シスルの花束を

碧月 晶

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倉庫の中はどこもかしこもほこりを被っていて、長年誰も触っていない事が見て取れた。

念のため持って来ておいたマスクを着け、何か証拠になるようなものはないかと探っていく。

「…ん?」

これは…

「日記?」

それは表紙に『diary』と書かれた数冊の古い日記だった。
一瞬、勝手に他人の日記を見る事への抵抗を覚えたが、何か重要な事が書いてあるかもしれないという可能性を捨てきれず、結局オレは心の中でゆりえさんに謝りながらページを開いた。

「───…」

読み進めていく内に、いくつか気になる記述があった。

───9月11日
会社で彩子と久しぶりに会った。彩子がうちの社員だった事もそうだけれど、昔より一段と綺麗になっていた事に驚いた。

───10月2日
今日、私と夫がいる時にばったり彩子とまた会ったので、ついでだから夫を紹介した。
彩子にも夫がいるらしいので、今度お互いに紹介し合おうと約束した。

───10月7日
彩子の旦那さんが随分昔に家を飛び出し放蕩しているという噂のお義兄さんだった事が発覚した。彩子も夫とお義兄さんが兄弟だった事は知らなかったらしく、驚いていた。
私と彩子が話すばかりで、二人はあまり話さずに紹介を兼ねた食事会は終わった。
帰って来てからも夫の口数は少なく、何か考え込んでいる様子だった。

───10月20日
夫の様子がおかしい。…いや、本当は分かっている。多分また気に入った女でも見つけたのだろう。

───11月24日
彩子と夫の様子がおかしい。彩子の態度も妙によそよそしいような気がする。

───12月12日
夜、夫がそそくさと嬉しそうにどこかへと出かけて行った。大方、引っかけた若い女の元にでも言ったのだろう。

───12月13日
朝、どこかに泊まってきたらしい夫が返ってきた。
シャツからは知らない女ものの匂い。どうやら予想は当たっていたようだ。

───2月9日
少し気が弱っていたのだろう。夫の浮気癖なんて今更なのに、幸せそうな彩子を見ていると羨ましい気持ちが溢れてしまった。
けれど、夫の事を相談した私に彩子はあまり親身になってはくれなかった。
友人と思っているのは私だけ…?

───2月25日
彩子が会社を辞めたと聞いた。同僚たちも「一身上の都合」としか聞かされていないらしく、どこへ行くとも何も言わなかったそうだ。上司を呼び出し、話を聞いたがやはりそれ以上の情報は得られなかった。

───11月19日
夫がこの頃妙にイライラしている。本家で何かあったのだろうか。

───1月16日
子供が漸く出来た。夫と話し合って体外受精で出来た子だけど、順調に育ってくれると嬉しい。
…そういえば、彩子が行方を眩ましてからもう2年になる。今頃どこでどうしているのだろう。

───11月30日
竜雅が生まれた。3068gと少し大きいが、元気に生まれてきてくれて良かった。
…こんな時だというのに、夫は一度も顔を見せに来なかった。


ここからは取り留めのない日常が書かれていた。だが、変化があったのはそれから8年が経過した時だった。


───10月21日
夫の機嫌が悪い。どうやら今日の本家での当主と分家を集めた会議で何か言われたらしい。
私は嫁という部外者なので参加させて貰えなかったが、相変わらずお義父さんは年齢なんて気にならないくらい元気だった。いつも私に優しく話し掛けてくれる。

───11月1日
彩子が訪ねてきた。お金を要求された。養育費だそうだ。彩子と夫との子供の。
一体いつから?私とは体外受精だったくせに?
許せない
裏切られた
少し痛い目にあうといいのよ

───11月3日
彩子のお葬式。行けない。行ける訳がない。私は罪を犯してしまったのだから。

───11月8日
養子をとる事にした。…あの親子には本当に申し訳ないことをした。


「………」

これで、確定した。
18年の11月1日、雨月の母親が事故に遭った日、ゆりえさんはブレーキに細工をした。
そして、世間には飲酒運転だとでっち上げた情報を流した。

「…なるほどな。オレを引き取ったのは罪悪感からって訳か」

ずっと不思議だった。ただ事故の現場を見ていたからといって、見ず知らずの他人の子供を引き取るだろうかと。

幼い頃は正義感の溢れる優しい人なのだなと思っていたが、大人になるにつれてその疑問からは目を逸らし続けていた。

けれど、漸く真相が分かった今、意外にもオレは落ち着いていた。

理由は分からない。単に現実味がなかっただけかもしれない。

だけど、この時のオレは雨月にこの事を伝えなくてはという考えでいっぱいだった。

「…三門坊ちゃん?探しものは見つかりましたか?」
「!」

ノックと共に扉の向こうから聞こえてきたばあやの声に、咄嗟に鞄の中に日記を放り込む。
程なくして開かれた扉から現れたばあやは目を丸くした。

「まあ、こんなに散らかして!探し物が何だったのかは知りませんが、こんなにしてはダメですよ!」
「わ、分かってる。今から片付ける」
「本当ですか?」

疑わしげにジト目で見られ、そういえば昔もよくこうやって注意された事があったなと思い出す。

……ん?待てよ、そういえば

「なあ、ばあや」
「何ですか」

オレと一緒に片付けをしていたばあやが振り返る。

「ばあやってゆりえさんがこの家に嫁いで来る時に、実家から一緒に来たんだよな?」
「はい、そうでございますよ。奥様…お嬢様がお小さい頃からお世話させて頂いております」

やっぱりな。なら…

「名雪彩子って名前に聞き覚えないか?」
「…っ」

その名を聞いた途端、ばあやの顔色が変わったのが分かった。

「どこで…その名前を…」
「知ってるんだな?」
「…ええ、勿論です。お嬢様のご学友の方でした。ですが、その方はもう亡くなったと…」

ばあやが悲しそうに眉をひそめる。そこまで知っているのならば、もしかすると瓢箪ひょうたんから駒が出るかもしれない。

「実は───」

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