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しおりを挟む「まあ、座れよ」
所在無さげに立ち尽くしている雨月に、己の横に座るよう促す。
雨月は少し逡巡した後、ゆっくりとソファーに腰掛けた。
「………」
「………」
暫し二人の間に沈黙が落ちる。
病院を出た後、そそくさと帰ろうとした雨月を引き止め、近かった自分の家で今日は休むように説得したはいいが…
「…コーヒー、飲むか?」
「いえ、お構いなく」
今はもう落ち着きを取り戻したのか、完全にいつもの何を考えているのか分からない澄ました面の雨月で。
正直、どう話を切り出したらいいのか分からない。
「…怒って、ないんですか」
「あ?」
そんな風に内心ぐるぐると考えを巡らせている時だった。雨月が沈黙を破ったのは。
一瞬何の事を指しているのか分からなかったが、直ぐにあの時の喧嘩別れの時の事を言っているのだと察した。
「…怒ってるっつったらどうすんだよ」
「……もし、謝罪を受け入れて貰えるのなら、少し言い訳をさせて下さい」
言い訳?
無言を承諾と受け取ったのか、雨月はこちらを見ないまま話し始めた。
「ええっと、どこから話せばいいのか………そうですね、おれは君に話していなかった事があります」
「………」
「いきなり何の事だと思うかもしれませんが…おれの母は18年前に亡くなっています。…交通事故でした」
雨月の手元に視線を落とす。
「母は加害者として報じられました。けれど当時のおれはそんな事信じられなくて、何かの間違いだと嘘だと思いました」
その手は少し震えていた。
「…だから、あの時少しムキになってしまいました。…すみません、気を悪くされましたよね」
「………」
「君が許せないと言うなら……いえ、それは関係ありませんね」
「? どういう意味だよ?」
「君とはもう金輪際関わりません」
「───は?」
雨月の言葉に心臓が凍り付くような感覚がした。
金輪際関わらないって…
「な、何でだよ」
「…今日、見たでしょう?あの車はおれを…おれたちを狙ったものです。これ以上おれと関われば君にも迷惑がかかる」
それは本意ではない、と。
「それに…」
「それに、何だよ」
「…いえ、何でもありません」
「おい、待てよ!」
立ち上がり、部屋を出て行こうとする雨月の腕を咄嗟に掴んで引き止める。
「…放して下さい」
こちらを見ようともしないで腕を振り解こうとする雨月に、オレは更に掴む手に力を入れれた。
「っ、放して──」
「18年前、オレも母親を事故で亡くした」
「…そう、ですか」
オレのその言葉に、抵抗しようとしていた雨月の力が緩んだのが分かった。けれど、その顔がこちらを向く気配はない。
腹が立った。あくまでもこれ以上話す気はないとでも言いたげな態度に。
ならば、雨月が片鱗とは言え事故の事を話してくれた今、こちらももう隠す必要はないだろう。
「…まだるっこしい事はこの際無しだ。単刀直入に言う。『名雪雨月』、オレはお前の過去を知ってる」
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