35 / 62
35
しおりを挟む「驚かないんですね」
少しかすれた声。それにすら愛おしさを感じてしまうのだから、恋とは恐ろしいものだ。
「あ?驚いたに決まってんだろ」
「え?」
「何だよ」
「いえ…あまり驚いていたようには見えなかったので」
まあ、聞いて直ぐ雨月を抱いたからな。寧ろ、そういう意味で驚いていたのは雨月の方だろう。
「ああ、そうだ」
「? 何ですか」
腰が痛いのか未だ起き上がれずにいる雨月の背中の鬱血痕をなぞりながら、告げる。
「手伝ってやるよ、お前の復讐」
「………え?」
雨月がこちらを仰ぎ見る。その眼は信じられないものを見るようで。
「んだよ、不服か?このオレが手伝ってやるっつってんだぞ」
「いえそんな事は…ない、ですけど…」
「けど、何だよ」
「……おれが君の、義理とはいえご家族に危害を加えるつもりだと言ってもですか」
「馬鹿かお前」
あまりのくだらない質問に思わず溜め息が出る。
「本当にそう思ってる奴はな、そんな事言わねえんだよ」
「っ、でも」
「それにな、お前にそんな真似は絶対に出来ねえ」
「…何で、そう言い切れるんですか」
「んなもん、見てりゃ分かる。お前に切った張ったは似合わねえよ」
「………」
そう断言すると、雨月はどこか落ち込んだように肩を落とした。
「…そう、ですね。君の言う通り、おれにはそんな覚悟はなかった。頭に血が昇ってその勢いだけで動いていただけ。だから君が無関係だと知った時、自分の行いが怖くなった。…君を利用しようとしていたくせに何を言ってるんだと思うかもしれませんが」
おかしいですよね、と。
「…知りたい事がある」
「?」
「それがお前に協力するっつった理由だ」
「…何を、知りたいんですか」
「お前言ったよな。あの車はお前らを狙ったものだって」
「…はい」
あの時、救急車を呼んでいる間にあの車はどこかへと走り去っていった。だが、
「あの運転手に見覚えがある」
「!」
あの顔は確か…
「ゆりえさんについてるのを何度か見た」
「………」
それを聞いた雨月が考え込むように視線を落とす。
オレも、雨月から伯父が最後に会っていたのはゆりえさんだったという話を思い出す。
そして、雨月の母親も最後に会っていたのは…
偶然かもしれない。けれど、あまりにも状況証拠が揃い過ぎている。
「オレはゆりえさんには身内にして貰った恩がある。けどな、身内だからこそ見て見ぬふりはできねえ」
間違いがあるのならば、正さなければならない。それに、
「お前はどう復讐したかったんだ?」
「それは…」
オレの質問に、雨月は何かを言いかけては口を閉じるを繰り返す。
「じゃあ言い方を変える。どういう結果になればお前は満足するんだ?」
そう聞き直すと、漸く雨月は答えた。
「…全てを明るみにしたい」
「………」
「もし、母さんの死に関わっているのなら、その罪を償わせたい」
でも、と雨月は続ける。
「…そうなった時、君にも迷惑がかかってしまう。それは本当に本意ではないんです」
その言葉にオレは、こいつは本当に心根が優しい奴なんだなと思った。
復讐なんていう物騒な事をしようとしていたくせに、目的のためなら手段は選ばないと思っていたくせに。
もう少しで真実に辿り着けるかもしれないのに、オレに迷惑がかかると躊躇してしまう。
中途半端で、危うい。けれど、人の事を思いやれる優しい奴だ。
本来なら復讐なんていうものとは関係ない世界で、周りの優しさに囲まれて穏やかに生きていたんだろう。
「お前は気にしすぎなんだよ」
…だが、そうではなかったから雨月と出会えたのも事実で。
「言っただろ。オレがお前に協力するのは自分のためだ。だから、お前は存分にオレを利用すれば良いんだよ」
「三門…」
雨月の頬に手を添え、視線を合わせる。こそばゆそうに目を細める雨月に、オレは笑ってみせた。
「このオレがタダで尽くしてやるって言ってんだ。今から惚れる準備でもしとくんだな」
「………ふ」
ふ?
「ふふっ。何ですか、それ」
「!!」
くすくすと、鈴を転がすような声で雨月が小さく肩を震わす。
オレは、その姿を
「…きれいだ」
「え?」
「! な、何も言ってねえよ!」
「? そうですか」
くそ、オレとした事が…!
無意識に口をついて出てしまった言葉だった。何かに見惚れたのなんて、パリに行った時以来だ。
赤くなっているであろう顔を背けたまま、視線だけでちらりと雨月を見ると
「?」
もうその顔はいつもの表情に戻っていた。
…別に残念とか思ってねえからな
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる