29 / 62
29
しおりを挟む「裕太郎さん!裕太郎さん!!」
初めて聞く、大きな声だった。
頭から血を流し倒れている男の傍で、必死に呼び掛け続ける雨月の姿が、ふとあの時の自分と重なる。
目を閉じて動かない母親。次第に弱くなっていく腕の力。
何度呼びかけても反応してくれなくて、必死に手を握っていた。
「みかど…?」
弱々しい声にはっと我に返る。
目の前には未だぐったりとして動く気配のない男が横たわっている。
…しっかりしろ、オレ!
スマートフォンを取り出し、119と打ち込む。
そうだ。もうどうしていいか分からなかったあの頃のオレではない。
「救急車をお願いします。男性が轢かれて…はい、はい…場所は───」
通話を切り、男の傍に駆け寄って状態を確認する。
…息は…まだある。だが、頭を打っている以上下手に動かさない方が良いだろう。
「なんで…」
「話は後だ」
お互いに聞きたい事は山ほどあるだろう。だが、今はこの男の事が最優先だ。
間もなくやってきた救急車に、雨月を伴い乗り込んだ。
*****
結論から言えば、男は一命はとりとめた。…が、意識が戻るかどうかは分からないらしい。
「………」
椅子に座り、放心したように項垂れる雨月に、何と声を掛けたらいいものか迷う。
そして、それと同時にオレの前では決して見せなかったこんな弱った姿を、あの男のためになら見せるのかと、嫉妬に似たような感情に苛まれた。
先程の取り乱しようを見れば分かる。あの男は恐らく雨月にとってそれ程大切な人なのだろう。
「…あー、雨月」
「………何ですか」
俯いたままとはいえ返事があった事に驚いたが、そのまま続ける。
「はっきり言って根拠はねえ。ねえが……その、きっと大丈夫だ」
「え…」
雨月がやっと顔を上げる。泣き腫らしたのか、目が赤い。
「お前の大事な奴なんだろ。なら信じろ」
「三門…」
口にしてしまってから柄でもない事を言ったと後悔する。けれど、この状態の雨月を置いてこの場から去る事も出来なかった。
「………そう、ですよね。おれが信じないとですよね」
雨月がふらりと立ち上がり、こちらへと向き合う。
「先ほどは助けて頂いて、ありがとうございました」
そう言って、雨月はぺこりと頭を下げた。
「恥ずかしい話、あの時頭が真っ白になってしまって…貴方がいなければ伯父は助かっていなかったでしょう。改めて、お礼を言わせて下さい」
「別にオレは───」
────ん?
「…伯父?いま『伯父』って言ったか?」
「? はい。裕太郎さんはおれの伯父です」
「………」
「それがどうかしたんですか?」
…どうしたもこうしたも
頭を抱えそうになったが、すんでのところで堪える。確かに、親密そうな仲ではあった。あったが…
「…紛らわしいんだよ」
「え?」
「何でもねえよ」
「わ…っ」
勘違いさせられた意趣返しにぐしゃぐしゃと雨月の髪を乱す。
「???」
突然のオレの暴挙に目を瞬かせ、それまで以上に訳が分からなさそうに首を傾げる雨月に思わず笑ってしまった。
そんなオレを、やっぱり雨月は不思議そうな顔で見ていた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる