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25 side裕太郎
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高級感漂うホテルのエントランスをぬけ、バーのあるラウンジの階でエレベーターを降りる。
腕時計を見て時刻を確認すると、ちょうど約束の時間の5分前だった。
「裕太郎さん」
呼ばれた方を向けば、そこには40代とは思えない美貌を持つ女性がラウンジの一角に座ってこちらに手を振っていた。
「待たせちゃったかな」
「いいえ、私もさっき来たばかりなの」
「そっか」
コルビジェのイスに腰掛け、女性と向かい合う。
「久しぶり。ゆりえちゃんはあんまり変わってないね」
「裕太郎さんも、相変わらず格好いいわよ」
御園ゆりえ…いや、今は冷泉院ゆりえか。
彼女は妹──彩子の女学校時代の同級生で友人だった女性だ。家にも何度か来た事があるので、俺とも顔見知りだ。
「それで、話って何かしら?」
その質問に、無意識にごくりと唾を飲み込む。
俺が彩子の訃報を聞いたのは、彩子が亡くなってから4年も経ってからの事だった。
事故の原因が飲酒だと聞いた時は、耳を疑った。
何故なら、あいつは一滴も酒が飲めない体質だったのだから。
この事を知っている父母は勿論警察にもメディアにもそう訴えたそうだが、全くとりあってくれなかったと雨月から聞いた。
何かがおかしい。そう直感的に思った。まるで誰かが裏で糸を引いているかのようだと。
俺は独自に事故の事を調べる事にした。
警察もメディアも信用できない。そう思った俺はまずは情報を集める事から始めた。
そうして、真っ先に話を聞きに行ったのがゆりえちゃんの所だった。
「覚えてるかな? 14年前もこうして話した事があるよね」
「? ええ、そうね」
ゆりえは唐突な話題にぱちくりと目を瞬かせながらも頷く。
あの時、俺は酒を全く飲めない彩子が何故酒を飲んで運転していたのか?という疑問に対して、『飲んだ』のではなく『飲まされた』のでは?と考えていた。
彩子の体質の事は当然ゆりえちゃんも知っているはず。だからゆりえちゃんもこの事に対しておかしいと思っているはずだと。…そう思っていた。
けれど、
『あの子にだって飲みたい時くらいあるわよ』
そう訊ねた俺に返ってきた答えは、予想していたものとは大幅に外れたものだった。
仮に、仮にだ。もし彩子が自分の意思で酒を飲んだのだとしても、あの子はそんな状態で車を運転するような非常識な子ではないと俺は知っている。
それは友人のゆりえちゃんも同じのはず。なのに、何故そんなさもありなんというよう言い方をするのか理解できなかった。
それに…と訊ねた時のゆりえちゃんの態度を思い出す。
どこか落ち着かない様子でよそよそしかった。忙しなく目を動かし、話が終わるや否やそそくさと逃げるように帰っていった。
…思い返せば、この時もっと疑問を抱くべきだったのかもしれない。
ゆっくりと瞬きをし、息を整える。
「…実は、彩子の遺品を整理していた時にあいつの日記が見つかったんだ」
「日記? それがどうかしたの?」
ここまで話しても、尚もゆりえは話が見えないという顔をしている。
裕太郎は覚悟を決めて、本題を切り出す事にした。
「…あの時、彩子の周りで何かトラブルが無かったかって聞いた俺に、君は言ったよね?『彩子とはここしばらく会っていないから分からない』って」
「確かに言ったけれど…それが何───」
言いかけて、ゆりえの表情がはっと凍り付く。
「日記の最後のページには、君に会いに行くと書いてあった。その日付が10月31日。…事故の前日だ。これは偶然か?」
「………」
答えないゆりえに、裕太郎は更に畳み掛ける。
「どうしてあんな噓をついたんだ」
「…さあ、そんな事言ったかしら」
「とぼけないくれ。…日記には色々な事が書いてあったよ。君の夫と彩子の関係についても」
「………」
「聡い君のことだ。知っていたんだろう?二人が浮気の関係にあった事を」
「そう…」
ゆりえが紅茶を一口飲む。その表情は動揺するでもなく、怖いほどに落ち着き払っていた。
裕太郎は困惑した。昔から知っているはずなのに、今目の前にいる女性が何を考えているのかまるで読めない。
二人の間に沈黙が落ちた、その時だった。
「───伯父さん!」
今、一番ここに居て欲しくない子の声が沈黙を破った。
ギギギとまるで油をさしていないロボットのように首をそちらへと向ける。
その子───雨月が真っ直ぐにこちらへと歩いてくるのが映った。
「っ」
まずい。反射的に、ゆりえの方を見る。…けれど、もう遅かった。
ゆりえの瞳には既に雨月の姿が映り込んでいて、見開かれていく目を止める事はもう出来ない。
「すまない、もう行かないと」
わざとらしく腕時計を見ながら、急いで席を立つ。
辛うじてゆりえの目の前に来る直前で、裕太郎は雨月の腕を掴み問答無用でエレベーターに放り込んだ。
ゆりえの方はもう見れなかった。
扉が完全に閉まった瞬間、漸く詰めていた息が吐き出される。
「…ねえ、裕太郎さん」
「…何だ」
「…どうして、あの人といたの」
「………」
だが、ほっとしたのも束の間だった。
隣りから感じる冷たい空気と視線。
…まずい
敬語が外れている。相当頭にきているらしい。
隣りからの冷気に、冷や汗が流れる。
「…分かった。帰ったら話すよ」
見られてしまったし、それにゆりえに雨月が彩子とあいつの息子だと恐らくバレてしまった以上、この子には知る権利と義務がある。
