが、
もし記憶を失くす前のアルさんが思い出したくないと…記憶を消してしまう程の辛い『何か』があったのなら戻る可能性は……」
「低い、か」
「はい…」
記憶を消してしまいたいと願う程の『何か』
「………もしそうだとしても、俺がやる事に変わりはない。
アルを守る。それだけだ。
…そのために、俺に力を貸してくれないか?」
拳を握りしめ、懇願する想いで見回した。
俺の自分勝手な我が儘に付き合わせてしまう事になる。
けれど、俺は弱い。
一人では何も出来ない。
嫌という程痛感した。
だが、三人はお互いに顔を見合わせた後
可笑しげに笑った。
そして、呆れたように口々に言った。
「何を今更」
「そんな顔、らしくないですよ?ヴァン様」
「そうですよ」
やれやれというような足取りで、三人は俺の前に一斉に跪(ひざまず)き、頭(こうべ)を垂れた。
「『この身は御身のために』」
「『御身は我らの光』」
「『どうぞ御心のままに』」
「「「『我らの契りと忠誠を』」」」
本当に、俺は恵まれていると思う。
「……ああ。頼りにしている」
眼の奥がジン…と熱くなった。
ありがとうな…
それは本当に良かったと思う。
だが、どうしてあんな状態で倒れていたのかとその理由を聞くと
アルは「分からない」と小さく答えた。
「分からない?それはどういう…」
その先を聞こうとユアンが先を促すと、アルは少しの間考える素振りを見せた後
ゆっくりと話し始めた。
「分からないんです…何も。
どうして自分がこんな怪我をしているのか、どうしてそんな所に倒れていたのか…分からないんです」
「……そうですか」
ここで目覚める前までの事で最後に覚えているのは何だとユアンが尋ねると
アルは「昨日もヴァンが来て、他愛ない話をして帰った」と答えた。
それより先の事は何も覚えていない、と。
…つまり、あの日の
『関係ない』と俺の手を振り払って行ってしまった日の事も
アルは覚えていなかった────。
「…どう思う?」
アルの部屋を後にし、向かったのは俺の執務室。
その間ずっと考え込んでいたイグが不意にそう呟いた。
それに答えたのはユアンだった。
「恐らく怪我によるショックで、一時的に記憶が混乱しているのかと。
時が経てば自然に思い出せるようになると思います」
「だと良いんだが…」
イグの眉間に皺が寄る。
「記憶が無いのなら仕方ないが、出来るだけ早く思い出して貰わないとな…」
「そーですねぇ、じゃないと確かめようがありませんしね」
「………思い出したいと思ってくれれば良いのですが」
「どういう事だ?ユアン」
「アルさんの記憶が消えた原因が怪我によるショックなら一時的なのですが、
もし記憶を失くす前のアルさんが思い出したくないと…記憶を消してしまう程の辛い『何か』があったのなら戻る可能性は……」
「低い、か」
「はい…」
記憶を消してしまいたいと願う程の『何か』
「………もしそうだとしても、俺がやる事に変わりはない。
アルを守る。それだけだ。
…そのために、俺に力を貸してくれないか?」
拳を握りしめ、懇願する想いで見回した。
俺の自分勝手な我が儘に付き合わせてしまう事になる。
けれど、俺は弱い。
一人では何も出来ない。
嫌という程痛感した。
だが、三人はお互いに顔を見合わせた後
可笑しげに笑った。
そして、呆れたように口々に言った。
「何を今更」
「そんな顔、らしくないですよ?ヴァン様」
「そうですよ」
やれやれというような足取りで、三人は俺の前に一斉に跪(ひざまず)き、頭(こうべ)を垂れた。
「『この身は御身のために』」
「『御身は我らの光』」
「『どうぞ御心のままに』」
「「「『我らの契りと忠誠を』」」」
本当に、俺は恵まれていると思う。
「……ああ。頼りにしている」
眼の奥がジン…と熱くなった。
ありがとうな…
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