シスルの花束を

碧月 晶

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そう告げると漸く雨月うげつは振り向いた。

「な、何で…」

その名前を知っているのか、そう問いたいのだろう。だが、雨月は驚きに目を開くばかりで、その先の言葉が出てこないでいるようだ。

「お前と喧嘩した後、沢巳さわみっつう野郎から聞いた。胡散臭ぇカメラマンだったがな」
「沢巳…」
「ん、知ってんのか」

聞くと、雨月はぎこちなく頷いた。

「おれも、会いました…」
「は?」

って事はあいつ、オレと雨月両方に接触してきてたのか?

「あいつ…」

舐めた真似しやがって

その節操のなさに思わず頭をガシガシとかく。

…いや、待てよ

「お前、あいつと何を話した」

奴はオレに雨月の事を興味本位で明かしてきた。なら、雨月のところへは一体何をしに行ったんだ?

「別に、何も…」
「嘘だな」

至近距離で雨月の瞳を捉える。その瞳は揺れていた。

「お前さっき、オレに迷惑をかけるのは本意じゃないって言ったよな。って事は、何か別の目的があったって事だよな」
「…っ」

押し黙る雨月に、やはりと確信する。それと同時に当たってほしくなかったのも本心で。

「…答えろ。お前はオレの事を最初から知っていたのか?知っていてオレを助けたのか?」
「それ、は」

雨月の答えを待つ数秒間が途轍もなく長く感じた。オレにしては珍しいが、それほど緊張していたのだろう。

「───…」
「!」

その瞬間、雨月の無感情な瞳から一粒の涙が零れ落ちた。

まるで泣くはずのない人形が泣いているような奇妙な感覚。
けれど、それと同時に思い出す。あの夜、雨月が母親を呼びながら泣いていた事を。

「…君が、君達が憎いと思った」

夕陽が部屋に差し込む。

「母さんを苦しめておいて、自分たちだけのうのうと幸せそうに生きているのが我慢ならなかった」

赤く染まった部屋で、それはまるで告解しているかのようだった。

「…でも、君は関係なかった。おれの復讐に一番関わらせちゃいけない人だった」
「………」
「ごめん、なさい…」

正直、雨月の言葉の意味は分からなかった。

だが、これだけは分かった。オレの事は…いや『冷泉院三門』の事は知っていたが、過去の被害者の息子としての『氷室三門』の事は知らなかったようだ。
…大方、沢巳の野郎から真実を知らされたのだろう。

雨月が何のために復讐しようとしているのかは分からないが、今こいつはオレをそれに一番関わらせてはいけなかったと言った。

だから、こいつはオレの前から姿を消そうとした。利用しようとしていたオレがその復讐とやらに無関係だと知ったから。
罪悪感、とでも言えば良いのだろうか。いやオレがそう信じたいだけかもしれない。

だが、それでもオレは…

「雨月」
「っ」

思ったよりも低い声が出た事に自分でも驚いたが、それ以上に驚いたらしい雨月は肩をびくりと揺らした。

「正直、お前の言ってる事は分かんねえ」
「………」
「オレが憎いだの復讐だの、身に覚えのねえ事ばっかだし」

雨月がばつが悪そうにうつむく。

「…だがな、それでも傍にいたいと思っちまったんだよ」
「───え?」

濡れた真っ黒な瞳と目が合う。

「お前が好きだ」

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