「はあ…」
今日の事は完全に悪手だったと後悔したが、それももう後の祭りだと観念した裕太郎だった。
腕時計を見て時刻を確認すると、ちょうど約束の時間の5分前だった。
「裕太郎さん」
呼ばれた方を向けば、そこには40代とは思えない美貌を持つ女性がラウンジの一角に座ってこちらに手を振っていた。
「待たせちゃったかな」
「いいえ、私もさっき来たばかりなの」
「そっか」
コルビジェのイスに腰掛け、女性と向かい合う。
「久しぶり。ゆりえちゃんはあんまり変わってないね」
「裕太郎さんも、相変わらず格好いいわよ」
御園ゆりえ…いや、今は冷泉院ゆりえか。
彼女は妹──彩子の女学校時代の同級生で友人だった女性だ。家にも何度か来た事があるので、俺とも顔見知りだ。
「それで、話って何かしら?」
その質問に、無意識にごくりと唾を飲み込む。
俺が彩子の訃報を聞いたのは、彩子が亡くなってから4年も経ってからの事だった。
事故の原因が飲酒だと聞いた時は、耳を疑った。
何故なら、あいつは一滴も酒が飲めない体質だったのだから。
この事を知っている父母は勿論警察にもメディアにもそう訴えたそうだが、全くとりあってくれなかったと雨月から聞いた。
何かがおかしい。そう直感的に思った。まるで誰かが裏で糸を引いているかのようだと。
俺は独自に事故の事を調べる事にした。
警察もメディアも信用できない。そう思った俺はまずは情報を集める事から始めた。
そうして、真っ先に話を聞きに行ったのがゆりえちゃんの所だった。
「覚えてるかな? 14年前もこうして話した事があるよね」
「? ええ、そうね」
ゆりえは唐突な話題にぱちくりと目を瞬かせながらも頷く。
あの時、俺は酒を全く飲めない彩子が何故酒を飲んで運転していたのか?という疑問に対して、『飲んだ』のではなく『飲まされた』のでは?と考えていた。
彩子の体質の事は当然ゆりえちゃんも知っているはず。だからゆりえちゃんもこの事に対しておかしいと思っているはずだと。…そう思っていた。
けれど、
『あの子にだって飲みたい時くらいあるわよ』
そう訊ねた俺に返ってきた答えは、予想していたものとは大幅に外れたものだった。
仮に、仮にだ。もし彩子が自分の意思で酒を飲んだのだとしても、あの子はそんな状態で車を運転するような非常識な子ではないと俺は知っている。
それは友人のゆりえちゃんも同じのはず。なのに、何故そんなさもありなんというよう言い方をするのか理解できなかった。
それに…と訊ねた時のゆりえちゃんの態度を思い出す。
どこか落ち着かない様子でよそよそしかった。忙しなく目を動かし、話が終わるや否やそそくさと逃げるように帰っていった。
…思い返せば、この時もっと疑問を抱くべきだったのかもしれない。
ゆっくりと瞬きをし、息を整える。
「…実は、彩子の遺品を整理していた時にあいつの日記が見つかったんだ」
「日記? それがどうかしたの?」
ここまで話しても、尚もゆりえは話が見えないという顔をしている。
裕太郎は覚悟を決めて、本題を切り出す事にした。
「…あの時、彩子の周りで何かトラブルが無かったかって聞いた俺に、君は言ったよね?『彩子とはここしばらく会っていないから分からない』って」
「確かに言ったけれど…それが何───」
言いかけて、ゆりえの表情がはっと凍り付く。
「日記の最後のページには、君に会いに行くと書いてあった。その日付が10月31日。…事故の前日だ。これは偶然か?」
「………」
答えないゆりえに、裕太郎は更に畳み掛ける。
「どうしてあんな噓をついたんだ」
「…さあ、そんな事言ったかしら」
「とぼけないくれ。…日記には色々な事が書いてあったよ。君の夫と彩子の関係についても」
「………」
「聡い君のことだ。知っていたんだろう?二人が浮気の関係にあった事を」
「そう…」
ゆりえが紅茶を一口飲む。その表情は動揺するでもなく、怖いほどに落ち着き払っていた。
裕太郎は困惑した。昔から知っているはずなのに、今目の前にいる女性が何を考えているのかまるで読めない。
二人の間に沈黙が落ちた、その時だった。
「───伯父さん!」
今、一番ここに居て欲しくない子の声が沈黙を破った。
ギギギとまるで油をさしていないロボットのように首をそちらへと向ける。
その子───雨月が真っ直ぐにこちらへと歩いてくるのが映った。
「っ」
まずい。反射的に、ゆりえの方を見る。…けれど、もう遅かった。
ゆりえの瞳には既に雨月の姿が映り込んでいて、見開かれていく目を止める事はもう出来ない。
「すまない、もう行かないと」
わざとらしく腕時計を見ながら、急いで席を立つ。
辛うじてゆりえの目の前に来る直前で、裕太郎は雨月の腕を掴み問答無用でエレベーターに放り込んだ。
ゆりえの方はもう見れなかった。
扉が完全に閉まった瞬間、漸く詰めていた息が吐き出される。
「…ねえ、裕太郎さん」
「…何だ」
「…どうして、あの人といたの」
「………」
だが、ほっとしたのも束の間だった。
隣りから感じる冷たい空気と視線。
…まずい
敬語が外れている。相当頭にきているらしい。
隣りからの冷気に、冷や汗が流れる。
「…分かった。帰ったら話すよ」
見られてしまったし、それにゆりえに雨月が彩子とあいつの息子だと恐らくバレてしまった以上、この子には知る権利と義務がある。
「はあ…」
今日の事は完全に悪手だったと後悔したが、それももう後の祭りだと観念した裕太郎だった。
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