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49 side雨月
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おれと裕太郎さんは全てを父さんに伝えた。
その間、父さんが目を逸らす事はなかった。
「そうか、そんな事が…」
全てを知った父さんの表情は思っていたよりも落ち着いていて
「大丈夫…ですか?」
思わずそう問いかけてしまう。
「…よく分からない。いや、実感が湧かないというか現実味がないと言った方がいいかな。何だか浦島太郎にでもなった気分だ」
自嘲混じりの笑みを零す父さんに、おれは胸が痛んだ。
それもそうだろう。長い間記憶を失っていて、漸く思い出したと思ったら18年も前に妻は死んでいて、おまけに自分の息子だという人間が突然現れて。混乱しない訳がない。
「…墓は、彩子の墓は日本にあるのか?」
「え? あ、はい」
唐突に母さんの墓所を聞かれ、戸惑いながらも首肯すると
「連れていってくれないか。彩子に、会いたいんだ」
「!」
「話してくれてありがとう。彩子の事を整理するにはまだ時間がかかるだろうけど、でも、俺はお前の父親だ。お前と…雨月と今を生きていくよ」
「っ、父さん…」
その笑顔は紛れもなくおれに向けられたもので、おれは心の底から安堵した。
母さんが亡くなった事を伝えたら、父さんはもう立ち直れないかもしれない。もう、おれの事など見てくれないかもしれない。
醜くも、そんな考えが一瞬過ぎってしまった。
でも、いま父さんは言ってくれた。おれと一緒に今を生きていく、と。
安心して、また泣いてしまったおれの背中を父さんはずっと撫で続けてくれた。
*****
差し込む朝日が眩しくて、寝返りをうつ。
寝ぼけまなこで時計を確認すれば、もう9時を過ぎていて…
「…っ!」
遅刻の二文字が浮かんで急いで飛び起きる。
「あ…」
だが、直ぐに今日が休日だという事を思い出して、再びベッドに倒れ込む。
「…夢、じゃないよな」
昨日の事が夢だったのではないかと、思わずそう呟いてしまう。
頬を引っ張る。古典的な方法だが、痛みがある事に現実だと分かってほっとする。
昨日、父さんは明日も仕事があるからと言って、夜遅くに帰っていった。
父さんを送るという裕太郎さんを見送り、おれも自室に帰ってきたのが深夜。ちなみに、おれと裕太郎さんは階は違うが同じマンションに住んでいる。
「……起きるか」
何となく二度寝する気にはなれなくて、体を起こす。上着を着て、いつも通り郵便受けを確認しに行けば…
「これ…」
また一通のエアメールが届いていた。差出人は祖父から。
部屋に戻り、封を開けて手紙を読む。
───『元気にしているか。こちらはまだ騒々しいが、以前よりは落ち着いてきている』
出だしはそんな感じで、内容のほとんどはおれの体調や生活に関しての事だった。
そして、最後の段落に差し掛かった頃、内容は本題に切り替わった。
───『今度、冷泉院の本家で分家を集めた一族の総会がある。そこにお前も来て欲しい』
どうやら、次期当主候補だった冷泉院通がいなくなった事で、いま冷泉院の一族は次に誰を当主にするか揉めているらしい。
その中には父さんの息子であるおれの存在を嗅ぎつけた者もいるらしく、おれのあずかり知らない所でおれを担ぎ上げている声もあるのだとか。
───『勿論、お前が嫌なら断っても構わない。だが、出来れば面と向かってはっきりと宣言した方が後々面倒くさくなくて良い』
確かに、そういう人たちはこちらが顔を見せないのを良い事に好き勝手するだろう。なら、顔を出した上で、はっきり断った方が効果的だろう。
「…そうだ、父さんの事」
祖父も通のせいで父さんが死んだと思っている。今夜もまた父さんと会う約束をしているから、その時にでもこの事を話そうか。
