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47 side雨月
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こっちに戻って来てから、2週間が経とうとしている。
フランスでも少しだけ件のニュースが流れたけれど、相変わらずこっちは平和で。
「雨月、これもお願いね」
「はい」
仕事に忙殺され、日本で…三門と過ごした時間がまるで無かったかのように日々が過ぎていく。
「………」
チラリとスマートフォンに視線を落とす。
…あれから、三門とは一度も連絡を取っていない。いや、何度も取ろうとはした。でも、いざ電話をかけようとすると指が動かなかった。
今は仕事中だろうかとか、もしそうだったら邪魔しちゃ悪いとか、そんな言い訳がましい事ばかり考えて、結局はまた今度にしようと先延ばしにしてしまう。
「はあ…」
なんて女々しいのだろう。おれはこんなに憶病だっただろうか。
「雨月」
呼ばれ、振り返るとそこには裕太郎さんがいた。
「何ですか」
「昼、一緒に食べないか」
時計を見れば、もう昼休憩の時間で。周りを見れば、もうほとんどの同僚はいなくなっていた。
それと同時に自分が空腹だという事にやっと気付いて、裕太郎さんの誘いにおれは頷いた。
会社の外に出て、裕太郎さんと往来を歩く。
「今日も寒いな」
「そうですね」
はあ、と白い息を吐き出す。見上げると、今にも泣き出しそうな曇天の空。それは今の自分の心模様を表しているかのようで。
三門。
つい、その名を呼んでしまいそうになる。
「雨月?」
気が付けば、既に目的の店に到着していて、急いで裕太郎さんの後に続いて店に入る。
暖房が効いた店内はそれなりに混んでいて、席が空くまで少し待つ事になった。
「こんな所にカフェがあったんですね」
「なんだ、知らなかったのか?ここは昔からあるカフェでな、若い頃からよく来てるんだ」
「へえ、そうなんですね」
そんな話をしているうちに、席が空いたと店員が知らせに来た。
席に座り、メニューを広げる。サンドイッチと紅茶を二人分頼んだ。
「…あ、そういえば」
「どうした?」
ごそごそと鞄をあさり、一通のエアメールを取り出す。差出人は
「Souichirou Reizenin…って、冷泉院 宗一郎!?」
まさかの名前に驚愕する裕太郎さん。
おれもこの手紙が来た時は驚いたが、あの祖父ならば住所を調べる事など朝飯前だろう。
「そ、それで何て書いてあったんだ?」
「それが…」
───『これはお前のものだ』
手紙はそう短く綴られていた。そして、一枚の写真が同封されていた。
「写真?」
「これです」
「! これって…」
それは、父さんと母さんが一緒に写っているあの写真だった。
「この人…確か理一郎さんだったよな?」
「はい」
母さんの日記に書かれていた『あの人』、つまり父さんの名前。
「理一郎…りいちろう…?どこかで聞いたような……ああ、そうだ。確かこの店にもそんな名前の日本人がいたな」
「え? そうなんですか?」
凄い偶然だな、とそう思った時だった。
───ガチャン!
ガラスが割れる音に、店中の視線がそこに集まる。
「…あやこ?」
そこには裕太郎さんが持つ写真を凝視している一人の男の店員がいた。
「あやこ…彩子!」
「え、ちょっ」
男が裕太郎さんの手から写真を奪い取る。
「彩子…そうだ、彩子だ。ああ、思い出した…彩子、彩子ぉ」
…日本語?
