シスルの花束を

碧月 晶

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通が宗一郎を呼び出した時より遡る事、10分前。

三門たちは、ホテルの中を駆けていた。

「こっちよ!」

ゆりえの案内で三門たちは『鶴の間』という部屋の近くまで来ていた。

「ここよ…」

少しだけ扉を開け中の様子を確認すると、そこには通と宗一郎が向かい合って立っていた。

「───…」
「…───」

会話はギリギリ聞こえる。ここからなら通の一挙手一投足もよく見える。これならばっちり証拠の場面も撮れるだろう。

スマートフォンを構え、二人の姿を録画しながら、オレは先日の事を思い返していた。


*****


「私に考えがあるの。聞いてくれるかしら?」

ゆりえさんはそう切り出すと、一つ息を吐き出した。

「実は、つい先日あの人からある計画を持ち掛けられたの」
「…どんな計画ですか」
「……宗一郎お義父様の暗殺よ」
「「!?」」

『暗殺』という穏やかではない響きにオレと雨月は驚きを隠せなかった。

「決行は12月25日。お義父様の誕生パーティーの日よ」
「何で、そんな…」
「…あの人はね、冷泉院の当主になりたくて仕方がないの。そのために分家も味方につけたわ。でも、お義父様だけがずっと反対している。だから邪魔になった。…いい加減、堪忍袋の緒が切れたのね」
「…ゆりえさんは何て答えたんですか」
「別に、協力するともしないとも言っていないわ。だから、分かっていて傍観していると言ったも同然ね。…でも、今は違うわ。もう私はあの人の思い通りにはならない」

先程までの闇を孕んだ瞳とは違う。その瞳には確固たる意思が宿っていた。

「作戦はこうよ。誕生パーティーが始まる前にあの人はお義父様を別室に呼び出して、毒入りのワインを飲ませると言っていたわ。そこを私達で押さえるの。どこにお義父様を呼び出すのかは当日までに私が調べておくわ。それまで、貴方たちはあの人に怪しまれないようにしてて欲しいの」

要は、こちらから連絡するまで大人しくしていろ、と。

「でも、それじゃあゆりえさんにばかり負担が…」
「こんなの、あの人に一矢報いれるなら負担でも何でもないわ」
「ゆりえさん…」

気丈に振る舞っているが、ゆりえさんの手は少し震えていた。

それもそうだろう。言うなれば、これは断罪だ。通さんと…ゆりえさんの。
自分で自分の首を絞めようというのだ。怖くないはずがない。

雨月も察しているのか、沈痛な面持ちでゆりえさんを見ていた。


******


「ちょっと待ったぁ!」

そうして、今に至るという訳なのだが…

「な、何だ急に!」

突然乱入していきたオレたちに、二人は驚いたように動きを止める。

その隙に、すかさずゆりえさんが祖父の持っていたワイングラスを取り上げる。

「このワインを飲んではいけません、お義父様!」
「ゆりえさん…?」

ゆりえさんの行動に祖父は目を瞬いていたが、直ぐに何かを悟ったように通さんを見た。

「…これはどういう事だ、通」
「……何の事ですか、お父さん」

にこりと再び笑みをその顔に纏わせる通さんだったが、もうその手は祖父には通用しない。

「お前、わしに毒を盛ったな」
「まさか。そんな事する訳ないじゃないですか」
「なら、お前がこれを飲んでみろ」

祖父がゆりえさんの手にあるワイングラスを顎で指し示す。

「………」
「どうした。飲めないのか」
「…チッ」

途端、通さんから笑顔の仮面が剥がれ落ちた。

「おい、ゆりえ。これは一体どういう事だ?お前、まさか裏切りやがったのか?」

それまでの優男然とした態度から一変、通さんはならず者のような口調でゆりえさんを睨み付ける。

「ええ、そうよ。もう貴方の思い通りにはならないわ」
「ああ?何を今更。誰のおかげで捕まらずにいられると思ってんだ!」
「そうね。確かに貴方のおかげで私は捕まらずに済んだ。…でもね、罪を償う時が来たのよ。貴方も私もね」
「っ、このアマ!」

ゆりえさんに殴りかかろうとした通さんの拳を寸でのところで受け止める。

「…もう止めてくれ、通さん」
「何を──」
「宗一郎さんのグラスに何かを入れる瞬間を撮ってある」
「!」
「これと、グラスの中身を調べればアンタは言い逃れ出来ない」

前回は警察もメディアも買収したようだが、今回はそうはいかないだろう。何せ、通さんより上の権力を持つ祖父がいるのだ。

「…くっ!」

敗色を悟ったのか、通さんはオレの手を振り払うと、一目散に扉へと駆け出した。

「待て!逃げる気か、通!」

叫ぶ祖父の声を背に、通さんが扉の外へと飛び出す。

────予想通りだ。

「ザザッ…行ったぞ」

耳に仕込んでいたインカムに向かって合図を送ると、直ぐに「分かりました」と返ってきた。

「行きましょう、お義父様」
「お、おい早く通の奴を追わんでいいのか?逃げられてしまうぞ!」
「大丈夫ですよ。もう一人、頼もしい方がいらっしゃいますので」
「もう一人…?」

そう、この場にはいなかったもう一人が今頃通さんを捕らえている事だろう。

祖父を伴い、部屋から出る。そして、数メートル程廊下を進んだ所で、角の向こうから通さんのわめく声が聞こえてきた。

「この、放せ!俺を誰だと思ってるんだ!」
「勿論、知った上で拘束しているんですよ」

そこには、雨月によって両腕が背中で固定され、芋虫のように床に体を押し付けられて身動きが出来なくなっている通さんがいた。

その光景は刑事ドラマの捕り物の一シーンを見ているようだった。それ程に見事なわざだった。

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