と、そう考えていた時だった。
テーブルの上に置いていたスマートフォンに着信があったのは。
その間、父さんが目を逸らす事はなかった。
「そうか、そんな事が…」
全てを知った父さんの表情は思っていたよりも落ち着いていて
「大丈夫…ですか?」
思わずそう問いかけてしまう。
「…よく分からない。いや、実感が湧かないというか現実味がないと言った方がいいかな。何だか浦島太郎にでもなった気分だ」
自嘲混じりの笑みを零す父さんに、おれは胸が痛んだ。
それもそうだろう。長い間記憶を失っていて、漸く思い出したと思ったら18年も前に妻は死んでいて、おまけに自分の息子だという人間が突然現れて。混乱しない訳がない。
「…墓は、彩子の墓は日本にあるのか?」
「え? あ、はい」
唐突に母さんの墓所を聞かれ、戸惑いながらも首肯すると
「連れていってくれないか。彩子に、会いたいんだ」
「!」
「話してくれてありがとう。彩子の事を整理するにはまだ時間がかかるだろうけど、でも、俺はお前の父親だ。お前と…雨月と今を生きていくよ」
「っ、父さん…」
その笑顔は紛れもなくおれに向けられたもので、おれは心の底から安堵した。
母さんが亡くなった事を伝えたら、父さんはもう立ち直れないかもしれない。もう、おれの事など見てくれないかもしれない。
醜くも、そんな考えが一瞬過ぎってしまった。
でも、いま父さんは言ってくれた。おれと一緒に今を生きていく、と。
安心して、また泣いてしまったおれの背中を父さんはずっと撫で続けてくれた。
*****
差し込む朝日が眩しくて、寝返りをうつ。
寝ぼけまなこで時計を確認すれば、もう9時を過ぎていて…
「…っ!」
遅刻の二文字が浮かんで急いで飛び起きる。
「あ…」
だが、直ぐに今日が休日だという事を思い出して、再びベッドに倒れ込む。
「…夢、じゃないよな」
昨日の事が夢だったのではないかと、思わずそう呟いてしまう。
頬を引っ張る。古典的な方法だが、痛みがある事に現実だと分かってほっとする。
昨日、父さんは明日も仕事があるからと言って、夜遅くに帰っていった。
父さんを送るという裕太郎さんを見送り、おれも自室に帰ってきたのが深夜。ちなみに、おれと裕太郎さんは階は違うが同じマンションに住んでいる。
「……起きるか」
何となく二度寝する気にはなれなくて、体を起こす。上着を着て、いつも通り郵便受けを確認しに行けば…
「これ…」
また一通のエアメールが届いていた。差出人は祖父から。
部屋に戻り、封を開けて手紙を読む。
───『元気にしているか。こちらはまだ騒々しいが、以前よりは落ち着いてきている』
出だしはそんな感じで、内容のほとんどはおれの体調や生活に関しての事だった。
そして、最後の段落に差し掛かった頃、内容は本題に切り替わった。
───『今度、冷泉院の本家で分家を集めた一族の総会がある。そこにお前も来て欲しい』
どうやら、次期当主候補だった冷泉院通がいなくなった事で、いま冷泉院の一族は次に誰を当主にするか揉めているらしい。
その中には父さんの息子であるおれの存在を嗅ぎつけた者もいるらしく、おれのあずかり知らない所でおれを担ぎ上げている声もあるのだとか。
───『勿論、お前が嫌なら断っても構わない。だが、出来れば面と向かってはっきりと宣言した方が後々面倒くさくなくて良い』
確かに、そういう人たちはこちらが顔を見せないのを良い事に好き勝手するだろう。なら、顔を出した上で、はっきり断った方が効果的だろう。
「…そうだ、父さんの事」
祖父も通のせいで父さんが死んだと思っている。今夜もまた父さんと会う約束をしているから、その時にでもこの事を話そうか。
と、そう考えていた時だった。
テーブルの上に置いていたスマートフォンに着信があったのは。
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