男の重そうな前髪の隙間から覗く眼から、ぼろぼろと涙が流れていく。
その時、おれは漸く気が付いた。その男の胸にあるネームプレートに『Riichirou』と書かれている事に。
「!!」
まさか…
「…とう、さん?」
「え…?」
震える声でそう呼べば、男は写真に向けていた視線をおれへと移した。
途端、驚愕したように写真とおれとを見比べ始める。
「まさか、彩子の…?」
半信半疑。男の声からはそれが感じ取れた。けれど、それはこちらも同じで。
「あの、」
「失礼」
口を開きかけたおれの声を遮るように、裕太郎さんが突然おれたちの間に割って入る。
「皆さん、お騒がせしました。何でもありませんので、どうかお気になさらず」
そこでおれは周囲から注目を集めてしまっている事にやっと気が付いた。裕太郎さんの説明に次第に周囲からの視線が外れていく。
それを見計らうと、裕太郎さんは男に何かを耳打ちした。そして、男の手に何かを握らせた。
「行くぞ、雨月」
「え、裕太郎さ、」
裕太郎さんに腕を引かれ、半ば強制的に店を出る。
振り返れば、男はぼうっとこちらを見たまま立ち尽くしていた。
フランスでも少しだけ件のニュースが流れたけれど、相変わらずこっちは平和で。
「雨月、これもお願いね」
「はい」
仕事に忙殺され、日本で…三門と過ごした時間がまるで無かったかのように日々が過ぎていく。
「………」
チラリとスマートフォンに視線を落とす。
…あれから、三門とは一度も連絡を取っていない。いや、何度も取ろうとはした。でも、いざ電話をかけようとすると指が動かなかった。
今は仕事中だろうかとか、もしそうだったら邪魔しちゃ悪いとか、そんな言い訳がましい事ばかり考えて、結局はまた今度にしようと先延ばしにしてしまう。
「はあ…」
なんて女々しいのだろう。おれはこんなに憶病だっただろうか。
「雨月」
呼ばれ、振り返るとそこには裕太郎さんがいた。
「何ですか」
「昼、一緒に食べないか」
時計を見れば、もう昼休憩の時間で。周りを見れば、もうほとんどの同僚はいなくなっていた。
それと同時に自分が空腹だという事にやっと気付いて、裕太郎さんの誘いにおれは頷いた。
会社の外に出て、裕太郎さんと往来を歩く。
「今日も寒いな」
「そうですね」
はあ、と白い息を吐き出す。見上げると、今にも泣き出しそうな曇天の空。それは今の自分の心模様を表しているかのようで。
三門。
つい、その名を呼んでしまいそうになる。
「雨月?」
気が付けば、既に目的の店に到着していて、急いで裕太郎さんの後に続いて店に入る。
暖房が効いた店内はそれなりに混んでいて、席が空くまで少し待つ事になった。
「こんな所にカフェがあったんですね」
「なんだ、知らなかったのか?ここは昔からあるカフェでな、若い頃からよく来てるんだ」
「へえ、そうなんですね」
そんな話をしているうちに、席が空いたと店員が知らせに来た。
席に座り、メニューを広げる。サンドイッチと紅茶を二人分頼んだ。
「…あ、そういえば」
「どうした?」
ごそごそと鞄をあさり、一通のエアメールを取り出す。差出人は
「Souichirou Reizenin…って、冷泉院 宗一郎!?」
まさかの名前に驚愕する裕太郎さん。
おれもこの手紙が来た時は驚いたが、あの祖父ならば住所を調べる事など朝飯前だろう。
「そ、それで何て書いてあったんだ?」
「それが…」
───『これはお前のものだ』
手紙はそう短く綴られていた。そして、一枚の写真が同封されていた。
「写真?」
「これです」
「! これって…」
それは、父さんと母さんが一緒に写っているあの写真だった。
「この人…確か理一郎さんだったよな?」
「はい」
母さんの日記に書かれていた『あの人』、つまり父さんの名前。
「理一郎…りいちろう…?どこかで聞いたような……ああ、そうだ。確かこの店にもそんな名前の日本人がいたな」
「え? そうなんですか?」
凄い偶然だな、とそう思った時だった。
───ガチャン!
ガラスが割れる音に、店中の視線がそこに集まる。
「…あやこ?」
そこには裕太郎さんが持つ写真を凝視している一人の男の店員がいた。
「あやこ…彩子!」
「え、ちょっ」
男が裕太郎さんの手から写真を奪い取る。
「彩子…そうだ、彩子だ。ああ、思い出した…彩子、彩子ぉ」
…日本語?
男の重そうな前髪の隙間から覗く眼から、ぼろぼろと涙が流れていく。
その時、おれは漸く気が付いた。その男の胸にあるネームプレートに『Riichirou』と書かれている事に。
「!!」
まさか…
「…とう、さん?」
「え…?」
震える声でそう呼べば、男は写真に向けていた視線をおれへと移した。
途端、驚愕したように写真とおれとを見比べ始める。
「まさか、彩子の…?」
半信半疑。男の声からはそれが感じ取れた。けれど、それはこちらも同じで。
「あの、」
「失礼」
口を開きかけたおれの声を遮るように、裕太郎さんが突然おれたちの間に割って入る。
「皆さん、お騒がせしました。何でもありませんので、どうかお気になさらず」
そこでおれは周囲から注目を集めてしまっている事にやっと気が付いた。裕太郎さんの説明に次第に周囲からの視線が外れていく。
それを見計らうと、裕太郎さんは男に何かを耳打ちした。そして、男の手に何かを握らせた。
「行くぞ、雨月」
「え、裕太郎さ、」
裕太郎さんに腕を引かれ、半ば強制的に店を出る。
振り返れば、男はぼうっとこちらを見たまま立ち尽くしていた。
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