シスルの花束を

碧月 晶

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51 side雨月

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まだ肌寒さが残る春先、雨月は冷泉院本家を訪れていた。

「雨月といいます」

祖父の左隣りに座り、深々と頭を下げる。すると、分家の人間たちが揃って口にする。

「おお、君が理一郎さんの息子か」
「という事は、次の当主は決まりましたな」

雨月は自分に注がれる視線に辟易していた。

表面はやれこれで安泰だと笑っているが、その視線には好奇と嫌悪が入り混じっている。

雨月は一つ、息を吐き出し、口を開いた。

「おれは、この家を継ぐ気はありません」

雨月のその言葉に、どよめきが走る。そして、これは一体どういう事だと、全ての視線が宗一郎へと一斉に向けられる。

「…聞いた通りだ。確かに、雨月は理一郎の息子だ。だが、わしは雨月の意思を尊重する」
「そんな、それでは次の当主は誰にするのですか!」
「そうですよ!いい加減決めて頂かないと!」

口々に不平不満を叫ぶ分家の人間たちを宗一郎は一瞥すると、一言

「黙れ」

あっという間に広間は水を打ったように静まり返った。

「次の当主はもう決めてある」

その言葉に、分家の人間たちの表情が期待のそれへと変化する。だが、宗一郎はそんな変化など気にも留めずに「入れ」と襖の向こうに待機してさせていた人物に声を掛けた。

「失礼します」

すらりと襖が開けられる。現れたのは、理一郎。

「死んだはずじゃ…」

スーツ姿の理一郎の登場に再び分家の人間たちの間にどよめきが走る。

理一郎は分家の人間たちの顔を見渡すと、空いていた宗一郎の右隣りに着座した。

「みな、聞け。ここにいる理一郎を次の当主とする」
「なっ!?」

ざわりと、分家の人間たちは耳を疑った。

「いくら宗一郎様のご子息とはいえ、ねえ?」
「だいたい、今までどちらにいらしたんです?」

口さがない言葉の数々に、雨月は膝の上で拳を握りしめた。

何も知らないくせに。そう叫んでしまいそうになるのをぐっと堪える。
落ち着け。事前に話し合った通りに振る舞うんだ。そう自分に言い聞かせる。

「…皆様の言い分は最もです。確かに私はこれまで周りを顧みる事なく好き勝手に生きてきました。ですが、罰が下ったのでしょう。私は一時己の名以外の全ての記憶を失いました」

理一郎は自分に起きた事を包み隠さず話した。

「…親として、この家の者として、どうか私に責務を果たさせて下さいませんか」

深々と頭を垂れる理一郎に、もう誰も異を唱える者はいなかった。

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