シスルの花束を

碧月 晶

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「…はあ」

ソファーに腰掛け、深く凭れかかる。

…正直、どうやって家に帰ってきたのかよく覚えていない。気が付いたら自分のマンションの前にいた。

「酒でも飲むか…」

無性に酒が飲みたい気分になり、ふらふらとキッチンの戸棚を開ける。
すると、とある酒瓶が目に付いた。

───Aquavitアクアビット

おもむろに手に取ると、いつかのまだ雨月うげつの所にいた頃の記憶が思い起こされる。

『デニッシュメアリー?』
『はい。このお酒を使って作れるカクテルです』
『へえ…美味いのか、それ』
『おれは好きですよ。今から作りましょうか?』

…そうだ。あの時雨月に作って貰った酒の味が忘れられなくて、自分でも作ってみようと買ってみたんだった。

けれど、何度レシピ通りに作ってみても、あの時飲んだ味にはならなくて。結局は、いつも雨月に作って貰っていた。

「久しぶりに作ってみるか…」

あの味には恐らくならないだろうが、雨月と過ごした時を思い出すように手を動かす。

「ん…?」

スマートフォンでデニッシュメアリーの作り方を検索していると、ある言葉が目に留まった。

「カクテル言葉?」

タップして読んでみると、どうやら花言葉のようにカクテルにも言葉がある事分かった。

「へぇ、色々あんだな」

感心しながらカクテル言葉を持つ酒の一覧を眺めていると、『デニッシュメアリー』の項目があった。

───『デニッシュメアリー…あなたの心が見えない』

「───…」

それを見た瞬間、あいつの顔が浮かんだ。

「…自分の事じゃねえかよ」


『加害者の方にも何か事情があったのかもしれませんよ』


あの時の雨月の言葉が脳裏に蘇る。
今、漸く分かった。雨月がそう言った意味が。

『かあ、さん』

雨月は、オレの母親をねた加害者の遺族。…ここからは想像でしかないが、当時8歳だったという子供が突然自分の母親が事故を起こし、しかも亡くなったと聞けばどう思うだろう。

自分の母親が事故を起こしたなんて何かの間違いだ。

オレなら多分…いや絶対にそう考える。

雨月もそうだったのだろう。だからあの時、加害者側を…自分の母親と重ねて擁護するような言い方をした。

お互いがお互いに未だに引きずっている譲れない想いをぶつけ合った。結果は知っての通り。

オレは、本当にあいつの事を何一つ知らなかったらしい。だが…

「今更どうすりゃいいんだよ…」

正直、あいつの事をオレの中でどう整理すればいいのか分からない。
あいつは加害者の、オレは被害者の遺族で。憎めばいいのか、それとも母親とは関係ないと割り切ればいいのか。

「くそっ」

…お前はオレの事を知っていたのか? 知っていて、オレを助けたのか?それは罪悪感からか?

分からない。

何一つはっきりしない状況に苛立ちが募っていく。

「…そうか」

ふと、とある考えに思い至る。

「調べてみりゃいいんじゃねえか」

そうだ。知らないから分からない。苛立つ。

なら、自分で納得するまで調べれば良いだけの話。

どうして、今の今まで気が付かなかったのだろう。

自分の馬鹿さ加減に呆れつつ、デニッシュメアリーを傾けた。

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